与えられしもの
イタズラ妖精のオユンはその身を木の枝のひとつに擬態して観察していた。
彼らはアイシャたちが生きるところとは違う、ごくごく小さな世界に住んでおり、鮮やかな緑と豊かな水、降り注ぐ陽光と安らぎの月光に満たされているはずだったが、年月を経るごとにその数を減らしていった。
ほかに知性ある生き物もおらず、生命をおびやかす敵さえもいないその世界でオユンたちは確かに覇者だったというのに、それでも時が過ぎるほどにひとりまたひとりと消えていくばかりで増えることが無くなった。
理由はおかしなもので、この世界が退屈だったからだ。
来る日も来る日も何事が起こるわけでもなく、木の実を食べても小動物に齧り付いても満たされるものはなく、競うという発想もないからただ毎日を寝て過ごすような日々に生きていることすら実感出来ずにいた。
長く長い年月を世代交代もそこそこに過ごしているだけの種に生存競争もないなら、子孫を残す意味も希薄になりいよいよ食事さえ無用となっていた。
オユンたちがのんびりと歩いていても10日もあれば一周できそうな、そんな小さな世界でオユンという存在は静かに滅ぶだけのものだった。
そんなオユンたちではあったが、やがて長生きしすぎた個体のひとつがリミットを迎えてしまった。
寿命ではなく、取り込み過ぎた故の進歩たる変化。アイシャたちの世界でいうところの亜神へと至った個体が生まれたとき、オユンが手にしたのは干渉するチカラだった。
変わらない世界で生きているだけの生物から、世界を変えゆく生物へと種族単位で変化したオユンたちは持て余していた退屈からの脱却を果たしたのだ。
「起きろ、起きろよダン」
「状況はっ⁉︎ 敵は──⁉︎」
「変わらず。俺が一番最初に目覚めたけど、やっぱりあいつはそこで立ったまんま。だけどさ……」
ルッツの呼びかけに目を覚ましたダンの反応は力強く、即座に飛び起きては剣を引き抜いて低くしゃがんだ姿勢をとり、変わらず立ち尽くすだけのオユンに睨みを効かせる。
「──俺は朝まで寝とったんか⁉︎」
「知らない。けど別にそこまで時間が経ったような気はしてないから……なんて言ったらいいのかな」
「急に真っ暗になったあとは気づいたら昼で、ダンとルッツは倒れてるし、あいつは動かないしで……そろそろ手も疲れてきた」
「テオは意識を失わへんかったんか?」
「うん。ルッツも数分で起きたしダンもそれからすぐだよ」
それまでは馬車を挟んで後方にいたテオだったが、今はダンたちのそばにいて弓を引き絞った体勢でオユンからは目を離さないでいる。
何かあれば即座に射抜くつもりの矢にはテオの全力が込められており、それだけに数分だとしても腕や背中、指先に蓄積する疲労は相当なものらしい。
「アイシャちゃんたちは?」
「分からない。ここにいるのは俺たちだけで……周りを見てくれない?」
「ルッツ」
「うん、少なくともここは俺たちがいたところじゃない」
「あいつが何かしよったんやな」
「──そう考えるのが妥当だよね」
オユンからは絶対に目を離さないつもりのテオは、視界に捉えただけのものでも知らない形の木に見たことない鳥、どこにあるのか見つけれてない太陽のおかげで明るく青い空とまるでここが別世界かのように思えている。
そしてそれはテオに限らずダンとルッツも同じ感想であったらしく、口々にアレはなんだコレはなんだと騒いでいる。
「カカ、コココ……」
「なんだ? あいつの鳴き声か?」
「いや、笑ってやがる」
ダンたちの慌てっぷりが面白いのか、これまで不動沈黙を貫いていた枯れ木のようなオユンが口を開いて音を出す。
狭いところを吹き抜ける風にまじって何かを打ち付けるような音が声ならば、ルッツの言うように笑い声に聞こえなくもない高い音。
音は森に木霊しダンたちの不快感をさらに煽る。
