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みんな無事でよかった

 魔力も体力も使い果たして寝落ちしたアイシャが目を覚ましたとき、すでに一行は谷を抜け出たところであった。


「アイシャちゃんっ」

「ミラ、ちゃん……良かった無事で」

「アイシャっ、ちゃん……」


 日が傾き空がにわかに赤く染まり始める時間に、アイシャの枕元でその手を取って涙ぐんでいるのはミラであった。


 そのほかにそばにいるのはルミだけのもので、視線を移して見るかぎり、ルミがどうにかしてアイシャの目が覚める程度にでも魔力を回復出来るように手を尽くしていたであろうことが分かる。


 ルミには大きなサイズの花の蜜を集めて、アイシャの口に入れていたのだろう。ミラの掛けた言葉で振り返ったルミの安堵した表情にアイシャもそっと「ありがとう」と心の中で呟けばこの精霊にはちゃんと伝わる。


 けれどそれ以外にはアイシャの周りは静かなものだ。こうして寝かされているベッドはアイシャのものでルミがストレージから取り出したのだろう。


 今も手を握って抱きしめるミラのほかに動いているひとは見当たらない。先に谷から抜けたはずのカチュワやフレッチャさえもがその姿を見せていない。


「ミラちゃん、まさかみんな……」


 意識が途切れる寸前にだってアイシャの実感として竜を仕留めたとは思えなかった。そしてそのあとの記憶は当然なく、対抗する武力を無くした部隊と起き上がった竜との顛末を考えてアイシャは胸の鼓動が早くなるのを感じずにはいられない。


「アイシャっ、目が覚めたのか!」

「フレッチャちゃん──」


 嫌な想像が膨らみ始めた頃に、様子を見にきたらしいフレッチャがそばに駆け寄ってくると、ミラは少しだけアイシャと離れたものの、その手は離さないで握りしめたままで立ち上がった。


「ごめんなさい、任せっきりにしちゃいまして……」

「なに、アイシャのことを見ていてくれと言ったのは私たちだ。気にされることじゃない」

「……その、ほかのひとたちは」

「姫騎士さまも無事、もちろんベイルさんも、ほかの誰も、だ」


 アイシャがフレッチャの説明を横になりながら聞くに、意識を手放したあとも竜との戦闘が再開されることはなく、現在進行形で部隊の救出と撤収作業が行われているとのことだ。


「あの坂道は竜には狭すぎたらしいな。どうも拍子抜けというかなんというか……足を踏み外して谷底に落ちて気絶していたらしい。ルミに呼ばれて見にきたんだけど、まさかアイシャたちをあとにしてネシティさんを連れて行けと言われるとは思わなかったな」


 幸いにして馬車ごとひっくり返されたモブイチとハルバ、それにネシティについても転落することなく無事であった。


 アイシャとミラもいるなかで、ルミは先に外に出てしまっていたフレッチャとカチュワを探して手近なものから運び出していた。


「卵をアイテムボックスに入れているネシティさんを運び出して、ぼくがアイシャちゃんを連れ出せばこれ以上竜に追われることはないですから……」

「そういうもんなの?」

「ママ、いまはゆっくりしていて、ね」


 竜との戦いに関してはルミがそう誤魔化したのだろうと思うアイシャだが、プラネタリウムで外からは見ることも聞くことも出来ない状況で、こちらも誤魔化そうと思えばミラの幻術だと言い張れなくもないが、問題は当のミラである。


 アイシャに休むようにとルミが促せば自然とフレッチャも去っていく。アイシャの無事はすぐに広まるだろうが、まだまだ国軍の救出には時間もかかりそうだ。


 ならアイシャがすべきは確認である。戦えないお昼寝士アイシャの、そうではない姿を見たはずのミラの認識と考えの。


「ミラちゃん、竜は本当に──」

「ごめんなさい、アイシャちゃん。実はぼくも魔力切れで倒れていたから……実際は知らないんです」

「そう、なの?」

「はい。おかしな夢は見たけど……大きな狐に出会う夢……って、変な話してごめんなさいっ。ぼくもみんなを手伝ってきますね!」

「えぁ、うん」


 嘘をついているようには思えないミラが走っていく背中を見送り、アイシャは再び布団に身を委ねて目を閉じる。


「──狐の亜神様が出てきたりはしてないからね」

「うん。でもあいつなら私たちに姿を見せなくってもどうにかしちゃいそうだよね」

「それはそうだね」


 いつものお昼寝とは違い、まだまだ疲労が大きいアイシャが眠りにつくのに時間はそうかからない。


 ルミがついた嘘にアイシャが気づいていてもいなくても何も変わらない。





 竜を倒したところでアイシャの魔力はとっくに尽きているし、外部からの介入による魔力譲渡が途絶えれば意識を失ってプラネタリウムも解除されることになる。


(中から外の状況も分からない。ママが倒したところは隠せていても、もしハルバくんたちが近くにいたら──)


