水の魔術士
プールはその面積の1/3ほどが人でうまっているだろうか。
それでもスライダーも浮き輪も焼きそばもないただ水浴びをするだけのところにこれでも人は多い方だ。
街は周囲をぐるりと外壁が囲っているために水浴びの出来る川などにも気軽に行けない。行けば高確率で魔物にも出会う。それでも涼をとる手段として冷たい水に浸かって過ごしたい欲求はあるのだろう。
「だからこそ需要があるんだろうね」
「そうだね。でもその上でプールに入らないアイシャちゃんは何でなの?」
アイシャはさっき散々揉みしだいてきたサヤに仕返しとやり返したのだが、明らかに自分のものとは1つランクの違うマシュマロに出会い意気消沈していた。
「歳の割に」というくらいのものでしかないそれだが、どうせならはっきりとしたものが良いとアイシャもその中の『彼女』さえも思っている。
幼馴染に負けたことがアイシャをプールサイドに座らせていた。そしてこの世界には海水浴も水泳もないのに、水着のデザインがわりかし可愛いのだ。
それほど種類は多くなく、ワンピースタイプが殆どなのだが花柄のそれを着たサヤが可愛くてアイシャの中の『彼女』が歓喜している。
(たしかに可愛いけども)
自分もおそろいで買っていてサヤに可愛いと言われたが、そのせいもあって少し照れているというのも本音だ。
結局根負けしたアイシャはサヤと水面を漂う。クラゲのように何もせず、漂うふたり。たまに水をかけたりしてみても、ずっと続けられるほどに脳みそも溶けていない。
「サヤちゃん。これって楽しいの?」
「楽しいというより冷たくて気持ちいいね」
この街の人たちにはそれが普通なのだが、泳ぎもしないプールで漂うだけというのはアイシャには退屈でしかない。
これならプールサイドでお昼寝の方がいいが、そうしたところでまたサヤによってプールに連れ込まれるだけだろう。
「ねえ、魔術士の人たちって水を出すだけなの?」
「さあ? 私には縁がないから分からないかな」
アイシャもサヤも直接には関わりのない魔術士。アイシャはどうしても気になる。この世界で出会った不思議現象でこの世界の当たり前はどこまで妄想を現実にできるのか。
「ねえねえ、ちょっとお願いがあるんだけど聞いてくれるかな?」
「あん? なんだい?」
プール併設の魔術士待機所でパイプをふかしているいかにもなお姉さんにアイシャは頼み事をする。
「退屈だからプールかき混ぜてよ」
「はあ? 何いってんだいこの子は」
いきなり現れて不躾なお願いをする子どもに甘ったるい煙を吹きかけたお姉さんだが、アイシャのお願いとやらをひと通り聞き終えるとかたわらに立てかけてあった杖を手に取った。
「うわははっ! 回れ回れぇっ!」
「ひゃっほおおいっ!」
水をある程度操れるというお姉さんはアイシャの口車にのってプールをかき混ぜるとその水流に流される人たちを見て変なスイッチが入ってしまった。安全も考慮してそこまでの速度ではないが変化のあるプールに楽しみを見出した客たち。
魔術による水温管理もあり、適宜足されていた水の魔術を水中から上空に位置を変えて小さな滝にすれば面白がって打たれにくる者もいる。
頭の中にはどうしても自然の川の様子が思い浮かぶのだろう。小さな滝が水面に落ちたところに別の水流の魔術が施され、反時計回りの流れに変わる。
お姉さんの試行錯誤は時にやり過ぎたりして小さな悲鳴にギョッとするが、その中を全力のクロールで鍛錬がわりに逆走するアイシャのテンションに「多少荒くっても平気なんじゃないか」と気にしないことにした。