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乙女な姫騎士のかたわらに

 子ども相手に油断がなかったとは言えないメイリーであったが、それでも子どもひとり捕まえられない、なんてことがあるなどと思ってはいなかった。


「素直に面白いと思いました。私の手を逃れた少女の技能の正体はいったいなんなのか……けれど、そうして訪ねたミラは、魔術士に混じって埋もれてたのですから、なおさら興味がわいたのです」


 少なくともその時すでに国軍で今の部隊を預かるメイリーから難なく逃れた少女が不出来なわけがない。


「魔術士適性担当の先生に呼び出されたその日にぼくは攫われました……」

「やっぱりレア適性だからって非人道的な人体実験を……」

「しませんっ、アイシャちゃんは国をなんだと思ってるのですか」


 珍しいものとして認識されたら見せ物にされるか解剖されるか。アイシャの中にはそんな想定があり、よく出来た危機管理意識だとすら思っている。


「一介の教師たちに判断が出来ないというのであれば、私の責任でそれをしようと決めただけのことです」

「窓もない地下室で延々と魔術を行使させられたりもしました……」

「それは間違いなく地下牢だね。生きて出られたのは奇跡かもしれない」

「地下の演習場は普段から私たちも使う場所です!」


 思い出しながら話すミラは当時の記憶と感情も蘇っているのだろう。不安や悲哀混じりに語るものだから、面白がったアイシャが曲解した相槌をうってメイリーのSAN値がガリガリと削られていく。


「相手を目の前にして認識しているにも関わらず取り逃してしまう幻術士の技能。それがあれば最悪の事態になっても俺たちを逃がすのには使えるということ、ですね」

「はい。私たち国軍は民の盾となることに異存はありません。いつでもそうなる覚悟がありますが、ベイルさんたちだけでも無事に帰すためとあれば、この子の技能は必ず役に立つはずです」

「そうなっても俺は──俺だけはメイリーとともに残ってみせるさ」

「ベイルさん……」


 ここには事情を知るものしかいない。姫騎士メイリーが再び乙女イリーになりかける甘い時間が訪れると、ふたりを放置してアイシャたちは離れてミラとの会話を試みる。


「ここにマイムがいたらきっと鼻息荒くして抱きついているんだろうな」

「ひっ⁉︎ 誰ですかそれ」

「カチュワたちの仲間で魔術士の女の子なのです」

「特技は匂いで女の子を区別できること」

「特殊すぎます……」


 マイムとて魔力の匂いを感じ、目で観察できるが、さすがに匂いで区別出来るなどとはひと言も言っていない。ただきっとそれでも出来てしまうんだろうなという感想はみなの一致するところである。


「幻術って実際にどうなってるの?」

「ぼくにも詳しくは分からないんですけど、実際にはないものを映し出す技能って感じですね」

「それがさっきハルバくんを騙したものなのですね」

「いや、でもちゃんと触れたぞ? あれは幻なんてものじゃなかった」

「それも幻──ぼくの幻術は五感を惑わせるものです」


 目で見たからこそ、そこにあると脳が錯覚して、ないものがあるように掴んでしまう。触れたところで分からない体温などは認識できず、情報が補完されないから理解が出来ない。ミラには自身の技能を他人に説明できる知識もないが──。


「その隙に逃げることは出来る、と」

「やってみせます。ぼくの幻術ならそれが出来ます」


 メイリーに見出されて、理解し鍛えるうちについた自信は、その瞳に力強く現れている。


「けれどアイシャに会いたかった、というのは?」

「えっと──」


 フレッチャに問われてアイシャを意識したミラは頬を染めて視線を宙に彷徨わせる。


「その……去年に姫騎士さまと王都に来られた時のことを見てて……」


 もじもじと落ち着かない様子で手を組んだりほどいたり握ったりとするミラが口にするのは、メイリーとアイシャが改造荷馬車の屋根にしつらえたベッドで仲睦まじくくつろいでいた時のことである。


「国軍を率いているときにあんなに、穏やかに安らぎを感じてる姫騎士さまの姿なんて見たことがなくって」


 アイシャを友とし、姫騎士ではなくお姫様としての振る舞いをしていたメイリーは、争いに身を置く時のような険など取り払った、愛される姫様のそれである。


「それをアイシャちゃんって子と出会ったからって聞かされてぼくは──」


 そんな話を自分の知らないところでされていたのだと思うとさすがのアイシャもこそばゆい気持ちを覚える。


「まあ、私なんてそんな──」

「姫騎士さまのいちばんはぼくなのにっ!」

「⁉︎」


 悔しげに、それでもメイリーたちには聞こえないように抑えた感情の発露。メイリーと仲良しなアイシャと繋がりたいと思ってのミラの申し出だと察したアイシャの考えはどうも違ったらしい。


