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親同伴

「戦ってるそのひとの魔力が綺麗だったから私、恋しちゃったんだ」

「ごぼっ、ごほっごほっ……え?」


 ルミの突然の告白にアイシャの中で時間が止まる。肩に座る精霊をまじまじと見ようとしてもなかなかに難しいものだが、どうも当時を思い出しているらしいルミはアイシャの視線に気づきもしていないようだ。


「酔っ払いばかりのドワーフたちをバッタバッタなぎ倒してってさ」

「それはずいぶんと暴れたもんだねぇ」

「長までぶん殴ったときには、普通に応援しちゃってた」

「そ、それで魔剣は造ってくれるように……?」

「なるわけないじゃん。普通に『金輪際出禁だ』って言われて、最後にツバ吐いて出てったもん、その人」

「ヤクザかよ……」

「ヤクザってなに?」


 要望を聞いてくれないからといって店先で暴れて好き放題するのはろくな人間ではないのだろう。今の剣神からは想像できはしないが、ルミに直接尋ねて答えが確定するのもこわくて出来ない。


「ねえ、その人間って……誰なの?」


 だからアイシャは遠回しに聞く。


「んー、名前は聞いてないけど、生きてたら結構なお歳かも?」

「お、おじいくらい……?」

「あー、きっとそれくらいだねー!」


 ルミが「よく分かったねえー」と褒めてもアイシャの耳を素通りするだけだ。しかしギリギリのところでアイシャもルミの友だちとして、あるじとして疑問を抱く。


「でもルミちゃんって確かひとでもモノでも名前が見えるんじゃなかったっけ」


 そのせいでというか、おかげというかアイシャと皐月の仲は急接近したのだ(219話)。相手の名前など聞く必要もなく知ってて当然といえる。


「それがね、その人の人間としてはすごいところでもあるんだけど、なんと名前を読み取れなかったの! なんか隠されてたっていうか、警戒の色がすごかった」

「そんなことできるの?」

「できるよ。魔族でも人間族でも、どんな能力を持ってるか分からないもんだし、魔力から読み取れる情報って案外たくさんあるから、セキュリティ意識の高いひとは普段から意識してるよ」

「へえ、じゃあ私も見習ったほうが……」

「ママはアミュレット“偽りの正義”があるからいいんじゃない?」

「それもそっか」


 アイシャがその気になれば名前どころか種族だって相手の認識上でだけなら変えることができるだろう。


(つまりそれだけ魔族との戦いを経験してて、やっぱり魔剣が欲しくて暴れたひとで、もう結構なお年……)


 そのプロファイリングでアイシャの頭に浮かぶ人物は残念ながらやはりひとりだけのようで「ほぼ確かあ」とひとりごちる。


「そういえばルミちゃんとはじめて会った時にもチラッと聞いたよね」

「そうそう。だから人間たちを守りたかったんだあ」


 山脈を越えて広範囲に冷却の魔術で攻勢に出ていたらしい雪人族に抗い止めて命尽きたのがルミだ。


「恋しただけで?」

「そ。だってあの時にその人は私たちに向けて親指を立ててくれたんだから。きっとドワーフたちにストレス溜めてた私たちのためにもやってくれたんだよねってみんなで騒いだものよ」


 嬉しそうに「人間族の“あいさつ”なんでしょ?」と当時を思い出して突き出したルミの親指が下を向いているのを見て、アイシャは「やっぱ尖りすぎだろ」という感想を抱きつつ、ルミには「お外ではしないでおこうね」とだけ伝えた。





 暑さもやわらぎ、セミの鳴き声も聞かなくなるころにアイシャとミドリはドワーフが住むベルクヴェルク山脈へと行くことに決まった。


「ミドリちゃんはその格好で行くんだ?」

「へ、変……かな?」

「いやぁ、私が変とは言えないけれども」


 今回の仕事についてはドロフォノスがバラダーの指示のもとに行われるものである。


 ただそのトレードマークともされる黒装束がドワーフたちにとっての招かれざる客として認識されているのだから、せめて姿を変えなくてはならないのはアイシャにもわかる。


「かといって着ぐるみパジャマじゃなくても……」

「こ、これが黒色のなかで一番姿をごまかせるかなって」

「んー、まあ確かにそうかも?」


 黒装束以外の姿形をごまかせる服装としてミドリが選んだのは、かつてアイシャの聖堂教育時代に海へいった際に溺れたあとでアイシャに作ってもらったハクビシン着ぐるみパジャマである。


「それに何度か着てみたりしたんだけど、異様に丈夫で着心地がいいんだよね、これ」

「そりゃあ快適な眠りを追求したフォルムと機能性だからね」

「汚れもつかないし、洗ってもすぐ乾くうえに耐物理・魔術性能も高いのは……」

「快適な眠りのため」


 さすがのアイシャも大人として働くようになってからは、銀ぎつね着ぐるみパジャマを普段着のように着て外を歩くことも少なくなっている。


 そんな着ぐるみパジャマの材料である銀ぎつねはレェーヴの森に生息し、狐の亜神の眷属と目されている。戦闘能力が低い銀ぎつねたちは亜神の庇護下にあり、相当の加護を授かっているために防具を作るうえでの素材としての価値はかなり高い。


