雨上がりの怪談話
「あれ? アイシャちゃん、なんでそっちから出てきたの?」
「それがかくかくしかじかで……」
「なるほどねー。たしかにあのぬいぐるみは可愛いもの、仕方ないかな」
「それでも連れてきたのに全くの放置は予想外だったよ」
お昼にはいつも食堂で待ち合わせるサヤとアイシャの今日のメニューは、仲良く日替わりのコロッケカレーだ。サクサク衣のコロッケに、スパイスの香るカレーが絶品である。
「それで結局ぬいぐるみは返ってきたの?」
「まあね。ここでのお昼寝のお供だからちゃんと持ってきたよ」
「ところで私にもその手のひらサイズのぬいぐるみはくれるのかな?」
サヤは可愛くおねだりポーズをしてみる。アイシャとしても頼まれれば作ってあげるのもやぶさかではないのだが……。
「ごめんね、品切れだからまた材料揃えたらね」
などと言うアイシャだが、別に材料はたくさんある。フェルパたちのところに置いてきたぬいぐるみは“特別”なために同じものを渡す気がないだけだ。
「あっれー? アイシャちゃん、フェルパ見かけてない?」
「ううん。ここには来てないですよ」
「おっかしーな。手芸組の部屋も閉まっててノックしても返事がなかったからここかと思ったんだけど」
食堂でくつろぐアイシャたちのもとに訪れたフェルパの先輩の問いかけに、アイシャは「ここにはいない」と答えるが、アイシャが目を覚まして部屋を出るまでは全員そこに残っていたのだ。そしてその後がどうなっているかも“お昼寝士”の彼女は予想がついている。
フェルパたちはどこに行くわけでもない、アイシャがお昼寝士のささやかな抗議でありご褒美ともとれる処置を施しただけである。
「じゃあ次のお休みはまた地這鳥を捕まえにいこう」
「え? 焼き鳥がしたいとか?」
「なんでそうなるのよ。どう考えても“ぬいぐるみが欲しい幼馴染のサヤ”の提案でしょ」
「あー、なるほど」
アイシャも分かってはいたけど、あまりあのぬいぐるみを与えたくはない。お昼寝士は別にインテリアのクラフト職ではないのだから。
「まあ、今日の終わりに気が変わってなければいこう」
「うん? アイシャちゃんそれどういう意味?」
「そのうちきっとわかるよー」
午後には雨はあがり、アイシャはお昼寝館にベッドを置いて“ふかふかお布団作成”技能で作った地這鳥の羽毛布団をかぶって枕元には手のひらサイズのうさぎのぬいぐるみを用意した。
(あそこの人たちも今頃は──)
小さなぬいぐるみを抱え、空に浮かぶ雲を数えながらアイシャは夢の世界に旅立った。
「アイシャちゃん聞いてよ。午後は大騒ぎだったんだから」
帰り道にサヤは今日の午後にあった出来事を話す。
「──でね、午後に見回った先生が手芸組の部屋に行ったら、会話も物音もしてなかったの。これはよくあることらしいんだけどね。みんな真面目にやってるなぁってドアを開けたら、全員が机で居眠りしていたんだって」
「ふーん、そんなことがあったんだね」
基本的に聖堂教育の各クラスではそれぞれに自己の特性を伸ばす訓練鍛錬を自分なりにすることが多い。アイシャたちの歳にもなると教える側の適性や得意とするものが子どもたちと一致しないことも多く、教えられることとそうでないことがはっきりしていて、教師は待機や巡回が多くなる。
「それでみんなお昼も食べずに寝てたみたいなんだけど──みんな、誰が作ったのか分からないぬいぐるみを抱いていたそうなの」
「ナニソレコワイ、ホラー? キャー」
「その中に手のひらサイズのうさぎのぬいぐるみもあったんだって」
ふたりの間に少しの沈黙が流れる。
「サヤちゃん、やっぱりまだぬいぐるみ欲しい?」
「ううん、もうそれはいいかな」
後日、ぬいぐるみを回収して預かっていた教師が机に突っ伏して居眠りしているうちに、そのぬいぐるみたちは全て綺麗に消えていたらしい。
そうして聖堂教育部に後世にまで伝えられる“謎の集団催眠”という怪談が出来た。
最初のうさぎぬいぐるみはよりよい睡眠のための“しあわせぬいぐるみ”でいい夢みろよ的なアイテム。
一方で配ってきたぬいぐるみは“眠れない人のための睡眠導入ぬいぐるみ”というアイテム。
目覚ましでもセットしてあれば起きれはするものの、そうでなければ疲れの取れるまで強制睡眠です。