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お昼寝ギルドへの依頼

 バラダーの許しが出たことでベイルの執務室の片付けも放り出して部屋を飛び出したアイシャは、手紙に書かれていた本当の内容など知ることもなく、ギルドの建物からも抜け出してあろうことか、家に帰り着いていた。


「それってなに?」

「んー、鳥?」


 執務室でのやり取りに参加していなかったルミもアイシャがギルドを抜け出したのを目にして追いかけてきて、今はアイシャの部屋にタロウくんと3人でベッドに転がっている。


 淡い水色のワンピースを着たルミはタロウくんを抱き枕のようにして転がり、アイシャが手に持っていた紙を何回も折って作ったものが何なのか分からず質問してみた。


「じゃあこれは飛んでいくってこと?」

「はは、折り紙にそんな効果はないよ」

「折り紙……魔術士たちが風に乗せて飛ばせるように三角の羽の形に折るアレね」

「そ。何となく折ってたら出来上がったわ」

「何となくでそんなことになる?」


 アイシャがバラダーから譲り受けた紙で折ったのは鶴である。とはいえ、その作り方が頭のどこから出て来たのかアイシャも分からず、さらには細かいところで作り間違っているあたり、ゴミのようなものですらある。


「ルミちゃんにはこの紙から何か感じ取れるものがあるのかな」

「んー、また魔力? たしかにちょっと感じるけど、なんていうか複雑で……むしろ技能の痕跡?」

「当たり。やっぱルミちゃんはすごいね」

「でしょ?」


 仰向けに寝転ぶアイシャが上に投げてみても鶴は羽ばたくはずもなく、まっさかさまにアイシャの鼻先に落ちて転がる。


「結界神のおばあちゃんが使った技能の痕跡らしいよ。それがとんでもない技能でね」

「ふーん。どうにかして手に入れたい?」

「そこまでは期待してないけど、なにかヒントでもあればって」

「ヒント、ねえ」


 当然ルミとしては“何の”と聞くまでもない。守るだけに関してなら、このアホの子は結界を習得している。聖堂裏の避難所を覆うものや、その入り口を塞ぐもの。はたまた条件付き発動で人間ひとりを包むものに、合わせれば街を覆うドーム状のものまで。


 そのアイシャが武器を求めているのはアデルから預かりものを引き取るためである。アデルはその圧倒的な実力で他者を絡め取り、脅しをかけてくる人物。アイシャに預かりものがあると呼び出してきたが、いざ出会えたとしても素直に渡してくれるとは限らない。


「──へえ、結界が武器になるんだ」

「思えばめっちゃ硬いんだから、運用方法によってはそういうことも出来ておかしくないんだよね」

「で、使用済み使い切りの魔導具から技能を得ることを期待してるんだ」

「まー、ね」


 そう、アイシャはすでに結界士の職業ツリーを解放している。


 それは先のドタバタの中で結界神ミュールより頼まれたおつかいでシャハルの避難所に結界を張り直したことをきっかけにツリーが現れ、これ幸いといくつかを取得してある。


 ただしスキルポイントがあればあるだけ多くの技能を即座に取得出来るかといえば答えはノーである。数値にも現れない、日頃の鍛錬に実践という熟練があってこそ初級から中級、上級と進むことができ、アイシャのメインであるところのお昼寝士ももちろんそのようにして(お昼寝の)練度を高めて登ってきた。寝れば寝るほどに経験値が高まるとてもイージーなものではあるが。


 それと比べると他の職業ツリーの熟練度を上げるのは難しく、何気にレアなうえ上級職である結界士ともなるとその練度を高めるのは非常に手間がかかる。寝ているだけでは何も新しくは得られない。


 アイシャも他の職業ツリーから取得した技能は初級で取れる範囲でしかなかったり、エルフ由来であったりと効果の高いものもあるが、まともに熟練しているのは中級にまで届いている武具職人のツリーくらいのものである。


 結界についてもアイシャは避難所の張り直しに街の住人に配った花の数だけと多く使用した実績はあるが、それでも初級を脱するほどには至っていない。


 ただ魔弓や、マイム向けのアミュレットを作ったときの技能が、それぞれに職業ツリー解放のきっかけとなる出来事を介して手にしたものだが、いずれも初級の初めてのものではなく、ツリーの半ばから手にしていたことを踏まえると、結界神の何かしらの奥義でもあろう魔導具の手紙を手にすることで、あるいは何かしらの形を作ることで新たな“きっかけ”となるのでは、とアイシャは考えた。


 そしてそれは──。


「ママ、この鳥……カッチコチなんですけどもぉっ⁉︎」


 アイシャの鼻先で跳ねてベッドに落ちた折り鶴は、ルミの手では到底開くことが出来ない硬さを誇っていた。


「んっ……硬いっていうか、なんていうか元々こういう形でしかないもの、みたいな……」


 紙を折っただけのもの。当然折り目を順に開いていけば1枚の紙になるのだが、その開く行為がルミでは出来ない。まるでその形で固められたかのようにびくともしない。それどころか、持ち上げることもその場から動かすことも出来ない。


