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紛れるものと掘り起こされるもの

「見て見て、ベイルさんっ」

「あん?」

「私たちアイシャーズ!」

「うおあっ⁉︎ 胃がキリキリする……っ」

「なんでよ⁉︎」

「これが幻術による攻撃、なのです……?」

「ち、ちがうよ⁉︎」


 呼ばれて振り返ったベイルが見たのはそれぞれにポーズを決めたアイシャたち5人の姿である。問題児が増殖したことで受けたベイルのストレスは架空のアイシャによるものであるが、相手の胃にダメージを与えたところで本来の幻術の使い道かといわれればミラも否定したくなる。


「しかし幻術ってこうもリアルなんだなあ。技能のなせるワザっていうのか……けれどポーズについては術者のイメージが反映されるんじゃないのか。アイシャの良き理解者になれそうだな」

「……指示されたんですぅ」


 ベイルがモグラ叩きよろしく手近なアイシャの頭を叩けば、幻は触れた途端に消えて脳に錯覚を引き起こす。そこにあって、そこにない。触れた実感はあれど確かめることもできない。


 ベイルが仮想敵として幻術を学ぶならアイシャ(幻)はあと3体。いまだに覚醒した自分のチカラを測りかねているような状態で未知の魔術に対してやれるのだろうかと考え、もてる感覚を研ぎ澄まして挑む。


(嬢ちゃんを見ろ、さっきの声はどこからきた? つっこみは真ん中だったか? 前列に3人、後列に2人……手前右のやつは幻術だった。1番手頃だったからだが、違和感があったからだ。何故だ、それは──)


 ざっと居並ぶアイシャたちはベイルの失礼な発言に抗議するような姿勢をとっている。腰に手を当てて“仁王立ちアイシャ”、片手を腰にもう片手で指差し前かがみにぷんすかするような“隣の幼馴染ちっくアイシャ”、両手を猫のように丸めて“ぷんぷんがおーな金髪ツインテ怪盗ちっくなアイシャ”。それに、ひたすら謎の動きをする“アホちゃいまんねんアイシャでんねんアイシャ”。


(嬢ちゃんの存在感の希薄さ──俺を騙すためなのか、器用なことが出来るもんなんだな。けど何年付き合ってきたと思っている。嬢ちゃんのことならそれなりに分かっているさ!)


 ベイルに迷いはない。ぷんぷんがおーアイシャがしばかれて消える。アイシャがベイルに対してそんなあざとさで接してくることなど、余程にやらかした時くらいしかないだろう。やはり打ちつけた手のひらには妙な感覚が残るのと、当たった瞬間には腕も全身もがインパクトに備えては何もない事実に硬直する。


 だが続いて叩いた隣の幼馴染ちっくアイシャでは衝撃はもちろん、違和感もなくその手は幻術を暴いた。アイシャがひとのことを指差して咎めるときは割とみっともなく大人げなく喚いているものだ。


(見切る──そこにあるのが本物じゃなく幻のものだと確信してやれば、この体も騙されはしないっ!)


 ミラには驚くべき光景であった。姫騎士に誘われて聖堂教育に通う時分から国軍のもとに留学の形で参加したミラは、今回のような幻術の分身体による撹乱を模擬戦で鍛えてきた。


 最初のころこそ、拙い幻術はひとの形を模してはいたものの、ディティールが違ったり、半透明だったりしたもので熟練の者はおろか見習い連中にも通じないものだったが、今の水準の幻術を作り出せるようになってからは姫騎士以外に見破られることなどしばらく無くなっていた。


(これが、このひとが姫騎士さまの──)

(悪いが破らせてもらう。メイリーからもミラには俺の実力を見せて納得してもらいましょう、と言われたことだし、この嬢ちゃんの偽物を暴いてフィニッシュ、だ!)


 3体目の幻術を打ち破ってノリに乗ったベイルが最後に選んだのは仁王立ちアイシャで、体が騙されないコツとして躊躇いなく自信を持って放たれた世紀末チョップにはそこそこの威力が伴っていた。


「ひぎっ⁉︎」

「あれぇっ……すまんっ、嬢ちゃん!」


 これには本物のアイシャも頭を抑えて涙目でうずくまってしまう。いまのアイシャはそこそこにひ弱でもあるのだ。


「なんで嬢ちゃんは……っ、いや、すまねえ」

「むしろなんでベイルさんはあっちが本物だと思ったのさ⁉︎」

「そりゃあ、まあ……な」


 ミラとしても分かりやすい幻術としてサービスのつもりでアホ丸出しアイシャを置いて見たものの、まさかそれを本物と認知されるとは思っていなかった。危うくミラの幻術が敗北してしまう危機を守ったのは悪ふざけレベルで真っ先に否定されそうな幻術。とても複雑な気持ちでミラは頭にたんこぶが出来てないかとさすって確認するアイシャを見る。


