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不足に不測

 ──アホになりあそばされたメイリーのおかげでベイルとモブニと仲良くまとめて脱落した。


 幸いにもその時点でまだ魔力に余力があったモブニの技能のおかげで、3人とも致命傷は避けることができ、あくまでも竜の目的が卵を奪う者たちだったおかげで、攻撃のタイミングを逃し不発に終わったベイルもアホメイリーも3猿と化したモブニもが凶悪な竜というダンプカーのひき逃げに遭っただけで済んでいる。


 だからこそ、アイシャたちの乗る馬車でまだ常識のあるハルバなどはひとり卵を支えながら口をあんぐりと開けて嫌な汗が噴き出すのを止められずにいた。


「あっ、誰が目を開けていいって言ったあ?」

「ちょっ……さっきの轟音で後ろ確認しないやつはいねえだろっ! そんなことより竜がっ、ベイルさんたちがっ!」


 言いつけを守らない子は、とハルバの頭をはたいたルミも当然ながらその状況は分かっている。


 むしろ、見た目だけでしかその脅威を感じていないハルバよりも、圧倒的な竜という強さも魔力も含めた生命にルミは怯えている。他よりもずっと強い危機感に気丈に振る舞っていても、その脚は震えて浮いていなかったならとっくにへたり込んでいたことだろう。


 それだけにルミは先手をうち、逃げるためのここでの有効手段を復活させている。


「ああっ、姫騎士さまあっ!」

「ルミちゃん……酔い止め薬ない?」

「ミラちゃんに譲渡して魔力切れ寸前でフラフラすると思うけど、何度も言うように治すには魔力の補充しかないからね、ママ」


 ハルバが目を閉じている間に、だれにも気づかれないうちに、アイシャからミラへの魔力の譲渡は済んでいた。


 もう人並み程度しかないアイシャの魔力ではミラを全回復させるほどには至らなかったという結果ではあったが、それでも頼みの綱であるミラが復活したことにルミも安堵している。


「ルミちゃんどうするのっ? ベイルさんたちを助けに行く?」

「それも考えたけど絶対的に戦力が足りないよね」


 ハルバは普通の男子で、卵に押し潰されたネシティは非戦闘職。モブイチの魔力はチャリオットの維持にも足りないかもしれないし、アイシャの魔力もからっけつだ。


 ミラが慌てて馬の背から荷台に降りて姫騎士の安否を確認すれば、アイシャもモブイチの頭を踏み台にしてどうにか荷台に降り、卵を挟んでハルバの反対側にミラと肩寄せ合って迫り来る竜に向き合ってついでとばかりに卵を支える。というかもたれかかっているだけだが。


「それには及びません。この竜の卵任務は、こと運搬に関しては“ゴールが明確に決まってます”から」


 状況を把握したミラに迷いはない。やるべきことは最初から決まっていて、それをこなすことこそが、今メイリーの安否を気遣う行動よりも優先される。


「ゴール?」

「はい、竜が執着するのは奪う行いに対して……それもこの谷の中でだけ、です」

「私たちが逃げ切ったら──」

「谷に残った人たちも再び竜の何かを奪おうとしない限りは、そこで決着です」


 ミラは勇ましく竜を見据えて断言した。ミラ自身が姫騎士たちより過去の状況、戦績について聞かされていると言っていたのだから、アイシャはその通りなのだろうと頷いてみせた。


 しかしそれでも腑には落ちない。


(卵を持ち出せたらもう終わり──本当にそうなの? しかも置き去りになるベイルさんたちまで助かるだなんてそんなの……普通じゃない)


 アイシャの知る魔物は亜神たちを除けばいずれも意思疎通などはできなかったし、いざ戦うことになれば決着の仕方はそんなお遊戯みたいなルールの中ではなかった。


「ぼくの幻術で、みんなを守ってみせます──“投影・塞ぎ”っ」


 すでに効果を確認出来ている任意の場所に壁を映し出す幻術だ。技能を発動させるべく広げた右手を突き出したミラだったが、逃げるモブイチのチャリオットと竜の間にはしかしなにも現れなかった。


