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食欲にぺろり

 アイシャたちがお腹をすかせて訪れたハンバーガーの店は街の中心の広場に面したところにあり、聖堂教育が夏休みということもあって色々な出店と催し物が行われていた。


「うん、このソースの味がたまらないなっ」

「……?」

「どうしたカチュワ」

「んー、なんだか前に食べた時と違うような気がするのです」

「2度目だから最初ほどの感動はないだけじゃないか? 私はとても美味しいと思うぞ」

「……なのですっ」


 広場を見渡すベンチでは昼どきということもあり、アイシャたちと同じようにハンバーガーを頬張る人も少なくない。香ばしく焼けた肉とこだわりのバンズに手抜かりはないが、カチュワの記憶にあるハンバーガーはもっと上だったようである。


「ほらルミちゃんそんなにがっつくから、ほっぺたにソースとマヨネーズがついてるよ」

「んー、ママとって」

「はいはい」

「手を使わずにとって」

「へあっ⁉︎」


 人間族が食べるハンバーガーはやはりルミサイズには大きすぎて、当然ルミ自身は手に持って食べるなんて出来ずにアイシャとシェアしている。


 ハンバーガーはアイシャが左手に持っているのだから右手で拭けばよいだけ。それなのにルミは「んっ」と言ってアイシャに頬を向けて待っている。


 手を封じられてアイシャに残った手段はひとつだけであり、少し照れながらも可愛い眷属であるところのルミのお願いを聞くのにイヤということもない。


「……まったく、あそこは本当に仲がいいな」

「フレッチャちゃんもソースがついてるのですよ」

「ああ、それは──」

「ご馳走様なのです」


 カチュワはもっと食べたい。ハンバーガーはビッグサイズがいいし、ポテトも山盛りで欲しい。けれどフレッチャたちの手前、見栄を張り同じサイズと量にしたカチュワは、食べ終える手前で包みに残るソースまでもをバンズで拭い取って真の完食を果たしていた。


 そこに拭き取られ捨てられる運命にしかないソースがあったなら、カチュワの行動は卑しい食欲によるもので、そこに躊躇いはなかった。


 フレッチャの唇の端に吸い付くようなカチュワの唇。舐め取る舌の動きにフレッチャの心拍数があがり、顔を赤く染める。その結果として──。


「何してるんだ行儀の悪い」

「あ、モヒカン」


 別行動で存在を忘れ去られていたような上司が突然現れてはため息混じりに呆れられ、咎められた。


「仲良しも結構だが、外では控えておけよ?」

「なんのことなのです?」

「ななな、なんのことだろうなーっ。それよりもベイルさんは何でここに?」

「俺たちも昼飯がてら観光ってところだな」


 フレッチャたちに声をかけてきたベイルは、モブリーズとハルバを連れており、ニヤつくモブリーズとフレッチャ同様顔を赤くするハルバを見る限り全部目撃されていたらしい。


「ちなみにモヒカンたち世紀末軍は何を見て回るの?」

「俺はそんな名前の組織を立ち上げた記憶はない。いや、ここの冒険者ギルドに顔出してきたんだが、どうも手が足りずほったらかしの案件があるようでな。実際のところどうなってるのかだけでも見ておこうってよ」

「ほったらかし? 実際?」

「ああ、ちょうどほら、お前たちの──」


 ベイルが指差す先はフレッチャの頬のあたりからカチュワの唇へと。


「くっ、口付けは関係ないですよ⁉︎」

「……俺はそこまで言ってねえのに。お前たちが食べたハンバーガーのほうだ」

「ハンバーガー?」

「なのです?」


 火が出そうなほどに顔を赤くしたフレッチャは手で顔を覆ってうつむいて黙ってしまう。いたたまれなくなったハルバがベイルたちの目的でもあるハンバーガーを人数分買いに席を外すほどに。


「なんでも原材料のビーフパティの肉だが、いつもの牛の生息地に魔物が発生したらしくてな」

「牧場とかじゃないんだね」

「広大な敷地を柵で囲ってはいるが、魔物の発生は避けられない。街と同じように万全を期すにはコストがかかりすぎるから、生息地を限定するだけにしていっそ自由にさせて必要なだけ捕まえてくるそうだ」

「それじゃあ、いつ魔物化してもおかしくないじゃないの」


 食肉用に牧場を作り家畜を繁殖させる手法はシャハルでも行われている。牛と豚に羊、それと鶏が主なそれだが、牧場の規模自体も大きくないし、街を囲う塀の内側にあるため、管理のコストはそれほどに高くはならない。


 ここカルゴーシュは工芸の街であり、食肉の多くを他からの輸入に頼ってきたが、名物ハンバーガーを目指した店主により独自のブランド牛を育てる名目で街の外の元々の牛の生息地を囲って管理していた。


 そのため、放っておけば勝手に繁殖もするし育つわけだが、野生同然の牛たちが魔物化しないように監視し怪しいものから未然に間引いて食肉にしつづけるにも高いコストがかかる。そんな間引く作業は冒険者ギルドにハンバーガー屋個人で依頼をするのだから、支出を惜しんで頻度を減らしたり、タイミングを間違えばルミの懸念するように魔物化は必然となる。


「聞けば店からの依頼は変わらない周期で十分な回数を行ってきたようだが、たまたま何らかの原因で間に合わなかった一頭がいたそうだ。そしてその一頭の始末が諸事情で後回しにされて今は名物のハンバーガーの肉がいつものとは違うものになっているらしい」

「なるほど……カチュワの感じた違和感はそれだったのですねっ」


 ハルバが買ってきたハンバーガーの包みによだれを垂らしながらカチュワが「謎は全て解けたのです」と言って決めポーズを取っている。


(つまりママが聞かされた魔物の異常個体の発生の話にも繋がるってこと?)