「ぼくが、ぼくこそが姫騎士さまにみそめられたんです。それなのにアイシャちゃんは……」

(まずいぞアイシャ。これは恨まれているのかもっ)

(ええっ、そんなわけ──)

(可能性は高いのです。大切な恩人の関心を奪われたと思って、アイシャちゃんを亡き者にしようと画策して近づいてきたのですよ。小説でそんなのがあったのです)

(そんなばかなっ)

(事実は小説よりも奇なりってやつか)


 突如流れる不穏な空気。ひそひそと交わされるやり取りはうつむき加減でなおもぶつぶつと呟くミラに聞こえてはいないが、ミラの握ったこぶしが小刻みに震えるのを見ると、伏せた顔にどんな表情が浮かんでいるのかなどアイシャは怖くて見れない。


 ミラは魔術士側とはいえ、騎士の名を冠する職業だ。アイシャとメイリーの手により鎧を脱がされたとはいえ目を覚ましたときに剣だけはその所在を確認し、手元に手繰り寄せている。もしその気になって凶行に及べば一瞬のうちに終わることだろう。


 フレッチャがさりげなく普段は出番のない腰のナイフに手をかけ、カチュワがいつでも身を投じる覚悟をもってアイシャとミラのあいだに入れる位置に動けば、当事者のアイシャにも緊張が走る。


 何でもうやむやにしてくれそうな花の性霊はベイルとメイリーの展開が気になって向こうに残ったままでミラたちの様子など気づいていない。


 ここでアイシャが気にするのはそうなったときに、誰も傷つかないでいられるか、ということだ。肉体的にも、精神的にも。


 きっとフレッチャならミラを打ち倒してでも止めるだろうし、カチュワは豊かなボディで一身に受け止めることだろう。アイシャはどんな結果になってもどこかしらで心を痛めることになる。


 そんな逡巡も瞬きひとつの時間ほどでしかなく、ミラが半歩踏み込んできたときには頭の整理が出来ていようがいまいが、アイシャの体は反応して腕が少し上がる。


 距離を詰めたミラの動きは速く、アイシャのあげかけた腕を拳に手を添えることで制する。そっと添えるような、触れたか触れてないかの時点でアイシャは応じるように手を開いてミラの手と合わせて組む。


 並んで繋いでいれば恋人繋ぎなどと揶揄されそうな形になった両手はさらに踏み込むミラの体で折りたたみ重なり合うように体が挟み込む。奇しくもミラの両手を封じることが出来たものの、距離は限りなくゼロに近い。アイシャよりも少し背の低い幻術士のミラが顔を寄せてまでする攻撃が何か、知識にない相手の出方が分からず、フレッチャたちも行動に出れず見守るばかりとなる。


 そんなふたりの姿を横目で見ていたメイリーだけが、優しく微笑んでいた。


「姫騎士さまの1番はぼくですっ。だからぼくはアイシャちゃんを守ってみせて証明しますっ……アイシャちゃんは2番で、ぼくこそが姫騎士さまのとなりに立つんだって!」

「え、あ……はいっ。よろしくお願いします」

「任せてくださいですっ!」


 どうかすれば唇が触れ合いそうな距離で、手を組んで何かの誓いを口にする光景というのは他人から見てどう映るものだろうか。


 アイシャからの返事を受けて誇らしげに笑う女の子に、フレッチャたちは感じていたものが無用な危機感であったと悟り胸を撫で下ろすとともにミラの評価は一転した。


(なにこの子、かわいいっ)


 素直で努力家。慕う相手が1番で嫉妬混じりでも職務を全うする真面目さに、アイシャも思わず言わなくてはならないことを、言わなくてもよいことを漏らしてしまう。


「でも姫騎士さまのいまの1番はきっとベイルさんだよ?」

「んなっ、ベイルさんってあの……覚醒した筋肉モヒカンと噂の……っ!」

「そう、現在進行形でメイリーさんといちゃついてるあの世紀末モヒカン」

「あのって……ああっ! 姫騎士さまっ、ご無事ですかぁっ」


 てっきり上役同士で仕事の話をしているだけと思っていたミラであったが、その相手が噂のベイルであり、アイシャが指差していちゃついてるなどと言うものだから、慌てて駆けていくミラの姿は周りの笑いを誘った。