「この音……なんていうかすごく、響く」
「やるか? もうあいつは敵だってことにしてよ」
「それはあかん。人間族の最優先はチカラをつけることと生き残ることやってベイルさんも言うてたやろ。魔物以外との避けれる戦闘は避けろとも。このままあいつがどっか行ってくれればええんやけどな」
人間族はもともと魔族と比べて脆弱な生き物であり、たまたま未開の地に追いやられつつも領土として確立できたとはいえ、その力関係は依然として変わっていない。
領土内にすら未開の土地が多く、魔物の駆除もあればダンジョンという地下の脅威とも付き合わなければならない。国内の問題だけでも消耗は避けられないうえに他国との境界付近で起こる小競り合いでも落とす命は少なくはない。
ギルドカードというシステムの恩恵を賜ってなお、人間族は他国に攻め入るつもりなどない。平和主義と定義されるわけでもないスタンスは弱者の種の存続という本能に近いものであり、言ってしまえば隅っこに縮こまるだけの臆病者の集団である。
自らの種の中でさえ権力を振りかざし支配する選択をしない民主的代表でしかない王族による統治こそがその最たるもので、専守防衛が彼らの常である。
だからこそギルド員にはとにかく無用な争いの火種を生むような行いをしないようにと通達されており、若輩者であるダンたちも今のところその教えを守っている。
「あれが魔物か魔族か……分からなかったってことにしない?」
「そんで起こったことに責任持てるならな」
「ドロフォノスさんもどこかにおるはずやろし、今はまだ待つときやろ」
「そう、だよな?」
ダンとルッツがいつでも対応出来る態勢になったところで、テオはようやく弓矢をおろして肩の力を抜く。それでも未だに謎の音を吐き続けるオユンから目を離すことはないし手にした矢はいつでも弓につがえることが出来るように持っている。
「せやけどなんか……気持ち悪くなってきたな」
「ダンもか? 音も気持ち悪いけど俺は胸のあたりが苦しい気がするんだよな」
「俺だけじゃなくふたりともそうなのか?」
お揃いの革鎧を着た男子ズはそれぞれに体調不良を訴え、おおよそその内容は“胸を強く押さえつけられたような締めつけられたような圧迫感”らしく、心臓の鼓動も大きく響くようであった。
「やっぱこの声が魔術攻撃なんやないか」
「試しに威嚇してみるか?」
「そういうことなら俺に任せて……よっ」
頭と胸の不快感と緊張感から早く解放されたいテオはダンたちの返事を待つことなく矢を放ったが、威嚇にしてもしっかりと外した矢はオユンにかすめることもなく2メートルは離れたところに突き刺さる。
商業ギルドのマルシャンやネシティでさえ驚いたところで抗議もしないような、そんな一矢ではあったがオユンにとっては違ったようである。
「カカココココココココ」
「ココココカカココココ」
「ココカカココココココ」
「ココココカココカココ」
「なんや、どこから聞こえてるんや」
「あああ……見て、あそこ……あっちも!」
「見るって──」
ダンたちが相対していたオユンから漏れ出ていたような声はそれまでの反響とはちがい、明らかに別の場所からも発せられており、ルッツが指差した先を見てダンもテオも顔を青ざめるしかなかった。
「いつの間に囲まれて……」
枯れ木のような肌色と痩せ細った体躯のオユンが、ダンたちの気づかないうちにあちらの木の枝に、幹に、根に擬態するようにして男子ズを取り囲み見つめている。
それらが発する声は不快な音波となってダンたちを取り囲み、胸の圧迫感はさらに強くなって呼吸も辛くなり立っていることさえ難しくなってくる。
確認できたオユンの数は5体。人間族の方針に従って様子を見ているうちにダンたちは取り囲まれて不利な状況に陥ったばかりか、このままではなす術なく刈り取られてしまうことになる。
