今度は仕事の王都
「おっ、美味しいのですっ!」
「これで酒もありゃあいいんだが、なあモブニ」
「ああ、ところで俺の手にあるのはなんだと思う、モブイチ」
「……酔うほどに飲んだら俺の斧を振舞ってやるから覚悟しろよ」
「はは、そいつはおっかねえや……」
「はい焼けたよーっ」
魔物の牛はフレッチャがさっさと倒してしまい、柵を壊して溢れ出ようとした牛たちも筋肉モヒカンに睨まれて自ら柵があった内側に引っ込んで出てこない。
となれば、と彼方に消えそうになっていたカチュワを回収したアイシャが始めたのはいつものごとくの屋台である。炭火焼き屋台の準備が整うまでのあいだにモブリーズたちが牛を1頭バラして持ってきたのだから、かなり手際がいい。
当然その間に牛たちを囲っていた柵の修繕もルミとベイルとフレッチャで行われ、資材にはネシティの持ち物を使って間に合わせていた。
「野菜もあるのか」
「まあね。ルミちゃんがせっせと作ってくれたお野菜だから美味しいよ」
「このっ、花の精霊ルミちゃんに感謝しながら食べることねっ!」
「なるほど花の精霊というものの、その性質は植物全般にわたるわけですね」
「おいネシティ、食べて何ともねえか?」
「……? とても美味しいですよ?」
肉だけではさすがの筋肉系男子だって飽きがくるが、適度に野菜もつまめば食欲は進む進む。それが特別に美味しい野菜ならなおのことだが、ベイルにはルミの作るものには何かしら含まれていそうでなかなか素直に口に出来ないのが、長い付き合いでの弊害であり深い理解であるといえる。
「ああそういえばフレッチャ。あの魔物はさっさと捧げてしまえよ」
「えっ、私が……いいんですか?」
牛を細切れにして香ばしく焼くアイシャたちの周りに野生の牛たちは近づきもしない。当然その命を散らせた魔物の牛も横倒しにしたままである。
「どこだって早いもの勝ちだろう。俺もモブリーズも異論はねえ」
「そうだな、こうしてステーキも食えてることだしなあ、モブニ」
「ああ、でもまハルバたちとは相談してみるといいかもなフレッチャ」
「そのやり取りに私も含まれたくはないですが……ではそうさせてもらいます」
話し合いの結果としては、結局偵察こそしたもののカチュワを残して逃げたハルバは受け取りを拒み、カチュワに関しては話し合いというよりフレッチャから半分こを持ちかけて魔物の牛はスキルポイントに変換された。
「これでよし、と」
「こんなところに手紙を置くだけで完了なの?」
「今日の夕暮れにカルゴーシュから様子見の職員が来ることになっている。魔物の討伐と柵の損壊と修繕について伝わればいい」
「食べちゃった肉については?」
「あらかじめ許可を得ている。魔物と立ち回ることになるなら被害は避けられないだろうと言って、な」
「じゃあもう何頭か……」
ひと仕事終えて腹も満たされたベイルたちは、暫定牧場の柵のひとつに手紙を挿して王都へと向け出発する。
魔物退治と称して間引いていいのであればこれはいい商売になる、と牛を欲しがったアイシャだけは頭にたんこぶをつくって涙目だが、馬車の歩みは順調そのもので、夜まで進んでも魔物に出会いもしなかった。
「ママの“呪い人形カーズくん”があれば安泰だよね」
「まあずっとそれだとみんなの経験にならないから極力使わないほうがいいんだろうけど──」
アイシャ的に面倒を避けてさっさとシャハルに帰り着くことを優先したなら魔物除けであるカーズくんを出しっぱなしにしておくのがいい。
しかし戦闘職の彼、彼女らは倒した魔物の数だけその実力を伸ばしていくのが基本だ。子どものころから、ギルドに所属して活動するいまも変わらず、街の外に出たときのサヤたち“ララバイ”のメンバーの頑張る姿をアイシャも見ている。
そして馬車に乗っていたアイシャは前を行くふたりを見て、野営の準備をしていた間も、粗末な夕食をとっていた間も不安を覚えている。
「カチュワちゃんは盾で守るって張り切ってるのに止められなかったから……」
「多勢に無勢ってやつでしょ、人間族ふうに言うなら」
「ハルバくんなんてもっと落ち込んでるもの」
「カルゴーシュに着くまではカチュワちゃんの体ばかり見てたのに、そんな余裕も無くなってたみたいだもんね」
ふたつ張ったテントには男たちと、カチュワにフレッチャがそれぞれ睡眠をとっており、焚き火の番をするアイシャとルミの影だけが炎に揺らめいている。