〜あとがき劇場〜


「姫騎士さまっ!」

「ふふふ、よくぞここまでやってきたな幻影騎士ミラよ」

「くっ、姫騎士さまを離せ、7割ハゲのベイルっ!」

「7割もハゲてねえっ! 真ん中残しのモヒカン部分は1/3あるんだからな」

「ハゲ、毛、ハゲだからのその理論は間違っているっ! 実質2割くらいしかないのだから、これでも譲歩してやったくらいだ。そんなお粗末な頭だからモテ期も訪れずモグラに手を出した挙句姫騎士さまをさらって既成事実を作ろうだなんて蛮行にはしるんだ!」

「ぐっ……黙れ黙れ! 俺はこの麗しの姫様と結ばれてモヒカン王国を築くのだ!」

「そんな悪趣味極まりない国など興させてたまるもんか!」

「ふんっ、たまたま姫様の興味を惹いただけの小娘が、この俺様の野望を阻止できるとでも?」

「やってみせるっ、ぼくは姫騎士さまのナイトなんだ!」

「たわけた話を……んべろおおおおっ」

「うわああっ、姫騎士さまのほっぺたを下品に舐めるんじゃないっ!」

「ふっ、羨ましいか」

「えあ……うらやま、うらやま……しく、なんて……ぼくも舐めたいっ」

「欲望が出てるではないか」

「なっ、なんという……これが悪の親玉トゲパッドのベイルが得意とする尋問の魔術……っ」

「魔術でもなんでもないし、そんな情報は巷にも出ていないだろ」

「いーやっ、ぼくには心強い情報源があるんだからな」

「そんなばかな」

「そんなばかなこともあるんだよっ。ね、アイシャちゃん!」

「だねえ。私も散々あの肉厚胸板モヒカンにはいじめられてたからね」

「そいつは希代の嘘つきだ」

「とかなんとか言って……おまえがこのアイシャちゃんを特別視していることもバレているっ。大人しく姫騎士さまを離さないと……」

「離さないと?」

「ぼくがアイシャちゃんのほっぺたをぺろぺろするんだからね!」

「やっ、くすぐったいよミラちゃん」

「どうだ、時代錯誤の世紀末革パンのベイル! アイシャちゃんのほっぺたはミルク味だぞ!」

「そんな味しないよ⁉︎」

「……お前らんとこの女子たちがいつもやってることなどもう止めもしねえよ?」

「なっ、効いてない、だと? それどころかいつもやってるのアイシャちゃん⁉︎」

「えへへ、まあ、その成り行きっていうかなんていうか」

「けどお前の恥ずかしい過去を姫騎士さまに暴露されてもその余裕を保てるかな⁉︎」

「俺様の恥ずかしい過去だと?」

「さあアイシャちゃんっ、ぼくにその秘密を!」

「えーっとね、メイリーさんがベイルさんに幻滅しそうな過去だよね。じゃあ……ごにょごにょ」

「うん、うん……なるほど」

「俺様の過去になにがあるっ。いいか、どんな話を持ってきたところで姫様は俺様のものであることに変わりはない!」

「話? ふふふ、ぼくを誰だと思っている? 姫騎士さまのナイトにして幻影騎士ミラ! ぼくがここに暴くのは噂話でもスキャンダルでもない。おまえの過去の奇行だ!」

「そっ、それは──」



「ミラちゃん? おーい、ミラちゃん?」

「……はっ、ぼくってば寝てました?」

「んーん、でもぼーっとしてたかなって」

「つい考え事をしてまして。でもアイシャちゃんたちのお話は面白いですね」

「まあ事故みたいな話ばっかだけど」

「この話なんて特に……どこで活用出来るかって考えると」

「そんな時が来るか知らないけど、そうでなくてもいちど見てみたいよね。ミラちゃんの幻術はすごいから」

「うん、きっと見せますね」

「約束だね」

「約束……ゆびきり……」

「小手を外さなくてもいいのに」

「んん、やっぱり失礼かなって」

「私たち仲良くなれそうだね」

「──ぺろ」

「ななな、ミラちゃん⁉︎」

「え、ぼくなんてことを……ごめっごめんなさいっ」

「いや、そんな謝らなくても」

「ママのほっぺを舐めたくなるのも分かるわぁ」

「──さすがにミルク味じゃなかったですねっ」

「そんな眩しい笑顔ではにかんで言われたことが、ここまで意味不明なのはどうなの」

「いえ、こっちのお話です」

「まったくもう……ぺろ」

「ひああっ⁉︎」

「お返しっ」

「ふにゃぁ……」

「ミラちゃんが消えた⁉︎」

「ママが捧げたーっ」

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