(かもしんないね。まあ、今度からはちゃんと牧場を作って徹底管理することだよね)


 ベイルもアイシャに目配せしてきているあたり、同じことを考えているのだろう。


「魔物が発生すること自体はどこでもある普通のことだし、被害が出たという話もない。強いて言うならばハンバーガー屋が肉の仕入れが出来なくなって困っているだけだ」

「じゃあ誰かがやらないといけねえってこったなモブイチ」

「これが噂のハンバーガーじゃないってんなら、俺も本物を食うためにやってやるのもやぶさかじゃねえなモブニ」


 それでも美味しいのは美味しいのだろう。モブリーズはハルバから受け取ったハンバーガーを平らげて意気込んでいる。


「カチュワたちでやってやるのですよっ」

「……マヨネーズがついてるぞ」


 ちゃっかりと自分もハルバからハンバーガーを貰って頬張るカチュワの宣言で、ベイルたちの行程に牛の魔物退治が追加された。



〜あとがき劇場〜


「最近なんだかカチュワの扱いがひどい気がするのです」

「そう、なのか?」

「ハルバくんたち男子だってそうじゃないのですか? カチュワは男子とも一緒に遊んでも良かったのに、見えないバリアでも張られているような感じで距離が出来てるのです」

「まあそれは……致し方ない理由でもあるんじゃないか?」

「致し方ない、なのです? それは一体誰の──」

「きっと作者や読者の好みなんだろうな」

「何の話なのです?」

「んー……メタい話って展開するのも難しいもんだな。まあ俺たちは別に仲が悪いわけでもないし、今後は関わり合いになることもあるんじゃないか? それこそ順番的にはダンたちもそろそろじゃないのかな」

「なのですっ! 楽しみなのですぅ」

「うわっ……あの陰にスカンクがいたのか。フレッチャの弓は的確だけどいきなり背後から飛んでくると心臓に悪いな」

「フレッチャちゃんに誤射はないのです。カチュワがこうして敵をひきつけたり追い払っているところを確実に仕留めてくれるのですよ」

「しかし岩陰にいたのによく弓矢で仕留められたな」

「フレッチャちゃんのお師匠さんはエルフなのですっ。真っ直ぐに当てられない的だって曲げて当てるプロなのですよ」

「そうらしいな。俺も師匠とか出来たらいいのになー」

「剣神様がいるのです」

「あの人は聖堂教育で忙しいだろ? それに槍は扱えないかも知れないし」

「槍の師匠なのですか。どこかで会えるといいのです」

「それはカチュワだってそうじゃないのか? 盾使いは数も少ないんだから……しかしカチュワの盾の扱いも独特だよな。いまの職業はそんなに動かないとだめなのか?」

「これはカチュワ流エクササイズなのですよ。こうして普段より大袈裟に動き続けることで、咄嗟の瞬発力を養い、筋力も高めてぜい肉も燃焼するのです」

「まあそれにしても揺れる揺れる……」

「ああっ、ハルバくんもカチュワが太ってるって言うのですっ⁉︎」

「いや別にそうとは……それに太ってるって言うほどじゃないだろうし……ああもうっ、より激しく動いて燃やそうとするな!」

「カチュワは絶対に痩せてフレッチャちゃんみたいなスレンダーボディを手に入れ──ひゃんっ⁉︎」

「危ないっ……ふぎっ」

「いたた……ハルバくんありがとうなのです。けど下敷きにしてしまってごめんなさいなのですよ」

「いや、怪我が無かったなら良かったよ。じゃあとりあえず立てそうか?」

「はいなのです。よっこらせ──ひゃん⁉︎」

「ああっ、なんでこける時に盾を頭上に放り投げて今当たるんだ⁉︎」

「いててなのです。ハルバくんには当たらなかったのです?」

「まあカチュワにのしかかられてるし、なんとか無傷だよ」

「良かったのですぅ」

「そ、それよりそろそろどいてくれないか?」

「あわわ、やっぱり重かったのですよね? ごめんなさいなのです」

「いや、そうじゃなくって、柔らかくって気持ちいいっていうか」

「ま、また言ったのですっ! カチュワのぜい肉がぁ……」

「いやこのお肉はそうじゃないお肉で、それがふたつも柔らかくて離れられない吸引力で無限のスパイラルに──」

「ハルバくんの言葉が全く理解できないのです。数少ない常識人枠なのに今後の展開に支障が出ちゃうのですっ! どこか怪我してないのですっ⁉︎」

「うわっ、だから俺は大丈夫だって──」

「ああっ、腰にたんこぶが出来てるのですっ!」

「そんなところにたんこぶは出来ない! それは違うんだっ! たんこぶはそんなに細長くないだろっ!」

「はわわ、なんなのですこれ……。こんなに硬く腫れて……」

「もっ、もういいから手を離して体も離してくれっ」

「ああっそんな急に立ち上がると危ないのですよ」

「──あのままの方が大惨事なんだよ……」

「なのです?」

「カチュワの扱いは……このままでいいと思うよ」

「え? ここでその結論が出てくるのです⁉︎」



「ってことがあったのですよ、ルミちゃん」

「ハルバくんにとってラッキーだったのかアンラッキーだったのかってところね」

「カチュワが乗っかって重かったのは申し訳ないのですけど、怪我がなくって良かったって話なのです?」

「……まあ、そういうことにしとこうか」

「なのですっ」

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