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疾風、迅雷

 治安維持局局長つきのドロフォノスは道なき道を、自身を覆う黒装束が泥にまみれるのも枝葉をひっかけ破れるのも構わずに走り続けた。


 人間族の国“ジュモーグス”は東西には広いものの、南北にはそれほどに広くはない。脚が疲れるのを魔力で補い、流れ出る汗をものともせず、喉が焼けそうになるほどの呼吸の乱れを覚えてなお速度を落とさずにドロフォノスが走れば、目的地まで半日あれば十分お釣りが来る。


(だとしても決まった結果を変えることは出来ないが……)


 ベイルの執務室から届けた手紙がどこに向かったのかは、自身の目と技能で借りた周囲の動物からの情報でおおまかな位置を把握しているドロフォノスは最短距離で駆けつけているが何に間に合うとも言えない。


 すでに引退しているとはいえ現代の英雄と呼ばれるクラッヒトと、ドロフォノスが実力をよく知っておりまだまだ敵わないと確信できるラプシスが剣神にはついている。


 ついていて、剣神の安否は不明。


(アデル──そんな魔族がいるだなんて)


 人間族において剣神と張り合える者はそうはいない。クラッヒトでも軽くひねられてしまうし、ラプシスも速さ以外には勝っているところはない。


 シャハルでも強力なその3人を持ってしても、返ってきたのは勝利の2文字ではなかった。バラダーは表現を濁していたが、果たして手紙にそう書かれていたのかと問いただす時間すら惜しかった。


 少なくとも手紙を送り返したであろう母親のラプシスはその時点で生きていたし、技能を用いて手紙に細工をするだけの機転を利かせたりもしていた。


(事は既に終えていた──局長が口にした言葉がそのままであれば、少なくとも……)


 ラプシスだけは無事かもしれない。そのうえでバラダーはドロフォノスに向かうように指示をしたのだ。たとえ最悪の状況ではなかったとしても、救援を求める事態なのだと、ドロフォノスは辺りに獣がいようが、魔物がいようが構わずに走り続ける。


 視界の端に縄に縛られて木に吊るされているエルフらしきものがいても、青い鳥と白い虫の魔物がどんくさい戦いを繰り広げていても、いまのドロフォノスにとっては取るに足らないことでしかない。


 野を越え丘を越えて、オルーガドラコのダンジョンがある辺りをすぎてしばらくしたころ、鳥の視界を奪ってドロフォノスが見たのは、母ラプシスとクラッヒト、そのふたりに介抱されるようにして横たわった剣神の姿であった。


 そばには激しい戦いだったことを印象づけるように砕けた岩や粉々に潰れた木々が散乱しており、地面にはいくつもの亀裂が弧を描いていた。


 ラストスパート。周辺には彼らの生命を脅かす存在もなく、アデルらしき魔族ももちろんいない。


 となればドロフォノスは背負っていた医療道具をすぐに使えるようにと手をかけて、一気に走り抜けて飛び出した。





「並の魔族ではなかったな……」

「私がそう言っておいたでしょう。まさか信じてなかったのですか?」

「む……だが聞いた話を鵜呑みにするわけにもいくまい。この目で見て、肌で感じてだな」

「無様なものです。現代の英雄だかなんだか知りませんが、ただのひと太刀さえ浴びせずに終わったではないですか」

「──言い訳のしようもない」

「それに剣神様もこんな……あら?」


 すっかり荒れ果てたフィールドに腰をおろしたラプシスはクラッヒトへ苦言を呈するのに躊躇はない。ラプシスからすれば剣神とは速さで拮抗し、お互いに一歩もひくことのない実力者同士ではあるが、力こそパワーのクラッヒトなどは、喉元に針のひと刺しで決着できる相手でしかない。


 クラッヒトとしても、戦闘における役割やスタイルの違いから決してそれだけで優劣が決まるとは思ってはいないが、事実として決闘をすれば敵わない相手に見苦しく言い訳したりはしないらしい。


 腕を組んだラーメン屋みたいな仁王立ちのクラッヒトの声に覇気はなく、ラプシスもどこか苛立ちを抑えるような話し口調での会話だったが、そこに訪れる人物の接近を感じで話は中断された。