視界が回るような気持ち悪さのなか、男子ズは救いの手を見た。
最初に出会ったであろうオユンの背後に頭上から音もなく降ってきたかと思えば、躊躇いなくオユンの頭に手をかけて180度回転させた黒装束の手際を。
真横に、ではなく時計の針のように顎が天を向いたオユンの首は大きな音を伴って断裂しており、残された首から下はこのときはじめて生き物らしく動いてみせた。
まるで無茶苦茶に動かした操り人形のように暴れるオユンの手脚にダンたちは別種の恐怖を覚えたが、それを上回る不快感が間をおかず音とともに視界にびっしりと現れ、救われたかと思われた気持ちは一気に奈落へと落とされる。
黒装束が手を下したとともに現れたであろう森の木のすべてに貼り付く枯れ木から発せられる音の波。視界を埋め尽くしたオユンの数を数えようという気力は男子ズの誰にもなく、息苦しさもあいまってダンたちは意識を手放した。
「──なにやら魔術を展開していたようだから遠慮なく手を出しましたが……この子たちは何をされていたのでしょうね」
「先に到着していたとは、さすがお母さん」
「ミドリママはさすがよね!」
ラプシスに少し遅れて到着したミドリとルミはオユンの亡骸を一瞥するだけでそれ以上何かをするわけでもない。魔族でもなく、関わればどんな目に遭わされるか分からない妖精であれば先手必勝といきたいところだが、馬車内での会話を聞けてなかった男子ズはそうではなかったのだろうと現場を見て後悔するばかりだ。
「わたくしはこの子たちが何をされたのか知りたいのですが、よろしいですか?」
「そんなどでかい曲刀片手によろしいわけがないです。気を失ってるようですが苦しそうなのでとりあえずは鎧を脱がせて楽にさせましょう」
「私も手伝うね!」
大型の魔物相手にも両断してしまえそうな曲刀を取り出してダンに近づこうとしたラプシスを牽制したミドリがルミとともに革鎧を脱がせると、ダンの苦しげな呼吸と表情は和らぎ、同時にその原因も分かってしまう。
「あらあら、これは一体どういう現象なのかしら」
「──私にも分かりませんよ」
「ママが羨ましがることだけは確かね」
それぞれに、疑問しかない現象。ミドリもドロフォノスの姿を取る時には布で巻いて押さえつけるだけにその苦しさを理解出来る。出来るだけに困惑もし、ルミだけはその上で茶化すようなことを言って「イタズラにしても取り返しつくのかしら」と少しだけの心配をしてみせた、そんな現象。
ミドリたちが脱がしたダンは鎧の下にシャツを着ていたのだが、その胸は男子の胸筋よりも分厚く、仰向けにも関わらず小山のようにたわわに盛り上がっており、ルミがつつけばプリンのように揺れた。
〜あとがき劇場〜
「ねえ、ミドリちゃん!」
「な、なによルミちゃん」
「こののところお楽しみが少ないとは思わない⁉︎」
「お楽しみって……」
「前はこう……まともな回を探すほうが難しい物語だった気がするのよ!」
「それは、そうかもだけど。一応アイシャちゃんたちメインどころが子どもの時代を終えたからっていうケジメなんじゃないの?」
「コンプライアンスに怯えてるのかも!」
「……大丈夫なはずよ。きっと大丈夫」
「だからさ、私が安心させてあげようってお話なのよ」
「安心って、自分で書いててなにを安心するのよ」
「そういうメタなこと言わない!」
「出鼻からメタメタなのにどういうこと……」
「というわけでお邪魔しまーす」
「ちょっ、どこに入って……ああーっ!」
「ここか? ここがええんか? んー?」
「だっ、だめ! そんなとこ!」
「ほほう……ミドリちゃんの森も立派で……この先にあるのはなんでしょうね?」
「やめて? この回のあとだと私にも──」
「……」
「え、まさか、ちがうよね? ね?」