「みんな、気張ってるんだよね」
「仕事だもんね。ママくらいのものでしょ、気合いゼロなのって」
「んー、寝るのだけは任せて?」
「その気楽さをあの子たちに分けてあげてよ」
牛の件を終えた後、お腹を満たしたカチュワは挽回するべく無理に頑張っているのが目に見えており、逆にハルバはカチュワをひとり柵の中に取り残した負い目でカチュワより一歩ひいたうえで、尻込みしていた。
「ハルバくんの選択は間違ってなかった。徹甲鳥の時とはわけが違う……槍いっぽんであの数の牛に立ち向かうなんて出来ないもの。カチュワちゃんだってそう、耐えきれるわけがない」
大人と子どもの実力差は大きい。その時その時の判断力も選択肢も経験則や、もちろん技能についても持っているものが違う。この間まで子どもだったふたりに、ベイルのような力業解決などできようはずもない。
しかしもしベイルたちがおらず、アイシャたちだけで挑んでいたら。あるいはカチュワたちが2年目3年目で個別に動くようになって同じ場面に遭っていたら。自分たちのチカラで対処できなければならないのだ。
「──そろそろ交代の時間ですね」
「ネシティさんも見張りするんだね」
「いえ、目が覚めたタイミングにアイシャさんの番だったので少しお話でもと」
「私に? 商業ギルドには移らないですよ?」
テントから這い出て、カチュワたちを案ずるアイシャとルミの前に現れたのは非戦闘職のネシティだ。通常依頼者にあたる人物は夜間の警戒業務に従事することなどない。非戦闘職である依頼者を守るのも冒険者ギルドの役割であり、そのぶんの報酬も発生する。
「戦えないお昼寝士アイシャさんが、どのようにして戦闘職の彼女らと行動を共にしているのか。その辺りを聞きたいなと思いますね」
「私が、どうやって?」
「僕も仕事上、付き添うことはままありますが、いつだって魔物の存在に危機感は拭えません。生きた心地がしないなんてしょっちゅうで、本当に死ぬひとだっていますから」
きっとこの仕事もそうなのだろう。竜の卵を手に入れるのであれば、アイテムボックス持ちのネシティは竜の巣まで同行することになるのだから。
「冒険者ギルドのメンバーだってアイテムボックスの技能を持っているひとがいないわけじゃないんです。けれどこの技能は内容量を拡張するためにその都度技能を取得して補完する必要がありますから、冒険者ギルド員の方たちでわざわざ竜の卵が入るだけのサイズを取得してる人はいないんですよね」
そしてネシティは「もしアイシャさんが商業ギルドに入ってくれたなら、この手の仕事を丸ごとお任せするつもりでもありました」と言って笑った。
「ママは謎適性だってことで、サヤちゃんたちと一緒に行動させられることも多かったから慣れてるもんね」
「頼れる仲間に守られて私は幸せだよ」
それから少しお喋りしているうちに、交代要員にモブリーズが起きてくるとアイシャはテントに引っ込んで眠りについた。
シャハルの街の門とは比較にならないほどに大きく、おざなりではない厳格な眼差しで業務にあたる門番たちの検査を受けてアイシャたちが訪れたのは、人間族の国“ジュモーグス”の王都“メソン”である。
「再びの王都だけど、あんなに並ぶんだね」
「前は姫騎士様の一行と一緒だったからな。アイシャなんて馬車の上で姫騎士様と談笑しながら門を通過したんだから、より一層特別感があったろうね」
「ママそんなことしてたんだ……」
王都には誰でも住めるわけでもなく、出入りでさえ許可が無ければ出来ない。民主的に運営される国の王族もギルドカードのシステムによる適性がそうさせており、貴族制なんてものもなく地位といえば職業における管理職が主になる街で出入りを制限するのは、それでもこの街がこの国の中枢だからである。
基本的に敵対関係にある魔族も、見た目に人間族とほぼ変わらない雪人族ルミのような種族もいるために、街の門が機能してなければ侵入されたとしても分からない。
だからこそギルドカードで身分をあらため、街の中には決められた人物しか住めないようにすることで王都の安全を確保している。もちろん商取引もあるのだからそのための出入りも許可はされるが、ツテでもなければその審査にはそれ相応の時間がかかる。