「──剣神様はっ⁉︎」

「見ての通りですよ」

「そんな……っ!」


 勢いよく飛んで現れたドロフォノスがラプシスたちの正面に、それでも失礼にならない程度の距離を取って着地すれば現状確認とともにすでに医療道具は広げられており、死んでさえいなければ役には立てたはずだった。


 なのにラプシスが手でそっけなく指し示した剣神はというと、少しの鼻血を流したらしく鼻の下に赤く乾いたあとが残るだけで、横たわって幸せそうな顔で寝息を立てていた。


「──完敗ですよ。それなのにこの人は満足したらしくって、ね」

「ど、どこも怪我などは……っ?」

「ありませんよ。腐っても剣神ってことでしょうね……相手の優しい投げ技をちゃんと着地して流して……捻挫のひとつもしていませんよ」

「は、はあ……」


 そのくせいつもの着流しは乱れに乱れて下着まであらわになっているが、ラプシスにしてもわざわざ直してやるつもりもないらしい。


「介護にきたわけじゃありませんから」

「何も言ってないですよ」

「ふん……しかしなんとも格の違いを見せられたものだ」

「そうですね。前に手合わせして知ってはいたはずですが、これほどまでとは……」

「その魔族、アデルはどのような──?」

「奴は俺たちを相手どり──」


 クラッヒトは負けた事実をありありと思い出すのも構わず、職務としてドロフォノスに何があったのかを告げた。




 剣神たちがアデルを見つけるのはそう難しくはなかった。


 アイシャが受け取ったリコからの手紙によれば、ギラヘリーの街の管轄内で遭遇していたというのだから、向かう先はもちろんそこであり、なおかつドロフォノスの前任だったラプシスがついているのだ。捜索範囲は人のそれを大きく上回る。


 ギラヘリーから東に進んだところ、ギリギリ人間族の領土内である旧砦跡と呼ばれるところで誰に憚ることなく昼寝をしていたところをやはり鳥の視界で捕捉し追いかけて、出会った。


 元はレンガ造りだった砦は風化しており、草やツタが生い茂ったもので、金髪に赤いドレスのアデルはまるで荒野に咲く大輪の花のように輝いて見えた。


「単純に赤いだけならそうは思わなかったのだろうな」

「ええ。鮮烈な赤……目を離せない存在感は魔力の強さゆえでしょうね」


 戦闘職を極めるものたちの目を掴んで離さないのは色味だけのものではなかった。近づくほどに感じる圧力はまともにぶつけられたなら後ずさりしてもおかしくはないほどの畏怖を纏っている。


 まばらに残る砦の外壁が囲む中心、そんな畏怖もプレッシャーもものともせず、疲れすらも忘れて歩き続けた剣神たちがアデルまでを一直線に結ぶ線上に障害物がなくなったとき、剣神は腰の魔剣を抜き取って魔力を解き放って光の線となった。


 シャハルの街でも使って稲妻のごとく甲獣族の魔王に刃を突き立てた魔剣“龍爪”による刺突は、のんきにお昼寝をするアデルに届くことなく中空で白く光り輝く糸たちに絡め取られていた。


『青の閃光とは……変わった目覚ましよのぅ』


 突然の襲撃に慌てて飛び起きるなんてこともなくゆったりと上半身を起こしたアデルは、寝ぼけ眼をこすりながら魔剣に手を添えて小枝かのように剣の半ばから折ってしまった。




〜あとがき劇場〜


『なんとも暇よのう』

「こんなとこで何してるずら?」

『ん? なんじゃこの出っ歯は』

「出っ歯とはオラたちにとっては褒め言葉!」

『そんなの見れば分かる。ちと妾の腕を噛んでみよ』

「よほど上位の者と見えるずらね。では遠慮なく……がぶり」

『ふむ、これがのぅ……おお、血が出て止まらんわ』

「どなたか存じませんが、オラたち栗鼠人族の前歯に噛み切れぬモノなどないずら」

『ふむ、どうやら本当らしいな』

「そう思っていたずらけど……噛みちぎるつもりで噛んでダメだったのははじめてずら」

『ほほっ、それは仕方ないことよの。ところでおぬし、この辺りに妾の退屈しのぎになる魔物なんぞおらんかの』

「退屈してるずら? それならちょうど亜神様がダンジョンの挑戦者を募集してるずら」

『亜神……? 少し話して聞かせよ』

「それはもう──」


次回につづく

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