 真面目な顔のアイシャと、アホな顔でアホな動きをするアイシャ。そのふたつが残ったあとの結果に、ミラだけでなくフレッチャとカチュワも心の中で謝っていた。





 谷底に続く長い下り坂は道幅も広く馬車が悠々と通れるが、荷物が多く載っているベイルの馬車が下り坂を安全に降りれる保証も、帰りの上り坂でいざというときに速度が出せないであろうことから国軍もアイシャたちもみな徒歩である。アイシャに関しては本人に馬車を操るすべが無いからでもあるが。


 ミラをそそのかして幻術で遊んだアイシャのあたまには鶏のトサカみたいなたんこぶが出来てしまい、ベイルとミラから何故か不服そうな謝罪を受けて手打ちとなった。


(でもたんこぶが出来てもきっとそうはならないのです……)


 痛い思いはしたものの、ある意味おいしいと感じたアイシャはカチュワとフレッチャにも触らせて確かめてもらっている。もちろんハルバはお預けだ。アイシャとて異性に頭を撫でさせるほどに無警戒ではない。


「しかしミラさんの幻術はすごかったな。私たちも本物のアイシャがどれなのか分からなかったよ」

「幻術は観察と想像が肝要ですから……それでもベイルさんにはほぼ攻略されてしまいましたけど」

「観察なのですね。だからあんなにアイシャちゃんのことを見ていたのですね」

「あ、はい。最初からアイシャちゃんたちを逃す手段として参加してますので」


 見ていたというより、姫騎士のお気に入りの座を争う対抗馬にガンをつけていただけのようなミラだったが、その実ちゃんと職務のためのことでもあったらしい。


 ミラの宣戦布告まがいの宣言はあったものの、蓋を開けてみればミラとアイシャたちの間には壁も溝も感じられない。アイシャたちは女の子なら無条件に歓迎だし、ミラも磨いてきた幻術に興味を持ってもらえて期待されることに気をよくしている。


「幻術は想像力、なんだね」

「おかえり、ルミちゃん」

「ふわぁっ──なんて綺麗な……精霊さん?」

「正解よ。私は花の精霊にしてシャハルいちのアイドルのルミちゃんよ」

「なんという自信過剰な虚言なのです……」


 メイリーの預かる部隊が峡谷への進行を始めたことで、ベイルとメイリーの甘い時間が終わればルミも退屈して帰ってくる。そのうえ迂回したのか、アイシャが停めて木にくくりつけていた馬2頭も引き連れているのだから早速とばかりにアイシャが馬の背に乗る。


 そうしてアイシャが自然にミラへと手を差し出すのだからミラもついついその手を取りアイシャが乗るうしろに座って腰に手を回して密着する形になる。仕事とはいえ戦わないお昼寝士は私服姿で、後ろのミラが重装備なのだから見た目のちぐはぐさがあるが、フレッチャたちとしては「サヤが見たら妬くだろうな」と思うばかりだ。


「その逞しい想像力の持ち主なら、こんなのも作れたりするのかしら?」

「これは──」


 ルミがまたしてもアイシャのストレージからさらっと取り出したのは1枚の紙切れである。そこにはアイシャとルミにとってとても思い出深い記述があり、崩壊したシャハルの片付けの折に見つけて回収していたものである。


「“頭に三本のツノと二本の尾羽を生やした鬼”……? なんて凶悪そうな見た目をしているのっ──⁉︎」

「実はねこれ──」

「えっ、ええっ⁉︎」


 ルミがいたずら精霊として認識されるきっかけともなった件は、達者な似顔絵とともにこうして記録として残っている。アイシャがネタばらしすれば「姫騎士さまを助けないとっ」と慌てふためいていたミラも肩を震わせ声を殺して笑うしかなく、ベイルに抱きかけていた対抗心もどこかに飛んで消えていってしまう。


「──そろそろ谷底だ。おしゃべりもいいが、警戒は怠るなよ」

「了解」

「なのですっ」

「はーい」


 アイシャが乗ったのとはちがうもう1頭の馬にはせっかくだからとフレッチャが乗っており、ベイルに向け凛とした返事をする。


 カチュワとハルバもアイシャまでもが気の抜けた返事をするなか、ミラはアイシャの後ろでベイルを直視出来ずに天を仰いでいた。


(幻術士なりの精神統一だろうか。ミラがついているなら嬢ちゃんたちは任せて俺も前に出られそうだな)


 かつてはパジャマ姿で枕を持参したアイシャを好意的に評価したベイルだ。どうかすればミラの無礼と言えるそんな振る舞いも頼もしく捉えて問題になどならない。


「竜の巣はまだ奥のほうです。ですが油断されませんよう」


 豊かな緑に綺麗な川が流れる谷底で、アイシャたちの竜の卵奪取任務が始まる。




〜あとがき劇場〜


「へえ……! 幻術なんてのがあるんだ」

「ほんとおったまげたよ。もうソックリなんてもんじゃなかったんだから」

「たくさんのアイシャちゃん……」

「もちろんサヤちゃんだってじっくり観察してもらえたら増えるよ」

「私が増えたら……?」

「サヤちゃんが増えたら……」

「だめっ、アイシャちゃんが裂けちゃうっ!」

「なにがあったのっ⁉︎」

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