……縮尺の違いだけなんだよなあ
「アイシャちゃん、ぎゅーってして欲しいのです」
「ん、こう?」
「そうなのですっ……ああ、生き返るのですぅ」
「カチュワまでとうとう……?」
馬車を走らせて1時間ほども進めば遠目にハンバーガー屋が手がけたという大きな柵が見え、中に複数頭の牛を確認できたところでベイルの合図により休憩が挟まれる。
荷台でずっと楽してサボっていたようなモブリーズとネシティにより昼食の準備がされるなか、アイシャの元にきたカチュワの申し出によりアイシャは言われるがまま抱きしめてあげる。
同じチームの子たちの様子が少しおかしい。女の子同士仲が良いのは決して悪いことではないがマイムなどは明らかにいき過ぎているし、サヤが幼馴染を好きすぎるせいで謎の進化を遂げそうなのも不安があるし、非戦闘職のフェルパも時折り悪女のような笑みを浮かべたりするのだから、フレッチャとしてはあどけなく無垢なままのカチュワこそが最後の砦だと思っていた。
なのに今女の子同士で抱き合って恍惚とした表情を浮かべるカチュワを見て、フレッチャはその砦が音を立てて崩れていくのを感じずにはいられない。
フレッチャの過ちは一夜限りで、そのときは完全に心が弱っていたからだと、あの日の愉しい悦びの記憶はそっと心の奥底にリボンで封をしてしまっているというのに。
「カチュワ、そういうのは好きになったその……男性とだな……」
「フレッチャちゃんは何を言っているのです?」
「ま、まあカチュワちゃんが求めてるものもわからなくふぁっ⁉︎」
フレッチャの誤解に対して、カチュワの期待していることが何となく分かるアイシャが助け舟を出そうとすると、思っていたのと違うからか、抱きかたを変えるカチュワの手でアイシャはその豊満の谷に吸い込まれてしまった。
「ああっ、ママが人食いマシュマロに食べられてしまったーっ」
「まっ、マシュマロってなにがなのです⁉︎」
「んぶはぁっ」
「ああっ、ママが吐き出されたーっ」
「カチュワはそんなところで食事しないのですっ! というか友だちを食べないのですっ」
ベイルたちもこのメンツのやり取りにまともに関わるつもりはなく、黙々と昼食を仕上げていく。
「ハルバ、お前も疲れてるだろうし向こうで駄弁っていていいんだぞ?」
「そういうわけにも……俺はこっちでいいんですよ」
いつものごとく女子組と男子組に分かれてしまっているが、ハルバも1年目でありここまで徒歩でカチュワとともに体力と神経を削っていたはずである。
ベイルと同じく手綱を握っていたアイシャ(馬を操るフリだけで実際はルミが馬さんを手懐けていた)、その隣で常に弓に手を掛けて、女の子の体に興味津々男子以上に広範囲を警戒していたフレッチャと、そして当然動きっぱなし無駄撃ちカチュワとともに休んでもらっていて構わないとベイルは告げたが、ハルバはせっせと薪を集めて火を起こしている。
「まあ、こっちが良いってんならいいんでしょう。なあモブニ」
「ああ、こっちでメシの作り方を学ぶのも大事なことだからなモブイチ」
「僕としても手が多い分には大歓迎です。なので代わりに僕が向こうに──」
「ネシティは働け。……分かった、だが疲れたら休むのも仕事のうちだ。無理はするなよ」
「はいっ」
ハルバが参加してくれるならと手を止めて女子組のほうへと抜け出そうとするネシティの首根っこを掴んで捕獲するベイル。どうも打ち解けてきたネシティの振る舞いはどこかのアホの子を彷彿とさせる。
そんなベイルたちの心配にも曲げず働くハルバは先輩たちの目には真面目な新人らしく映るが内心そうでもない。
(そりゃあ歩き疲れたしカチュワちゃんとももっと“仲良く”なりたいなんて思わなくもないけど、そういうわけにもいかないんだよなあ……)
というのも、ベイルが休憩するからとカチュワとハルバを呼び寄せたときに、ハルバはふわふわと浮いて近寄ってきたルミにより釘を刺されている。
「柔らかそうでしょ、触れてみたいでしょ。でもね、それはダメなんだからねー?」
そのときすでにハルバの足元は何故か伸びてきた下草に絡め取られて動けなくなっていた。ルミが愛くるしい笑みを浮かべてハルバの鼻にちょんと触れると、絡んでいた草ははらりとほどけて自由になったのだから、ハルバにはしっかりと伝わる。ハルバの視線の動きは気づかれていた、これは忠告なのだと。
そしてルミはハルバに釘を刺す行動を周りに知られまいと、あくまでもここまでの働きを労う優しい精霊のフリも忘れない。
いつもはアイシャの頭や肩にその身を預けていたルミが、ハルバの肩にとまって座れば、ずっと働いていた男の子を迎えに出た心優しい花の精霊となる。
だがルミも思春期男子のポテンシャルを見誤っている。
(俺の肩に……っ、こんな近くでっ……それになんていい匂いがするんだろう。綺麗で柔らかくって……)
女子組のほうで休めないハルバではあったし、この先もカチュワの隣で生殺しの憂き目に遭うのだろうことは想像に難くはないのだが、それでも苦しいばかりではない。
この仕事を終えてシャハルに戻ったとき、花の精霊を慕う魔術士ランドに続き、ハルバはフェルパの元に訪れるお得意様のひとりとなる。
「カチュワちゃんはフェルパちゃんから聞いてきたんでしょうけど、ママに魔力を受け渡しする技能はないのよ」
「ええっ、そうなのですっ⁉︎」
「そうなんだよねー。だからそろそろ離してもらっていいかな」