「ベイルさんがバラダーさんから書状を預かっていなければ、たとえシャハルの商業ギルドの名前でももう少し時間をとられたことでしょうね」
「ベイルさんには本当はもうひとつの切り札もあるんだけどなあ、モブニ」
「ああ、それなのに『今はまだ使うつもりはない』だなんて言うんだもんなモブイチ」
「切り札、ですか?」
「──何も大したことじゃあない。無駄口叩いてないで行くぞ」
ベイルとアイシャがそれぞれに馬車を操るほかは、みな徒歩である。審査を受ける際に馬車からおろされてからは王都の見学をするつもりらしく、改めて荷台に乗り込むつもりもないらしい。
行き先を知っているモブリーズとネシティが先を行き、ベイルがついていく後ろをアイシャの馬車とフレッチャたち同期がおのぼりさん丸出しでついていく。
「──着いたぞ、ここだ」
「ここって……」
「ここがそうなんですね」
街の賑やかな通りを行き、大きな角を城があるほうへと曲がって行った先は、半分寝ながら話を聞いていなかったアイシャだけは初耳となる場所である。
「ここが国軍の詰め所だ。竜の卵を手に入れるためには必ず国軍の助力を願うことになる。今日は顔合わせをして明日の出発だが──」
アイシャたちを前に、あらかじめ失礼のないようにと釘を刺そうと話すベイルだったが、まだノックすらもしていない門戸が開き、内側から現れた人物に背後から腕を取られる。
それは国軍の指揮を執る人物でありながら、警戒や制圧などの意味合いとは全く違う親愛のホールド。ベイルの太い腕に絡めるように抱き寄せる両の腕の持ち主は、その美しい金髪をまとめ上げて今まで訓練をしていたと思わせる汗を額に滲ませるフルプレートメイルに身を包む美女、姫騎士メイリーである。
「待っておったぞ、ベイルさん。それにシャハルからの客人たち」
「ちょまっ、姫騎士様……そのような──」
「何を照れている? 私の旦那様はなかなかシャイと見えるな」
部下を前に、冒険者ギルドでも一部しかまだ知らないお話は、モブリーズの顔をニヤけさせ、ハルバの思考をフリーズさせて、ネシティのアゴが落ちそうなほどの衝撃を与え、アイシャたち事情を知る女子の口から「お熱いことで」と呆れた感想を引き出した。
〜あとがき劇場〜
「おいネシティ……朝だぞ?」
「ええ、おはようございます。清々しい朝に感謝ですね」
「──空はとーっても晴れていてその通りなんだが、お前の頭の中もいい天気のようだな?」
「たしかに、なんだか新しい自分になったかのような爽やかさがあります」
「うむ、それはいい天気じゃなくって能天気だって話だったんだが、マジに言ってんのか?」
「何につけても追求する気持ちを忘れないのは僕の美徳だと思ってますよ」
「ほほう、それで何が見えた?」
「──もしかしたら、今日は休みかもしれない。カレンダーの日付を見直してみてもそんなはずはないのに、そうかもしれないと思えるこころ……ある意味究極のタフネス」
「まあな、それをいつかポッキリ折りたい俺の気持ちがわかるか?」
「むしろいかにしてこの在り方を死守すべきかと考えてしまいますね」
「それは怠惰だ」
「むしろ未知の開拓かと」
「……ならよ、その先駆者がどのようにして死守してるかってのを教えてやろうか」
「本当ですかっ⁉︎ ぜひとも教えていただきたいです!」
「ほうほう、なーるほど。勤勉なのはいいことだなぁ。じゃあよ──」
「な、なぜ指を鳴らして近づいてくるのですか……? なぜ拳を打ちつけて肩を回すのですか……?」
「それはな、てめえの体で思いしれやっ」
「ぎゃあーっ……」
「ネシティさんは寝坊でもしたのか?」
「戦闘職に紛れてもやっていけるママの秘訣を知りたいって言った結果らしいよ」
「それで着替えもせずにパジャマ姿でベイルさんの荷馬車に乗ってたのか」
「なのです」
「私はやめた方がいいよって忠告したんだけどねぇ」
「そもそもママの秘訣がパジャマ姿でも動じない心だとか言っちゃったのが悪いと思うんだけど」
「──でも、その通りだとも思ってしまうのが困りものだな」
「なにせそれがお昼寝士なのです」
「ネシティさんには適性が無かっただけのこと……お昼寝道はそれほどに容易く甘くはない──っ」
「あ、ネシティさんが」
「息はしてるのです」
「……まさか奥義“瞬間寝落ち”を身につけた、だとっ……⁉︎」
「単に落とされただけじゃない?」