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油断したところにやってくるのは定番

「ここが竜の……」

「何もないのです」

「いや、あそこメイリーさんが手招きしている。行こう」


 森を押しつぶして出来たような広いスペースは、誰かさんのように寝心地の追求でもしたのか、幾重にも草木が重ねられた他にはなにもない。大量の葉っぱや枝で埋め尽くされた竜の寝床は油断すれば脚がはまり、前のめりにこけてしまいそうになる。


 フレッチャたちとともにアイシャは国軍の動きにならい、巣の外側からまわりメイリーの元に向かう。谷を降りてきた坂が巣を挟んで反対側となる場所にそれはあった。


「これが──」

「ええ、竜のたまごですね」

「ベイルさんがふたり抱き合って入れそうなくらいに大きいね」

「嫌な表現をするな」

「そうですか? 私は是非とも挟まれたいですよ」

「……姫騎士さまってなかなか変わった趣味をされてるのです」


 半裸の筋肉男に挟まれたい欲求はカチュワたちには理解できるものではない。


「くうぅ……ぼくで良いならいつでも挟んで囲んで上下左右埋め尽くしてあげるものを……っ」

「ミラちゃんの対抗心はもっと分からないのです」

「ママを増やしたみたいにベイルさんを増やしてあげたら姫騎士さまも喜ぶんじゃ……」

「そんな敵に塩を送るようなまねっ……!」

「恋敵、か」

「こここっ、恋だなんてハレンチなっ! ぼくの想いはそんなんじゃ……っ」

「……これは分かりやすいのです」


 ミラの想いは感謝や尊敬などから始まったであろうが、つつけばつつくほどにもっと単純にハレンチらしいそれだとバレバレになる。


「天然ものとは……」

「ますますマイムに会わせてみたくなるな」


 チーム“ララバイ”には少し特殊な仲良しムードがあるが、その発端はサヤかマイムによるところだ。数名のうちふたりから広がったと思うとなかなかカオスで、なるべくしてなったチームではあるが、そこにサヤとマイムに続く天然ものが入ればどうなるだろうか。


 今のところその対象がメイリーのみであるミラだが、同じくアイシャだけだったサヤでさえ、代替えとしてほかのこに手を出した前科がある。


「──じゃあみんな無事に帰らないと、だね」

「そうだな。アイシャを帰さなかったらサヤにどれだけ責められるか考えただけでも背筋が凍るよ。な、ハルバ」

「そこで俺に振るの、なんでだよ」

「なんでだろうなぁ……」

「うぅっ……何でもない、だろ」

「そういうことにしとこうか」


 改めて気持ちを口にするアイシャにフレッチャはハルバをからかいながら同意し、せめて他の女子に悟られまいと輪を離れて真っ赤な顔で卵を確かめるハルバ。


「軽く掘った地面に隠しているんですね」

「あ──ああ。見ての通り今回はいつつだな。運搬はどうする」

「とりあえずは僕のアイテムボックスにひとつ、お願いします」


 ネシティが持ってきていた木組みを地面に置いて技能を発動させると、メイリーの指示で運ばれてきた卵を地面に出来た入り口にすっぽりと入れて蓋をした。


「……やはり僕のアイテムボックスではひとつが限度かと。あとはアイシャさんの技能にお願いすることになりますね」

「まっかせてよねー」

「なんで花の精霊さんが──」


 お昼寝士の正装で枕を抱いたままのアイシャの代わりに機敏に動いて残りの竜の卵を取り込んだのはルミだ。アイシャと同じストレージを共有するルミが卵を囲うように地面に円を描けばひとつずつ卵はその姿を消していく。


「あれ? これだけ入らないんだけど」

「アイシャちゃんのアイテムボックスに入らないものってなんなのです?」

「私も何回も見てきたが、それはだいたいアレだよな」

「うん。ほかの卵はまだそうじゃない段階なのか、もしくは受精卵じゃなかったんだろうね」


 アイシャのストレージにはなんでも入る。屋台も馬車もベッドもコカトリスの死骸もルミの死体も精霊だって入った。そんなストレージだが、唯一の例外がある。


「命あるものは入らない」


 命の定義が何を指しているのかはアイシャも分からない。心臓が動いているか、魂が宿っているか、もしくはその両方か。


「ならばそのひとつは我々で破壊しておこう──」

「待ってくださいっ!」


 言うが早いかメイリーは即座に抜いた剣を大上段に構えて振り下ろすところだったが、それに待ったをかけたのはやはりネシティだ。


「持ち出せるなら持ち出したい、です」

「ばかな。こんなサイズで重さもあるものを手で運んで逃げるつもりか」

「逃げるもなにもまだ竜の姿も見てないですのに……」


 メイリーとて融通が利かないわけじゃない。ベイルからはなるべく譲歩してやって欲しいと言われてもおり、ネシティがモブリーズにお願いして卵を持ち上げて運んでいく背中を、それでも何か言いたげな表情で見送るくらいはする。


「竜を見ていない、か。そんなのは毎回のことだというのに──」


 いつも、この作戦で訪れるときはそうであるとメイリーはひとり呟き、卵を運んでいくネシティたちに背を向ける。


 その傍に立つベイルもメイリーには予め聞かされている。


「ベイルさん……ここは私たちが──」

「俺があいつらの殿(しんがり)ってやつだ。たまたま国軍のリーダーの配置とかぶっただけのことさ」

「……ありがとうございます。ベイルさん、これが終わったら──」





 アイシャたちは卵を両側から抱えるモブリーズとともに、馬2頭を引き連れて谷の出口に向かっていく。


「既視感すらあるカニ歩きだね」

「そうそうするポーズじゃないだろ?」

「あのときはママたちの間にあんな巨大な卵も無かったしね」

「カニ歩きをするシチュエーションってどんななのです」


 卵を挟んで向かい合い横向きに進むモブリーズにはお互いの顔も見えはしないだろう。アイシャとサヤのカニ歩きに関してはお互いの顔しか見てなかった疑惑すらあるが、カチュワたちが知るエピソードにそんなものはない。


