みんなやがては大ベテラン
「例の牛たちはカルゴーシュから王都に続く道のうち北ルートの途中にある」
「魔物退治は任せてていいんだよね?」
「お昼寝ギルドのギルド長に出番なんて回さねえよ」
カルゴーシュでの休みが明けた朝、ベイルとモブリーズ、商業ギルド職員のネシティにアイシャたちは2台の馬車で出発している。相変わらずベイルとアイシャがそれぞれ御者をつとめて、カチュワとハルバが先行、フレッチャがアイシャのとなりで、モブリーズが揃ってアイシャの馬車の荷台に転がっている。
「向こうの馬車にばかり人が集まってますね」
「今さら何を言ってるんだ。シャハルを出るときからずっとだろう」
「ええ、なので一応気にはしているというアピールです」
「それこそ、今さらじゃねえか」
アイシャの馬車には御者台と幌付きの荷台を合わせて4人が乗っている計算だが、ベイルの馬車にはネシティしか乗っていない。アイシャに仲の良いフレッチャをつけているとか、モブリーズはセットだとか理由をつけれなくもないが、どちらも違う。
「僕のアイテムボックスは竜の卵専用に開けておかないとダメなんです。万一中身が混ざって暴れて割ってしまっては元も子もないですから」
ベイルが操る馬車の荷台にはネシティが座るほかに雑多な荷物で散らかっている。ネシティの技能のアイテムボックスの容量が不安だということで荷物の全てを馬車にそのまま積んでいるせいであるが、荷姿が一様でもないから余計にスペースを狭く感じる。ただそれでもネシティひとりが座って寝転んでとする分には不自由がない。つまり定員1名なのだ。
「帰りにも増えるんだろ?」
「ええ、王都ではそうでもないでしょうけど、帰りも必ずカルゴーシュに立ち寄るルートでお願いしますよ。豊かな暮らしは小物から。色々持ち帰らないといけないので」
「まあ、この馬車自体がそっちの持ち出しで、ルートも結局そうなるしかないだろうから文句もないよな」
「ええ、だから気にしてるんだっていうポーズだけなんです」
商業ギルドは商いを生業とし、それが街の復興としても優先されるのだから、いまだ元通りにはほど遠いシャハルで物と人の主な運搬手段である馬車と馬を優先的に融通してもらえている。
お昼寝ギルドが最初に馬を調達するところからだったのがそのせいであり、日が経つごとに馬たちも増えてきているが、商業ギルドに優先されるせいで冒険者ギルドが預かる馬車の数は少ない。冒険者ギルド長ベイルが出張るのだからと使うことは可能だが、商業ギルドで用意してくれるならそれはそれでありがたいことなのである。
「しかしあの子たちは良いですね」
「良い、とは?」
ネシティに戦闘職の良し悪しが分かるのだろうか。あるいはその手の鑑定眼を持っているのだろうかと、つられてベイルも先を行くふたりを見る。
カチュワが大きな盾を振り回しながら魔力の波動を撒き散らしているのがベイルにもわかる。以前はギルドカードと繋がっていないために理解のできない盾職の行動ではあったが、今のベイルにはきちんと見えているし感じられる。
(けどそんなにずっと乱発するもんでもないんだがなあ)
味方には頼もしく勇気を与えられるかのような波動は、敵性のものには嫌悪感を抱かせるものとなり、格下の魔物などは自然と離れていく技能である。だからこそたまに姿を見せる魔物は、まだ未熟なカチュワと同等かそれ以上であり、ハルバの槍とフレッチャの弓矢が迎え打つことになる。
そのハルバはカチュワの技能の波をなるべく邪魔しないように、カチュワの斜め後ろの近くにつく形で辺りを警戒しながら歩いている。
(ハルバは真面目だ。それに覚えもいいし、あの槍も何か特別なのだろう。訓練用の槍を持っているときよりも動きがいいし、威力も申し分ない。だが警戒するにしてもどこか少しぎこちないか……何故だ?)
