自分のことなのに他人のほうがよく知っている
アイシャの次の仕事が決まった。ルミだけは覚えていたおつかいの話もあり、アイシャとしては仕方なくではあるが、それでも働かないといけないのであればと詳細について詰めていくようである。つまりは、働きたくないアイシャに何を求められているのか、だ。
「竜の卵を持って帰るのに私のアイテムボックスが必要ってことみたいだけど、それって私じゃなくてもいいんじゃないの?」
「あー……確かに。嬢ちゃんのアイテムボックスを当てにするまでもなく、商業ギルド員なんかは結構な割合で取ってるはずの技能だよな」
いつかアイシャがサヤにストレージをお披露目した時に聞いたように、アイテムボックス自体はさほどに珍しくもない。技能としてスキルツリーから取得できるからだ。
「うちでもアイテムボックス持ちはいますし、僕もそのひとりなんですが……」
改めてネシティと名乗った商業ギルドの使いで来た男は肩から提げた鞄の中からひとつの箱を取り出す。ティッシュ箱程度のそれは木製で、鞄にいれて持ち歩くには少し大きいとも言える。
ネシティは取り出した箱の蓋を開けて中に手を入れると、箱のどの辺よりも長いそろばんを取り出してみせる。
「ご覧のとおり算術士の僕も運搬士のツリーからアイテムボックスの技能は取得しています」
「その箱が……?」
「ふぅ……嬢ちゃんみたいに何にも無しでってのは俺もそうだが誰だって最初は驚くさ。普通はこのネシティのように“何かしらの箱”を用意しないと使えねえもんなんだ」
「まあ、箱ならなんでもいいんですけどね。僕は仕事道具をひと通り出し入れ出来ればそれでいいので」
言いながらネシティは別の小さな箱を取り出し、手にしていたそろばんをそちらに収納して「箱は技能を発動させるためのものでしかありません」と。続けてテーブルにあったお茶をカップごと消してみせる。
「僕のアイテムボックスにはこのほかにお弁当やお菓子、着替えなんかを常時入れています。もちろん大きな箱を用意すれば竜の卵も割ることなく運搬できるんですよ」
箱はアイテムボックスの入り口の大きさに直結するという。実際の運用の際には馬車で木枠を運び現地で組み上げて使うらしく、大抵のものはそれで問題ないらしい。
「じゃあなんで私を?」
「それはですね、こちらを見てもらえれば分かります」
ネシティは先ほど蓋をした箱から再びカップを取り出してアイシャの前に差し出す。
「僕のアイテムボックスはこのとおりで……」
「このとおりって?」
「……」
「まあ、これじゃあわからんよな。やるなら最初にやってくれてねえとよ」
「〜〜っ!」
アイシャの前に差し出されたネシティのカップからは少しの湯気が立ち昇り、触れば生ぬるい温度もアイシャが飲んでいるものと変わらない。このネシティもしっかり者に見えて抜けているところがあるようだ。
「まあ、俺が解説するが」
突っ込まれて顔を赤くしたネシティが黙りこくってしまったために、ベイルが代わりに説明する。
「ネシティたちの扱うアイテムボックスは荷物を運ぶのに重宝するんだが、どうしても状態の変化は止められない。捌いた肉を新鮮なままに、採れたての果物を傷まないように運ぶにはどのみち時間というどうしようもない壁が立ちはだかるんだ。それはこのお茶のように、いずれ冷めてしまう」
アイシャの飲みかけのお茶も程よく冷めており、ネシティが出し入れしたカップの中身も同様である。
「けど嬢ちゃんのアイテムボックスは保管という点でネシティたちのそれとは一線を画す代物だ」
「つまり、お茶が冷めないってこと?」
「もしくは冷めにくい、なのかもな」
言われてみればアイシャのストレージには魔物肉も腐らずに保管されていたり、お出かけ用の水筒には冷たいお茶が入っていて、飲むその時までずっと冷たいままだ。ベイルやバラダーもそれについては以前から気になっていたことだが、ひとつの可能性に思い至りアイシャのアイテムボックスについては別物として考えている。
「嬢ちゃんのアイテムボックスは、聞けば生誕の儀よりも前から使えたそうじゃないか」
たしかにアイシャは小さな子どもの頃にはすでに偶然の中で見つけて使っていた技能である。少なくともギルドカードのスキルツリーから入手してはいない。