「ごごご、ごめんなさいなのですっ」
「はー、そういう勘違いだったのか。私はてっきり──」
「てっきり?」
時期は真夏。アイシャと違い肉厚なカチュワが抱きしめれば、それまで運動していたこともあり、接触面の体温はそれなりのものになる。
胸に沈められていたアイシャは解放されてなお顔を真っ赤にしており、少し恥じらうようなそぶりまでしている。
対してカチュワもアイシャを抱くだけで「生き返る」などと言いながら顔を蕩けさせていたのだ。実際にはマイムが行うマナドレインによる魔力授受の作用など起きていないにも関わらず、だ。
フレッチャがてっきりと勘違いしても仕方ない。ハルバが距離を取っているのもそんな女の子の破廉恥なやり取りに気後れしたらものだと思うし、ベイルたちが視線を背け、サボっていると思われても仕方ない女の子たちに何の声も掛けないことすら、イケナイ事をしているから声を掛けるに掛けられなかったのだと。
「いや、その……あの、なんでも、ない」
「ふぅん。フレッチャちゃんはてっきり何を想像したのかなぁ」
「だからそのっ、何でもないって……」
そんな面白い反応をルミが見逃すはずもない。ハルバを脅したその口で今度はフレッチャから心ときめくような言質を引き出そうとするが……。
「おーい、メシができたぞーってモブイチが言えって」
「そうだ美味しいメシができたぞーってモブニに伝えろといったんだ」
子どもの、それも女子のじゃれ合いなど見飽きるほどに見てきたおじさんたちには遠慮などない。時にはズケズケと踏み込んできて鬱陶しさすら感じるであろう、おじさんの無神経さがいまはフレッチャを救う。
「ちゅ、昼食らしいっ! いこうっ、今すぐに!」
「お腹すいたのですっ!」
「ルミちゃん、あんまりいじめないでよね?」
「はあ〜ぁ、惜しかったんだけどなあ」
フレッチャとカチュワがいち早く火を落とした飯場にたどり着けば、おじさんたちに食い意地を揶揄われながら器を受け取り、ルミとアイシャが合流するとハルバも落ち着きがなくなってくる。
「腹も満たせたことだし、ついでの仕事だ。さっさと牛を仕留めて王都に向かうとするか」
それでも食事を終えるころには妙な空気もなくなり、ベイルのひと声で真面目な牛の魔物退治がはじまる。
〜あとがき劇場〜
「おっ、フェルパは今日も忙しそうだねぇ」
「先輩っ、来てくれたんですね!」
「来てくれたも何も、同じ生産職ギルドだし」
「それでもこんなわたしのところに来てくれるなんて優しくて先輩本当に好き」
「引っ込み思案が少しはマシになったと思ったら、なんかネガティブになってない?」
「わたしは元々こんなだよ。好きなことしか出来ないし、戦えないし……」
「いや、非戦闘職が戦えないのは普通でしょうよ」
「でもでもラプシスさんは──」
「あのひとは逆でしょ。もともと戦闘職だったひとが何で針と糸持ってんだか」
「謎ですよねー」
「それにしてもフェルパは何使ってんの? どうも細かい手仕事のようだけど」
「これはね、オーダーメイドの人形だよ」
「へぇ……この木切れみたいなのは?」
「右手の人差し指」
「は?」
「それでこっちが親指で、小指がこれで──」
「ちょっ、ちょっと待って。人形って何を作ってるの⁉︎」
「うーん……等身大花の精霊さん」
「あのルミちゃんのこと?」
「そ。だけど本人に似せすぎると面倒ごとが起きるかも知れないから、少し変えてますよ」
「変えてるって……この顔なんてまんまじゃない?」
「ううん。この頬の輪郭が少し丸くなってるところとか違うでしょ?」
「わっかんないよ⁉︎」
「でもランドさんは『なるほど』って言ってたし」
「発注者は男のひとなんだね」
「男のひとでも人形に興味持ってくれたら嬉しいですよ。どうですか先輩も」
「いやいや……この調子でやってたら何年かかるのよ」
「それがそうでもなさそうで……」
「うん? 慣れてきたらペースアップしてきたとか?」
「それがね、スキルツリーに新しい技能が追加されたの」
「へぇ。まあ繰り返しやってたらたまにあるよね」
「うん。“精密模造”って技能なんだけど、わたしがきちんと計測した情報を元に作成するときに限って、作業速度を早めてくれるんだって」
「聞いたことない技能ね。それで今も発動してるわけ?」
「ううん。使ってみたらなかなか疲れるのが分かったから今は普通の速度ですよー」
「それじゃあ無理強いも出来ないか。ん? こっちのメモは……」
「新しい注文が来て……それも人形なんだけど、同じ花の精霊さんのだからその時はもっと早く出来ると思うの」
「これも男のひと、か」
「ルミちゃん可愛いですからねー」
「ちなみにおいくらで販売するの?」
「こんな感じ」
「まあこれだけ細かな造りなら仕方ないけど……しかしよく支払うよなこのふたり」
「着替え用の服もセットなんですよ」
「──まって、着せ替えできるの?」
「え? それはもちろん」
「ちょっとこのボディ……え、なにこの材質。柔らかくてそのくせ芯もあってまるで──」
「本物みたいってほどじゃないけど、頑張って作ってみたんですよ」
「中身はどうなって──」
「いやーん、先輩のえっちぃ」
「待って、私がえっちならその男のひとたちはどうなるのよ」
「え? 人形好きに悪いひとはいないよ?」
「──そんな純粋な瞳で私を見ないで……」