 ミラの幻術の使い方に殺傷性はおろか攻撃性もない。プラネタリウムによる隔絶を幻術のせいにできても、倒したことについては説明がつかない。


 ルミは思考を巡らせながらも主従関係にあるアイシャの意識がブラックアウトしていくのを感じる。アイシャの足場が崩れ去るのが先か、プラネタリウムが解除されるのが先か。


 はらり、と花びらが散って弾ければアイシャとミラが足場を突き抜けて地面にお尻から落ちる。


 となればこの空間もすぐに消えることになるとルミは辺りを見渡すが、星々が瞬く暗闇が晴れる気配はない。


 その代わりに濃密な狂気を押し隠したような妖艶な好奇の塊が現れたことに気づく。目より耳より肌より、魂で。


『またも面白いものを見れてつい手を貸してしもうたわえ』


 亜神たちも普段からむやみやたらと周囲を威嚇しているわけではない。ルミにしても畏怖の感情は常々感じる相手たちではあるものの、アイシャとともに会うときにそんな想いを強く持つことはない。


「亜神、様……」


 つい喉を鳴らして息継ぎをしてしまうほどに、それは濃すぎて強すぎる存在としてルミの目の前に現れた。どこから、いつの間にという疑問を挟む余地もないほどに、そこにいた。


『この“帳”はもともと我のもので、我らの世界と繋ぐもの。己の棲家に踏み入るのに誰の許可が必要なものか』


 銀色の毛並みは薄い桃色を帯びているが、その色がどんな作用をもたらしているのかルミは知っている。現に亜神を前にしてミラの精神はすでにここではないどこかを彷徨っているかのように、虚ろな目をして口を開いたまま、女の子座りで上体をゆらゆらと揺らしているだけだ。


『ここの遊び場で失うにはこの子はお気に入りになりすぎたからの……なあに、本来であればこの子自身の手札でやり過ごせたところを、魔力不足を補っただけのこと。感謝など要らぬと伝えておくといい……その代わり今後も我らを愉しませてくれればよいからのぅ』


 ルミに返事など出来はしなかった。そんなことに脳のリソースを割いた日にはミラと同様に抜け殻のようになりかねない。


 そんなルミの姿に何を思ったのか、狐の亜神はそれから独り言のように少し話をして、竜を軽く谷底に蹴落としてから、現れたときと同じように消えて、あとには寝起きのような半覚醒のミラと晴れ渡る元の景色が広がっていた。




〜あとがき劇場〜


『やはりお主も目が離せぬかえ。自分の作った遊び場であがくあの子らから』

『遊び場などとよく言ってくれたものだ。我らはただ暴れん坊が過ぎた竜を閉じ込めただけであるのに』

『地を操るお主がわざわざ空を翔る龍と力を併せて目に映らぬ蓋をしてまで……だからこそ人間たちは怯えながらも竜に挑む羽目になっておったのではないか。ひと目につかぬ奥底に閉じ込めてあれば人間たちはその存在を知らぬままに過ごしたものを』

『あれは試練でもある。システムにより強さを手にした人間たちが増長せぬように、自らの脆弱さを忘れぬようにとの戒めも込めてのな』

『えらく昔からよく続けるものよ』

『違いない』

『誇り高き竜の姿をあのような獣のものにし、翼を奪ったことにも理由があるのかえ』

『あやつがいたずらに奪い続けておった獣の姿に変えたのだ。それだけで自尊心は打ち砕かれ、強力な推進力にもしていた翼を失えば地を這うしかなくなる。そこにきて一見自由があるような空を見上げることが出来るも出ることが出来ない封域。飼い殺しにするにはうってつけではないか』

『ずいぶんと意地の悪いことよのぅ』

『人間たちが挑むときには必ず監視もしておる。ほれ今だって必死に逃げる人間と追いかける竜は……』

『よい退屈しのぎかえ?』

『そうではないが、上手く出来たものだと自負しておる』

『やはり遊び場ではないか』

『それは心外でしかないな』

『しかしのぅ……他人の作ったダンジョンには口出しも手出しも出来ぬから退屈よのぅ』

『お主に手など出されてはせっかく我が作ったダンジョンが台無しになってしまうわ』

『ふぅむ……なんとかあの場にちゃちゃを入れてみたいものだが』

『我らはむやみやたらに関わるべきではなかろう。それほどの存在なのだと自覚を……』

『羽虫を喰らってちゃっかりあの子らを助けたやつが何を言ってもの』

『ふん、あれは呼ばれて仕方なくな』

『呼ばれれば行くとは、お主は人間の犬かえ』

『む、必要とされたことが羨ましいにしてももう少し言い方というものが──』

『おや、おやおや、何気にピンチかえ?』

『うむ? ああっ、食べられてしまうのか⁉︎』

『いやそう簡単にあの子は……ほう』

『なにが』

『いや、の。我もずいぶんあの子を見てきてのぅ。これは“帳”を使うであろう。さすれば我の介入も容易いと思うての』

『うぐっ、しかしあそこは我の──』

『この“帳”でちゃちゃを入れることができる者は限られておる。さて、では行ってこようかの』

『ぬぅ……』

『我は必要とされずとも、好きな時に勝手にちゃちゃを入れる。羨ましいかえ?』

『ふん、好きにするがいい……決して死なせるな、退屈するからの』

『あいわかった』

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