 ひとの記憶を容易に改ざんする亜神の眷属ということもあり、その加護には認識の阻害が含まれていて、身分を偽るつもりでフードを目深にかぶれば相手に対して自らの正体を隠し通すことも出来なくはない。フェルパとアイシャがはじめてショブージに出会った際にはその性能で狐神などという存在しないものへと錯覚させて難を逃れていた。


(局長の用件で同行したときにミュール様に見てもらって驚いたわ。狙ってかどうか、アイシャちゃんは本当にとんでもないものを作ったわよね)


 ミュールは王城に住み王都は元より人間族の領土で要所要所を守る結界を取り扱うただひとりのエキスパートであり、その地位は結界神の名と守りの要であるために惜しみなく与えられる支援で取得する数々の職業技能の山により盤石のものとなっている。


 そんなミュールが持つ技能のひとつ“精査”は自室にいながらにして常に展開され、王城内に持ち込まれる物品・食料はもちろん出入りの人間までの善し悪しをチェックしており、治安維持局局長バラダーとともに訪れたドロフォノスが懐に忍ばせていた着ぐるみパジャマに妙な違和感を抱いて呼びつけたことでミドリはパジャマの性能の一部を知らされることになった。


「たしかにこれなら快適に眠れることでしょうね」

「朝までぐっすりを保証するよ」

「そういえば今日はルミちゃんは……あら?」

「私もママに作ってもらったのよ、ほらっ」

「……っ、手乗りきつねっ」


 アイシャが意図していない効果と実際の防御性能の高さを踏まえての安全から安心して眠れるだろうと感想をこぼすミドリ。


 話の最中、少し前までそこにいたはずのルミが姿を消したことを不思議に思ったミドリが尋ねると、現れたのは銀ぎつね着ぐるみパジャマに身を包んだルミだ。


 その必要もなく、自分のプロポーションに自信のあるルミは滅多に着ないが、今回ミドリが着ぐるみパジャマで現れたことで気まぐれに着替えたのは、かつてシャハルをはじめて訪れたときにアイシャのペットとして偽装しようとして着ていたものだ。


 見事な肢体をすっぽり覆い隠す着ぐるみパジャマだが、だぼついた服装のしたにうっすら見て取れるシルエットは逆に妄想をかき立てる代物かもしれない。


「今回もルミちゃんとタロウくんは一緒に行くよ」

「なんたって数少ないお昼寝ギルドの一員だもんね」

「……カウントされてたんだ」

「非公式ではあるけれど」


 アイシャの肩にルミがいつものように腰かければタロウくんはアイシャのズボンのポケットにすっぽりとおさまって時折り顔だけを覗かせている。


「ねえ、いつも思うんだけど、タロウくんて何者?」

「え、ただのペットだよ」

「そーなんだ、へー」

「ところでさ……」

「うん……」


 着ぐるみパジャマで現れたミドリとひとしきり話したところでアイシャはもうひとつ、ずっと気になって仕方ないことについて尋ねることにした。


「そっちの、黒装束のひとは……?」

「えっと、その、あの……」

「私かい? 私はドロフォノスさ──」


 アイシャは知っている。ふざけたハクビシン着ぐるみパジャマを着ている人物こそが、そのドロフォノスだと。しかし今はミドリとは別にドロフォノスをかたる人物がいることも事実。


「今回()よろしく頼むとするよ」

「あ、はい」


 しれっと挨拶してくれたドロフォノスに背を向ける形でミドリがアイシャに口だけで伝えたのは、その中身が母のラプシスであることと「魔族領に堂々と乗り込めるなら楽しませてもらおうかしら」と自らドロフォノス役を買って出たことだ。


 もちろん、過去の出禁になった原因そのものがついてくることに、アイシャはこの旅も確実に面倒が起こることを確信した。


〜あとがき劇場〜


「なんだかんだママの作る着ぐるみパジャマって薄手だからある程度出ちゃうんだよね」

「ボディラインが?」

「そー。私みたいな超絶美少女精霊なんてほら」

「確かに、胸をそらせるだけでくっきりと」

「ミドリちゃんもやってみて」

「こ、こう?」

「ひゃっほーい!」

「ちょ、胸で滑り台しないで」

「すごく良く滑った」

「それはパジャマの性能でしょ」

「ミドリちゃんの性能とも言えるよね。ママの場合どんなに反っても絶壁なんだから」

「それはそれで……」

「だからこの着ぐるみパジャマって、凹凸を気にしないママみたいな体型の人向けなんだよね、本来は」

「子ども用ってこと?」

「片膝に手を置いてお尻を突き出してみて?」

「こ、こうかな?」

「ひゃっほーおっ!」

「ちょ、背中で滑り台!」

「お尻の丸みで跳ね上がるのもよき」

「よきって」

「ママならそのまま落ちてしまうものね」

「前屈みになったときのパジャマのたるみもいいよね」

「そこが分かるとは、ミドリちゃんもなかなか……」

「や、あの、べつに、その」

「じゃあこのまま体操しよっか」

「えぇ、どういう振り」

「まあまあ、同じ揺れる着ぐるみパジャマ同盟だし、ここはどっちがより多く揺れるか勝負よ」

「なによその勝負は。でもまあたまには……あ、アイシャちゃん──行っちゃった、どうしたんだろ」

「なんかママのあんな哀しげな表情ひさびさに見た気がする」

「ええっ、呼び止めてこないと!」

「ダメよっ! そんな残酷なこと、もうこれ以上……」

「ルミちゃんて、割とアイシャちゃんで遊ぶの好きよね」

「……てへっ?」

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