放置されるお昼寝士
生産館の中は広く、長い廊下の両側についた扉の上にはそれぞれにどういった内容の部屋なのかが明記されている。
「家具工房に鍛治工房……」
「みんな屋内作業だからね。色々な部屋があるけれど、私たちも勝手には入れないんだよ。みんな自分の技術ってのは秘密にしてたりするからね」
フェルパの先輩が先導してアイシャを案内する。その後ろをフェルパがうさぎのぬいぐるみをワシワシしながらついてきている。
“きゅーっ”
「そのぬいぐるみに笛がついてるのは知らなかったよ」
お腹のある一点を押さえると音が鳴る仕様のぬいぐるみ。ただ快適な睡眠のために“お昼寝士”の技能で作っただけのアイシャはそんな細かな遊びまでは気づいていなかった。
「んふふ、これ本当にかわいいですね」
フェルパは持ち主が知らない秘密を見つけて嬉しそうにしている。
「ここがフェルパの所属する手芸組の部屋だよ」
「あれ? 先輩さんは違うの?」
てっきりふたりは同じ系統の仲間なのかと思っていたアイシャ。思えば先輩はぬいぐるみに対してさほどの興味も持ってなさそうであった。
「私は木工組だからね。家具なんかを専門にやってるよ」
「先輩にはいつもお世話になってるんだよ。ミニチュア家具なんかも作ってくれたりしてね」
毎日何かしらの付き合いがあるらしいふたりに、なんだか先輩さんは苦労してそうだなと思うアイシャだった。
外は未だに降り続く雨で、今日はここで過ごすのもいいかなとフェルパに誘われて入った手芸組の部屋。ラックにはロールになった布がいくつもあったり、糸や綿だったりの材料も収まりきらないほどに詰め込まれている。
それぞれに与えられた机があるらしく、フェルパと同じ道を目指す子どもたちが手仕事で小物を作ったりフェルパのようにぬいぐるみや人形を愛でたりしている。
「お客さんだよー。お昼寝士のアイシャちゃん」
フェルパが声をかければたちまちそこには人だかりが出来る。作業中でも構わず手を止めてやってきた子どもたちは口々に「かわいいー」だとか「さわらせてー」とか言ってもみくちゃにしている。
うさぎのぬいぐるみを。
確かにフェルパはアイシャを紹介したはずで、初めこそみんなの目はアイシャを捉えたはずなのに、今は人だかりの外でぽつんとするアイシャは窓の外の雨粒に思いを馳せて現実逃避している。
いまだ人だかりはぬいぐるみに殺到していて、アイシャは最初の一瞬以降見向きもされていない。
ふと思いついたアイシャは技能を使ってこっそりと小さなうさぎのぬいぐるみをひとつ、手近な机に作って置いた。
それでも人だかりは散ることなくアイシャが放置されたままなので、各机に1個ずつうさぎ以外のぬいぐるみを置いていく。誰も見ていないアイシャの手元で、ひとりでに飛び出した材料が勝手に手のひらサイズのぬいぐるみを作り上げる手品のような現象が起こっているが、フェルパが持ってきたぬいぐるみに夢中な子どもたちは誰も気づかない。
キルティング生地のストックと地這鳥の羽毛はまだまだある。置かれている机をアイシャがぬいぐるみを作りながら一巡したころには人だかりも落ち着き誰が抱っこするかの順番を決めたらしくそれぞれが席についていく。
今このときまで、アイシャはひと言も発していない。アイシャは部屋の隅っこで三角座りして枕を抱えて子どもたちの動向を見ているが、外から聞こえる雨のリズムが心地よく、自然とまぶたが落ちてくる。
手のひらサイズのぬいぐるみに気づいたものたちから驚きと喜びの声が聞こえてくるも“誰が置いたか”に触れられることがないことを耳で確認すると、アイシャはひとり静かに目を閉じ昼休みを告げる鐘が鳴るまで早めのお昼寝を満喫していた。