「スキルツリー以外から手にした技能を俺たちは“固有技能”と呼んでいる。ギルドカードの外のモノだから、同じに見えても性能に違いがあることが多いのも固有技能の特徴だ」
「なるほど……」
アイシャも冒険者ギルドの職員のなかにアイテムボックスを使うひとがいることは知ってるし見ている。ただそこに違いがあるとは思っていなかった。
(あくまで“箱”でしかないか、保管に強い“倉庫”かってことなのかな。今度機会があれば調べてみ……やっぱりめんどいからいいや)
スキルツリーから取れる技能と自身のなぞ固有技能の違いに、ほんの少し興味を持ちかけたアイシャは、持ち前の怠惰が興味を塗りつぶしてどうでもよくなる。知ったところで使い道は変わらないのだから、と。
「アイシャさんの活躍は商業ギルド長の目にも留まり、ならば冒険者ギルドに置いておくよりも商業ギルドの方がふさわしいのではないか、と。それでお誘いしたのですが……まあ勧誘が叶わなければ今回の竜の卵を運ぶ役だけでもということでして」
「嬢ちゃんもそれくらいならいいんじゃねえか?」
ベイルとしてはアイシャが望む非戦闘職の部署に移れるのであればそれがよかったが、アイシャ自身が先ほど言葉にしたようにそれはお流れになってしまった。
そのことにここまで手を回して、アイシャの戦闘職ではない活躍を記録に残して他者の目に留まらせてとお膳立てしたベイルとしては残念でもあり嬉しくもある。
(嬢ちゃんには嬢ちゃんの考えがあるんだろう。今度の働きでさらにアピールしておけば、気が変わった時にいつでも移れる状態にはなることだろうな)
これまでの恩に報いたいベイルの想いが伝わってなどはいないだろう。それでもアイシャが納得する道であればベイルに文句はない。ベイルは出来ることをするだけであり、この仕事も上手くいくように手配するのみだ。
「チプカリー大渓谷。ここが今度行くところだね」
「うわぁ、すっごく遠い。私なんて街の周りしか行けてないのに」
話し合いが終わって帰宅すればアイシャが最初に報告しておかなければならない相手がいる。もちろん現状の仮設住宅暮らしで同居している幼馴染のサヤである。
「そういえばこれまでで1番遠いのかな。何気に王都を通り過ぎるもんね」
「私もついて行きたいなあ。確か戸棚に下剤がまだいくつか……」
「あーっ、ごめんっ。最近便秘気味だったから使っちゃったよ。今度買ってきとくね」
「そなんだ……じゃあルミちゃんに貰おうかな? なんかこう……お尻から内臓が出てきそうなくらい強いやつとか」
「お土産っ……お土産買ってくるからサヤちゃんは待ってて。私が無事に帰って来れるのを祈って待っててくれると嬉しいな。サヤちゃんが待っててくれたなら、私もどんな苦難が待ってても帰って来れる気がするから……っ!」
「アイシャちゃん……分かった、私待ってるねっ」
「うん。それにまだ準備もあるし出発まではのんびり過ごすよ」
手を取り合い見つめ合うふたり。アイシャがそうしてサヤを拘束しているあいだにルミはせっせと家の中から怪しげな薬を探し出してストレージへと隠していった。
「で、そのチプカリー大渓谷に行くのはアイシャちゃんの他にどんな人が参加するの?」
「どんな……」
サヤの質問にはアイシャをして時折緊張が走るものがある。なのでとりあえずは口にすることなく思い返してから答えようとするアイシャ。
(またベイルさんも来てくれるし、モブリーズも来るって話。商業ギルドからネシティさんと他には……)
アイシャが広げた手の指を折っていくたびにサヤの口がわずかに動く。言葉にしていないものの、その動きが“ベイル”“モブ”“モブ”“商業ギルド”“男?”“男?”と変化していく気がしてアイシャから血の気がひく。
「あっ、そうだった。今回のにはフレッチャちゃんとカチュワちゃんも一緒なんだよ」
「そこに“私”は……?」
ゴゴゴゴゴ……と聞こえてきそうなサヤの圧ではあったが、アイシャが「私はいつだってサヤちゃんの元に帰ってくるから」とサヤの胸にしなだれかかることで不穏な空気は一転して甘ったるいふたりだけの世界に変わる。
(なんで途中まで名指しで当ててたのに途中から殺意が混じってたの……)
それはアイシャ愛ゆえに。出発の時までに幼馴染を犯罪者にしてしまわぬようにと話を逸らしたアイシャの機転は、きっと何人かの身の安全を守ったはずである。