目で観て耳で聴く。ハルバの警戒手段は魔力に頼らない実に前衛職らしいものだが、街道の外を見る時間よりも正面に割く時間の方が長い。もちろんずっとよそ見ばかりしていても蹴つまずいて転ぶかも知れないのだから前を見るのはいいのだが。
(カチュワを見てるのか? まああの技能の乱発ぶりだと魔力切れの心配もするだろうし、落ち着かないのかもな。どこかでその話を切り出すタイミングでも探っているのか……ん、いやあれは……)
カチュワは盾を振り回して威嚇のつもりだろう。技能を使っているにしてもやけに大きな動きだが、激しく動いていれば近づいてきた魔物も避けるかもという思惑かもしれない。
そう、激しく動くと豊満な彼女も激しく揺れる。アイシャよりはサヤがとっても好きなハルバだが、当然として年ごろの男子。目の前のマシュマロに浮気しても仕方ないと言える。
カチュワが振り返りハルバに話しかければ平静を装ったハルバがにこやかに返事しているが、カチュワが再び仕事に集中すれば視線は別のところにいく。かといってハルバも真面目な子であるから仕事を忘れはしない。しないが、誘惑が目の前にあるのだ。ちらちらっと視線は忙しなく動く。
(……まあ、若いうちはそんくらいでもいいんだろう)
後ろから見るベイルからすればハルバの誤魔化しは誤魔化しになっていないが、仮にそれで警戒がおろそかになったとしても、いざとなれば躍り出て守ってみせるのが大人の役目だとして、今は好きにさせておくことにした。
「まあ、若いことは良いことだってことか?」
「何を言ってるんですか。護衛に頼む腕利きが熟練の猛者であること以上に良いなんてことがありますか?」
「……じゃあ何を見て『良い』っつったんだよ」
技能無駄撃ちの踊るマシュマロと魅惑の状態異常にかかっている槍使いの良いところをせっかく見つけられたというのに、ネシティの呆れたような返事にはさすがのベイルもムッとしてしまう。
「まあ初々しい感じが良いって話です。僕には戦闘職の何たるかなど知りもしないことですけど、いつもベテランの方たちを見てるとこう……どっしり構えていて、間違いもなくって」
「安心できるほうが良いんじゃないのか?」
「それはその通りです。でも今ってほら──」
馬車の荷台から御者台のベイルに話しかけていたネシティはごろんと横になって実に無防備な姿勢を取ってみせる。
「冒険者ギルドの最強格ベイルさんがそばにいるんですから」
「なるほど、安全圏にいるなら未熟なあいつらの振る舞いも初々しいって感想で済むってか」
「その通りです。あの子たちがいつか大ベテランになって若い子を指導してるところに僕が颯爽と現れて今日の話なんかしたりして、ね」
「嫌なヤツじゃねえか」
「そう思われないように、昔なじみだって笑えるような関係をいまから築いておきましょう」
商業ギルドのまだ若手とはいえ、商業ギルド長の遣いで冒険者ギルド長に話を持ってきて、そのうえアイシャの引き抜きの役目も負っていたネシティだ。どんな形であれ気に入ってもらえたのであれば、ハルバとカチュワの将来にきっと役に立つだろう。
(まあ、それまでにちゃんと出世出来るといいがな)
踊るマシュマロと魅惑されっぱなしの槍使いを先頭に進む一行は、魔物と遭遇することなくその日の昼過ぎに牛の生息地へとたどり着いた。
〜あとがき劇場〜
「ものもぉーすっ!」
『いきなりやって来てなんなんだい?』
「私たちがギルドカードだとかシステムだとかって有り難がってるのって、どうせあんたか、あんたらの誰かが作ったものでしょ⁉︎」
『有り難がってくれてるなら文句もないだろう』
「大アリよっ! 何あの筋肉はステータスに変換されるから大きくならない設定は!」
『僕個人としては女性がどんなに強くなっても見た目に可憐なスタイルを維持できるということを期待してのことだし、実際好評を得ているというデータが……』
「どこ調べよ! 少なくとも私としては不満があるのは間違いないわ!」
『──この世界の根幹のひとつに言及してくるとは珍しいと思ったけど、そこまでの熱量は本当に珍しいし、本気なんだね。いいよアイシャ。僕で答えられることなら答えてあげるし、なんなら改良することもやぶさかじゃあない』
「相変わらず真っ黒な顔でどんな表情してるのか分からないけど、どうやら交渉のテーブルに着く余地はあったみたいね」
『そりゃあね。伊達に神さまっぽい立ち位置にいるわけじゃない。──で、君の不満を聞かせてくれないか』
「筋肉がステータスに変えられることの良さは確かにその通りよ。でないとマケリさんもミドリちゃんもムキムキカチカチで抱き心地最悪だろうからね」
『君、実は男が残ってるとかないよね』
「おあいにく様。産まれてこのかた男だったことがないから分からないよ」
『前世がすっかり無くなる際に1番最初に失ったのが男だった事実だからね。じゃあやっぱり君は女の子として女の子のことを──』
「別に女の子同士仲良くってもおかしかないでしょ」