「──って、なんでぼくまた脱がされて……っ!」

「ママとちぅーってして目が覚めたのに気づいてなかったって相当よね」

「ちうっ⁉︎ ぼくは一体何をされてたんですかっ⁉︎」

「それはもう、ママがこうしてミラちゃんを抱きかかえ、ほっぺたに手を添えて──」

「んなっ、なっ……」

「きゃーっ、照れてる可愛いーっ」

「……ルミちゃん、私も恥ずかしいからやめて……」

(恥ずかしいって、目を閉じさせられていたあいだに何がっ⁉︎)


 竜は割と目の前である。ミラはまたも鎧を上半分脱がされてインナーだけになっていたのだが、今の今まで気づいていなかったらしい。荷台に降りたときに剥ぎ取られた自分の鎧を踏まないようにと跨いでいたのに。


 すでに卵の下敷きになって意識を手放しているネシティはともかく、ハルバはまたしても悶々とした夜を過ごすことになりそうな情報だけを卵という壁越しに聞かされて、それでもツッコむとルミによる制裁があるのではと、怖くて口を開けない。


「ぼくの手袋はっ、あのっ、小手はっ⁉︎」

「ミラちゃんの……あった、これ?」

「それですっ! 両手ともくださいっ」

「はいはーい」


 唇を押さえて顔を紅潮させていたのも束の間。ミラは鎧の全てではなく、前腕にはめる小手だけをアイシャから受け取り装着する。


「魔術士の杖とおんなじで、ぼくはこれがないと──」

「指輪?」


 手早く装着し終えたミラがアイシャに見せた手のひらには金属部分はなく、黒い手袋のようになっており、10本ある指の付け根全てに銀色の細いリングが嵌められているのが分かる。


「イメージの補助をしてくれます。どこに何をどれだけ創って、どう動かすか……あらためて“投影・塞ぎ”!」

「おおっ、出た」

「まだまだっ……ぼくたちの身代わりをよろしくっ“影法師”っ」


 ミラの指の1本1本から伸びた魔力線は瞬く間に大きな壁を構築し、続けてアイシャたちに追従する幻影をいくつか生み出した。


 全力ダッシュのアイシャにミラとルミ。座ったまま並行移動するモブイチや、卵を支える姿勢で固まった見ず知らずの男性と、卵に押しつぶされて意識どころか命まで手放していそうな男性の幻影がぬるぬると動いているのが最高に気持ち悪い囮たちだ。


「ミラちゃん……」

「ごめっ、ごめんなさいっ。あんまりよく見てなくって……それになんだか記憶が曖昧で」

「がっはっはっ、ハルバも立派にその他大勢になっちまったなあ。どうだ? モブリーズ3兄弟になってみるか?」

「遠慮しておきます……ぐすん」

「けどおかげで上がもう見えてきたよママっ!」

「うん。どうにかこうにか……やれたってこと、かな」


 あの魔改造ベイルでさえ律儀に再現されていたことを思えばこちらの男性陣は残念極まりない出来である。


 それでも壁はきっちりと竜の接近を留めてくれたらしく、こうしてハルバも少し気を抜くことができる程には状況は好転している。このタイミングで足止めが出来たのは非常にいい。


 しかしここは先ほど壁を展開した場所とはちがい、幅の限定された上り坂で、道を塞がれた竜としても元々の選択肢は少ない。


 ミラとて大型の魔物相手に実戦を繰り返した経験などはない。だから、竜の判断が最初よりもずっと早く、その対応が短絡的であったとしても分からないのは仕方ないことだった。


 うなだれながらも卵を懸命に支えるハルバ。馬に鞭を打ちなるべく速く速くと急がせるモブイチは口に出していないが、もうチャリオットの防護を維持できるほどの魔力はない。


 アイシャがまだ竜と谷のことについて考えを巡らせながらもミラに寄りかかり、そのミラも貰った魔力をほとんど使い切って荷台にしがみつくように膝を折って、ほんの少し視線を下に落として深い息を吐いた。


「あれ? 夜──」


 太陽はまだ高く、ミラたちを照り付けていたはずなのに、俯いたミラの視界を夜と見紛うほどの影が塗りつぶす。


「みんなっ、上から!」


 もう終われると思ったアイシャたちに、飛べないと思っていた竜が空から降ってきた。



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