〜あとがき劇場〜
「あっ、ミドリさん!」
「サヤちゃ……え、あれ? うん? 私たち知り合いだっけ?」
「何言ってるんですか。卒業式の打ち上げで会ったじょないですかー」
「そうだったっけ? あの時はたしか皐月ちゃんが現れて何もかも持ってかれた気しかしなかったけど」
「んー、じゃあドロフォノスさんって呼んだほうがいいですか?」
「なっ、なんでそれを……っ」
「ふふふ、ミドリさんは上手く隠しているつもりですけど、私の目は誤魔化せないですから」
「やはり同性にはバレてしまうもの、ですか」
「ううん。きっと気づいてるのって私くらいじゃないですか? もし本編でバレそうな時があっても知らないフリくらいしますよ?」
「じゃあ今からそうしておいて。せっかく隠し通してきたのに、こんなオマケスペースでバレると困るもの」
「了解でありますっ! まあミドリさんでもドロフォノスさんでもどっちでもいいですから」
「私を呼び止めた理由ね。何の用事だったのかな……ってなんでそんなにジロジロ見てるのかな? あまり私の周りをぐるぐる回りながらあちこち見られるとさすがに恥ずかしいかな」
「これが、アイシャちゃんをたぶらかしてる武器なのね」
「たぶらか……え、ちょっ、おしりを鷲掴みにしないで⁉︎」
「むむむっ、柔らかヒップは曲線美の極地ね! アイシャちゃんならついつい誘惑されるのも分かるわ」
「ちょ、今度は脚に──なんなのっ⁉︎」
「長い……同じ人類なのかってくらい長い」
「いや、そんなことはないよ? まあ女性にしては長身だからそう見えるんでしょうけど……だから胸をもまなっ……うぅんっ!」
「そしてアイシャちゃんが憧れるふた山。なんてこと、水袋よりも柔らかくって、しかもハリがあるなんて。それに、なんていうかちょうどいいんだよねっ!」
「ちょうどいいってなにそれ⁉︎」
「ちょうどいいは“ちょうどいい”んですよっ。手のひらからあふれつつ、しっかりとそこに自立してるかのようなお胸さま……っ!」
「崇めないで! 普段なんか布でぐるぐる巻きにしてるんだから、たまのオフくらいは解放させたいのっ」
「たまのオフにアイシャちゃんを……っ」
「そこは全く繋がらないからね⁉︎」
「知ってるんですよっ、あの森であんなことやこんなことして……」
「ひゃああ……なんで、あの時はアイシャちゃんとルミちゃんしか」
「海底洞窟でもふたりともすっ裸になって……」
「ふわわっ、私だって忘れかけてたことをなんでそこにいないサヤちゃんが知ってるの⁉︎」
「そりゃあ私、アイシャちゃんの騎士ですから?」
「そんな当たり前みたいな顔して言わないで。そもそもさっき私に話しかけてきたときも私の背後を音もなくとってたでしょ」
「その状態でパン屋さんから八百屋さん、魚屋さんまで買い物してるのを尾けてました」
「プロの私を越えてるのっ⁉︎」
「ふっ、ミドリさんはこの世界のプロでしょうけど、まだラプシスさんも越えられてないくらいのひと。私はあまねく世界のプロですから」
「もはや設定がとんでもないことになってるじゃないの」
「とーにーかーくっ、ミドリさんはすでにイエローカード2枚ってことを伝えようと思って」
「2枚って……あともう1枚もらったらどうなるの?」
「……そのおっぱいを没収します」
「こわっ! サヤちゃんはこのところ本編ベースでサイコ感出てきてるのに、本気にしちゃうよ⁉︎」
「サイコとか失礼ですよ、ぷんぷんっ!」
「ああ、怒りかたがコミカルなはずなのに、なぜか怖いのはなぜ」
「これにこりたら、アイシャちゃんをたぶらかすのはほどほどにしてくださいっ!」
「ほどほどって……じゃあ少しくらいは?」
「やっぱりそういうつもりだったんですね⁉︎ まあ、いいです。そうですね……私とアイシャちゃん、それにミドリさんの3人だったら……いいですよ?」
「もっととんでもなくなってる! あと言いながら揉み続けるのやめて?」
「あー、つい?」
「それに下着を返して……って、いつのまに⁉︎ しかも下まで⁉︎」
「私に盗めないものなんてありませんから。次はこの羨まサイズの下着だけではすみませんからね!」
「ああっ、返さずに消えた⁉︎ サヤちゃんは一体何者になるの⁉︎」