『少しその辺りは議論すべきところがある気がするけど、野暮はこれくらいにしておこう。筋肉については理解を得られているんだとしたら、君がここに来た理由がいよいよ分からないよ』
「どうせ分かってて聞き出そうとしてるって思うと業腹だけど……ほらカチュワちゃんとか、さ」
『あー、最近お腹のお肉が少し乗っかるのが気になってきた乙女か』
「そうそう。脂肪もステータス化してあげてよって話」
『まあ出来なくはないよ? その場合BMIとかになるだろうけど』
「なんか聞いたことあるようなないような響きね。でもま、それでいいわ。カチュワちゃんを助けると思って」
『はいはい。まあテコ入れの方向性としては悪くもないかな。BMIをそのまま極限状態における生命維持や活動限界を示す余力みたいにすれば……』
「なるほど、皐月ちゃんの進化版スケッチブックみたいになってるのね。タブレット? ふーん……なにその絵、人体の神秘?」
『解剖図だよ。そっか、この世界は医療も外科手術するほどに発展はしてないからね』
「外科手術?」
『まあその辺はのちのち、回復術士って存在するの? のくだりで出てくるだろうから』
「ネタバレ乙」
『なら掲載は見送ろう。さて、ここでステータスに変換する脂肪を選択できるわけだけど』
「あれ? なんでここは選択出来なくなってるの? この世界でもっとも不要な脂肪なのに」
『もっとも不要って……君も大好きなところじゃあないか』
「同時に忌むべき存在よ」
『……ところで確認だけど、君の直談判の元は、カチュワちゃんの悩み解決、だよね?』
「そうだよ。友だち想いすぎて涙出て来た?」
『──少し、不信感が拭えないなぁ。仕方ない、あまりこういうことは好きじゃないんだけど』
「なに? なんか不穏なオーラが出てる気がするけど」
『君が馴れ馴れしく無遠慮に接している相手がどんな存在なのか知らしめてあげようってだけさ。超越者特権“口割り”』
「なっ、なにこの拘束具っ……! 磔にした挙句にいつのまにか水着姿にされてる⁉︎」
『ふふ……これは悪い子を問い詰めるための仕掛け。場所も時間も物理法則だって超越して責め立てる技能──っ』
「ろくでもないっ! 乙女をこんな恥ずかしい格好にして一体なにをするつもりなんだこのっ!」
『恥ずかしい、ねえ。そりゃあいい年して水着着ても膨らんでるのか分からないくらいしかないんだからね。それにやるのは僕じゃない。おいで“お仕置きイレブンス”』
「なっ──そんなことが!」
「はいはーい、ママのことならなんでもお任せ。寝てる間のおならの回数から仕事中のあくびの回数までなんでも揃ってますよーっ」
『そんなことを聞くだけならわざわざ君を11人に増やして呼んだりもしないよ。君にはアイシャの口を割って欲しいんだ。これで──』
「これは……ウラちゃんの羽根? なるほど、そういうことね」
「そういうことって、どういうことルミちゃん」
「そりゃあ、薄着で磔にされた女の子に羽根なんて持ってすることなんてひとつっきりでしょ。ね、ルミちゃんズ?」
「その通りよね。私たちっ」
「あ、悪魔がいる……やめて、わき腹はっはっはっはっ──ひいぃっ、そんなとこっ、足裏もやめっ、ひゃっ、なんでやめっ、背中もっ、太もももっ、ああっ、そんなとこまでっ──」
『やめる必要はないよ。止めて欲しければ君の本音を吐くことだ。なあに、おおかた想像通りで誰も驚かないし言ってごらん』
「ひっ、ひゃぁぁぁっ! わかったっ、言うっ、言うからあっ」
「そぉ〜れ、こちょこちょー」
「ひやあぁぁぁっ、わたっ、私は、カチュワちゃんのおっぱ……ぃにぶはぁっ」
『ちょっと一旦止めようか。話が進まない』
「ママのことだからどーせ『脂肪がステータスに置き換われば、おっぱいのサイズもみんなAでお揃いになって悩む必要もなくなるでしょ、わっはっはっ』程度の自白しか出てこないわよ。それよりもこんな機会二度とないかも知れないから、ルミ2号っ、例のオイル任せるわ!」
「そう言うと思って、ほらっ」
「さっすが私ね! そっちは──うわぁお、われながらその手際の良さはびっくりよ」
「思いついたが吉日ってやつね。みんな考えることは同じよ」
「だって同じルミだもんね。じゃあママ……せっかく生まれたままの姿になったことだし……」
「ひぃっ、もうやめっ、助けてええ」
「恨むならそこの影のやつを恨むことね、ママ。さあ、どこから攻めるかなあー? 首筋? 脇? それとも──」
『まあ、あとは好きにしてよ。僕はこれ以上同席すると何かしら問題になりそうだからおいとまするよ』
「ああっ、待って……あんたが始めたことなのにっ」
『──とりあえずシステムのアップデートはまたの機会にしよう。その必要もないくらいにせいぜいサイズアップに励んでくれよ』
「ああっ、本当に消えたぁっ」
「さあ、ママ。そんなにバストアップしたければこのルミちゃんズがお世話してあげるわよ」
「そうそう、この魔法の液体がよく効くのよぉ」
「やめ……指をわきわきさせないでぇっ」