「これが“万古不易の法典”」

「指定した対象の座標を固定して状態を維持する技能? これまた理解も扱いも難しそうなものを……」


 アイシャがルミに見せたギルドカードに記された技能は結界士のツリーでもかなり上のところにあり、見た限りアイシャが取得出来る1番上等な技能のようである。


「髭が言った“時断ち”ってのは無かった。きっと結界士だけのものじゃないんだと思う。でも折り鶴作って増えた技能はこれだから、何かしら近づけたのかなって……」


 浪費したスキルポイントもかなりのもので、アイシャの貯蓄をしてお高い買い物だと思わせるほどである。


「その“時断ち”っていうのの凄さはママのヘッタクソな説明でも何となくわかったけど、それが何かとの複合技能なんだとしたらお昼寝士とも──」

「そう、だね……」

「ママっ⁉︎」

「……すぴー」

「ね、寝てる……っ。本当にママは……」


 スキルポイントを支払い、お試しに折り鶴に結界を張ってみせたアイシャは、それだけで魔力を使い切り強制的に休眠に入るほどに疲弊したということだろう。


 結界神だけが作れる手紙の魔導具のコストが異様に高いのも同様の理由であろうか。固まった折り鶴は術者が意識を手放しても不変をつらぬき、寝返りをうったアイシャが飛び跳ねるほどに堅固である。


「それでも起きないんだから、使おうとしたら私が止めなきゃ」


 そう心に決めたルミは優しさの反面、千載一遇のチャンスとばかりに先日の“精霊のオナラ”発言の仕返しとばかりにアイシャの顔に落書きをして、目覚めたアイシャに折檻されてしまった。





「竜のたまご?」

「ああ、とても滋養が高く好事家の間で珍重されるものでな。なんならスキルポイントに変えてもかなりの収入になる」


 それは珍しくベイルからではなく商業ギルドからの依頼であった。アイシャが座る隣でベイルが説明するなか、向かいには見知らぬ青年が実に行儀良く座っている。背筋を伸ばし、膝の上に手を軽く握って置く姿勢は、聖堂教育の卒業式の発案者がアイシャであることを知っているというアピールではあるが、アイシャにはちっとも伝わっていそうにない。


「商業ギルドのギルド長ヘンドラーさんからの指名でな、頼まれて欲しい」


 お昼寝ギルドの部屋は狭すぎる上にベッドしかないからとベイルの執務室で行われる依頼の話にはベイルももちろん同席している。元々のテーブルセットはにおい騒動の混乱で破壊されていたため、いまは粗末な椅子とテーブルしかないが、出されたお茶は淹れたての熱々だ。


 ベイルがここにいるのは部屋の主だからというだけではなく、この話がアイシャの上司であるベイルに持ちかけられ、その上で本人の意向を尊重したいとの判断で設けられた場ではあるが、それ以上にアイシャの行動が予測不能というか、ここのところの精神的な不安定さに、商業ギルドからの遣いの青年に何をするのか分からないためだ。


「商業ギルドって私の加入を拒否した部署だよね……?」

「嬢ちゃん、過去の因縁は今は──」

「アイシャさんの、お昼寝ギルドギルド長であるアイシャさんの元々の希望が我々商業ギルドへの配属だったということは聞いてます。なので、この依頼を受けていただけた暁には、アイシャさんを商業ギルドにお迎えする用意もあるとのことです」


 商業ギルド長が決定し、青年が口にしたそれは、アイシャにとってまたとない機会になるのではないか。ベイルには少なからずそんな想いもあり、それならば無理を通してアイシャを冒険者ギルドの中で特別な部署を設立してまで囲う必要もない。本人の望まない戦いの場に連れ出すこともない。


 きっと冒険者ギルドよりも、希望に沿った待遇となることだろう。


 だが──。



〜あとがき劇場〜


「たとえば……こうっ!」

「なにしてんのママ」

「んっ、この折り鶴で攻撃出来ないかなって」

「はぁ……その結界って、座標を固定するんでしょ? じゃあ手に持って結界を張ったところで動かせないじゃないの」

「あーっ、そうだ。カッチカチを活かせるって思ったのに!」

「普通の結界は?」

「あれは脆いでしょ」

「やってみないと分かんないよ」

「じゃあ、えいっ」

「いたっ! なんで私に向けて投げるのよっ」

「いやー、ルミちゃんが欲しがるから」

「欲しがってないっ」

「でもほら、痛がっただけで、折り鶴の結界はばっきばきよ」

「私で試してまったく……」

「ルミちゃんは他にアイデア出てこない?」

「結界縛りならもうさっきのやつしか……あっそうだ」

「おお、何か思いついたんだね?」

「うん。あのねママが……」



「おおっ、きたきたぁ! ママはそのままじっとしててね!」

「私の得意分野だから任せてよね」

「魔物たちが森で無防備に寝てるママ目掛けてやってきて……」

「けど甘いわ、そこにはルミちゃん発案の結界が張り巡らされているもの。何人たりともここで眠る私には──」

「かかった! 魔物たちが張り巡らせた結界付きの糸に突撃して、して……うわわわわわわわ」

「……ルミちゃん、なにこの地獄絵図」

「思った通りでしょ」

「思った通りなんだけど、いざ私の周りに細切れになった魔物の死骸が散乱すると素直に喜べないっていうか」

「ママ……」

「うん、ルミちゃん」

「これ、2度としないでね?」

「発案者なのに」

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