ぬいぐるみ好きのフェルパ
この日はあいにくの雨で屋外にある“お昼寝館”のアイシャは毎日のルーティンのひとつである自主トレも出来ずに暇を持て余している。
(別に出来ないわけじゃないけど暗い日の屋根の下は気が乗らないんだよねぇ)
そんなわけで東屋のテーブルにぐでっと寝そべっているわけだが、そこに傘をさしてやってくる人影があった。
「こんにちはっ! ここがお昼寝館ですか?」
アイシャの入学より同級生では知らない者はおらず、上も下もそれなりに(悪い意味で)知られているここを知らないのはまだ日の浅い新入生たちに違いない。
すでに暦は7月に入ってはいるが新しい子たちの中には知らない子もいるだろう。アルスたちのようにやんちゃされても困るが、もともと子どもたちの憩いの場でもあるこの場所を訪ねてくるのを拒否することも出来ないのだから、相手が誰であれ受け入れるよりほかない。
そう思いアイシャが顔をあげると、予想外にそこにいたのは上級生の女の子だった。
「そうですよ? あれ? 先輩……なんですか?」
「ふふ。そうですよー。まあ用事があるのはこっちの子なんだけどねえ」
傘をさす彼女の後ろにはアイシャよりも少し小さい女の子がいて、三つ編みの髪を揺らしておどおどしながらも頭を下げた。
「あれ? そっちの子は同級生?」
聖堂教育に通う子どもたちが胸に付けているバッジは学年で色が違う。
入学から白、紫、水色、緑、黄、橙、紺、赤で、先輩は赤でアイシャとその子は同じ橙色である。
「はじめまして、フェルパって言い……ます」
雨音にかき消されそうな小さな声で挨拶したフェルパはアイシャが寝そべっていたところにあるうさぎのぬいぐるみに目を奪われたらしく、じっと見つめだした。
「フェルパちゃんは“生産館”のクラフト系で主に手芸なんかをしてるんだけど、噂のアイシャちゃんに会ってみたいって言うから連れてきたの……だけど……」
フェルパの先輩がアイシャに説明している間もフェルパ自身はうさぎから目を離さない。枕元に置いておき、寝るときには抱き枕にして今も机でだらしなくノビるのに体の下敷きにされていた可哀想なクッション扱いのぬいぐるみ。
「これが気になるの?」
「はわっ! そうなんですっ。アイシャちゃんはかわいいぬいぐるみを持ってるって聞いたんですっ。それで居ても立っても居られなくって」
「私に頼み込んでここにきたのよね」
先輩の補足にコクコクっと頷くフェルパ。先輩と比較して小柄に見えるフェルパが可愛く見えるがサイズとしてはアイシャと変わりない。実際の年齢以上に幼い印象を与えるそぶりがそう思わせるのだろう。
「まあ、とりあえずは座ってください」
ぬいぐるみ見たさにやってきたという同級生もその先輩も、ひと目見てさよならという事でもないだろう。アイシャは退屈な時間をお喋りして過ごすつもりでふたりを誘った。
「本当にアイテムボックス持ちなのね、羨ましい限りだわ」
アイシャがストレージから取り出したティーセットにフェルパの先輩は素直な感想を口にした。
最上級生ともなると少しお姉さん感が出てくる。落ち着きや話し方ではないふくらみの方にアイシャはそっちの方が羨ましいと目だけで返事する。
先輩とアイシャが挨拶程度に言葉を交わしているあいだも、フェルパはうさぎを手に揉んだりひっくり返したりしてその造りを確かめている。お昼寝士の技能で作られたぬいぐるみの造形がどうなっているかなどアイシャは気にしたこともないが、その道の適性を持つ子にとっては興味深いものらしい。
「フェルパちゃんはぬいぐるみが好きなの?」
「そ、そうでしゅっ。それでアイシャちゃんにはぜひ“生産館”に見学に……そして生産職ギルドにいっしょに……はわわわゎ……」
本人としてはかなり思い切った誘いのようで、最後の方は隣で座っている先輩でさえ聞き取れていないほどに小さくなっていった声ではあったが、誘われて嫌な気もしないアイシャは笑顔で快諾した。