 竜の巣はただでさえモブリーズたちの膝上まで沈むほどに枝葉による多重構造で足を取られるのだから、ララバイ運搬部隊の歩みは実に遅い。


 それでも「がんばれー」と応援するカチュワと「絶対に割らないで」と注文がうるさいネシティが見守るなかでなんとかこけることなく巣を抜け出すことに成功する。


 その瞬間の違和感に気がついたのは、フレッチャとアイシャ、それにルミだけだ。


「今のは──」

「ルミちゃんっ」


 アイシャには似たような出来事を体験したおぼえがある。それはまだ寒い季節のこと……。


(おじいに呼ばれてあのときは──)


 のちに避難所としてシャハルの街の人々が収容された建物の入り口で感じたもの。それによく似ているとアイシャは感じる。


「ママっ、早くここから逃げようっ!」

「来るのねっ──」


 最後まではっきりと言葉にする必要はない。魔力の扱いに長けたフレッチャやアイシャたちが感じたのは、ある種のセンサーに引っかかったゆえの違和感なのだろう。巣を離れていても知らせてくれるように、それはアイシャの“寝ずの番”にも似ているかも知れないが、それよりもずっと似ているのが結界神ミュールが施す侵入を知らせる結界だろう。


 アイシャたちが感じた違和感の元からのアンサーは、峡谷全体を震わせる音の波動である。


「竜が……来るぞっ」

「せいぜい姫騎士様の足手まといにならねえようにしねえとな」

「はじめての共同作業がこんなのですみません」

「なあに、俺たちらしいだろうよ」

「──はいっ」


 彼方から聞こえた咆哮は、主不在の巣の周りで過ごしていた動物たちを遁走させ、鳥たちはわれ先にと空高く飛び立ち、魚は流れに逆らって飛び跳ね遡上し、木々を盛大に揺らしては矮小な人間たちの不安をかき立てる。


 空を飛ぶのか、地面を駆けてくるのか。


 ベイルが鋭く辺りを睨みつけるなか、その影はベイルの頭よりも高い位置の遠くに見つけることができた。


 地面よりもずっと高い、そんな場所を走る影はどんどんと大きさを増していく。


「崖を、走っているのか」

「まだ驚くのは──」


 咆哮の主は体を崖にはりつけるようにして走ってくるのがわかる。まるで大きな羽を持つ狼を思わせるシルエットに「話の通りとはいえ、聞くと見るではこうも……」と恐れるベイル。


 竜はベイルたちがいる側の崖を走っていたかと思うと対岸の崖に飛び移り、さらに弾かれるようにして跳んでベイルたちの前に着地する。


「あれが“破砕竜”。逃げ惑う私たちに対抗する、鬼役です」

「俺たちゃあくまで逃げる側でしかねえってことか」


 竜の巣はいつも空っぽで卵だけが隠しているようでその実隠してもいない状態で放置されている。それをメイリーたちが持ち逃げないし破壊をした時が合図らしい。人間たちと暇を持て余す竜の全力勝負。


 間近で竜を見たベイルは「この巣の大きさはこいつが丸まって寝るだけのサイズだったんだな」と素直な感想を漏らした。




〜あとがき劇場〜


「なんかのぅ、精霊で美少女といえば妾であるのに、出番無さすぎじゃないかの」

「そんな安易な偉い人が使いそうな言葉を当てられてるから、使いにくいんじゃないですか? 主に作者が」

「精霊界の女王とは妾のことっ──」

「その座を奪うことはないから嫉妬だけはやめてくださいね? そうでなくとも世界の穢れを浄化するほどに老化していくのに、自分の心を汚したらあっという間ですよ」

「むぅ、なぜか妾の管理下にないからと歯に衣着せぬ言いようはお主のあるじそっくりじゃの、ルミ」

「これでも“です・ます”をつけて話すのだって珍しいんですから。敬意は払ってますよ?」

「自由すぎるじゃろて」

「それに妾キャラも設定上ママの記憶から引っこ抜かれて真似されたおかげで、あのアデルに持ってかれてますからね。竜の結末で再登場するらしいし、いよいよ影は薄くなるんじゃないですか?」

「はあ……まあ、の。妾はそれこそ異世界の住人じゃから、出会うこともあるまいが、キャラ変も今さらのぅ」

「あ、ちなみに有能美少女精霊キャラは私が押さえてますから」

「お主の活躍は目を瞠るものがあるの。まさかあるじの弱体化を機に……」

「そうっ、いよいよ主役交代のときが来たのかもしれない!」

「下剋上……っ」

「やってやるわ! 私がいつまでも他人の下で満足している大人しい美精霊だとは──」

「あ、ルミちゃんこんなところにいた。ロリババア女王もおひさー」

「ぬぐっ、相変わらず口がわるい──」

「ねえルミちゃん。ストレージに入れてたアレがなんでか減ってるんだけど、知らない?」

「……知らない」

「ほんとに?」

「……ほんとに」

「神に誓って?」

「神に誓って」

「亜神に誓って?」

「亜神、さまに……ちか、ちか……うわああっ、私が使い込みましたぁ」

「今日はおやつ抜きね!」

「許しでえええっ、ごめんなさいいい」

「……下剋上、とは」

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