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かっちかちの手紙

 腐った魚や肉や卵だったり、蒸れた靴下やドブに肥溜めやらの臭いを煮詰めたような悪臭漂っていた部屋ではルミによりバラのお香が焚かれている。


 華やかな香りでにおいを上書きしたいわけではなく、アイシャによるストレージでのにおい除去は成功して、ストレージには“ルミ・ザ・スメルズ弾”として濃縮液封入大砲弾が保管されている。


 美しい香りは、無臭では臭いがとれたかどうかの判断が出来ないほどにバラダーもアイシャも脳内に悪臭の記憶が刻み込まれているために、それならとルミが施した処置である。華やかな香りを混じりっけなしに堪能することで部屋の浄化は完了したと、アイシャは書類にバラダーの判をもらった。


「皐月ちゃんは女子高生なの」

「なんだそのジョシコウセイとは」

「うーん……そっか私もよく分かんないけど皐月ちゃんがそう言ってたからとしか。でもそうね、分かりやすく皐月ちゃんのことを言うなら、私の中に住んでた幽霊ね」

「……祈祷士を派遣するか?」


 お昼寝士ほどではないにしろレアな適性と職業はある。祈祷士はそのひとつで呪いや幽霊専門の職業である。一部の魔物や職業が得意とする呪いはともかく、幽霊はこの世界でも眉唾もので、ギルドカードのシステムでなければ祈祷士はペテン士だったかもと言われるほどに他者の目から見て信憑性に欠ける。


 呪いというステータスにも肉体にも影響を及ぼすものへの対処ならまだしも、幽霊に対して祈祷士をと言われたならある意味で馬鹿にされている場合が多い。もちろん治安維持局局長であるこの男が言う分には、そんな差別はなく普通に適材としてのことだ。


「ですが嬢ちゃんの話が本当なら……いや、本当なんでしょうが、いっそそのまま成仏してもらえばいいんじゃ?」

「そうだな。幽霊というのは本来この世界に留まっていてはいけないとも言われるしな」

「あばばばば……そうじゃなくって、死んでないけど魂だけが私の中に住んでるっていうか……もうっ、私の大事な相棒なのよっ!」

「──相棒、ね」


 アイシャの事情聴取からベイルも同席し、バラの香る部屋で未だに腐臭の抜けないベイルは少し遠くに立つように言われて立っている。ここは彼の執務室だというのに不憫な話である。


 そんなベイルの反応にバラダーも同意したことで危うく皐月の成仏ルートが確立されそうにはなったものの、アイシャの慌てぶりから無事に取り下げられる。


「──ドロフォノス、これを飛ばせ」

「御意」


 バラダーが懐から取り出した紙になにやら書き込み、ひとこと呼んだだけでどこからともなく現れたドロフォノスに手渡す。


「局長、それは──」

「急ぎの用事に違いはないだろう。それにこれでもろもろをチャラにしてもらう算段だ」


 ベイルがバラダーの行為に戸惑いを見せるが、バラダーから紙を手渡されたドロフォノスは姿を消して、やがて一条の光が空を2つに割るように駆けていったのが部屋の窓から見えた。


「なんだったの、あれ?」

「今回の件に剣神様が絡んでいて良かったというところだ」

「……嬢ちゃん、今のは“時断ち”っていうれっきとした技能の応用によるもんなんだが……王都にいる結界神様ってひとだけが作れる手紙でな。原理はよく分からねえが、“2点を結んだ時空を囲い込んだ結界を発動させてから片側に向けて収縮させる”ことで、物理的な距離を無視してあっという間に手紙を届けるって代物だ」

「あー、あの“おばあ”か」

「ははっ、おばあだとよベイル」

「俺も会ったことねえのに、とっくに出会っていたとは……」


 その役割のために王都から出られない結界神ミュールは、持てる技能を用いて各地の要所に結界を施す魔道具を造ったりする。そのためには結界士の技能と合わせられるものを他の職業ツリーから取得する必要もあるが、国王付きであればそのための資産はあり、職務のために技能を取得し役立ててきた結果、人間族の中でも最も多くの技能を手にした人物となっている。


 それだけに、結界神が造り出したモノは私用で気軽に使うには破格の値がするもので、バラダーが使った手紙ひとつでシャハルのギルドの建物が4つは建つ。


「──ドロフォノス」

「ここに」

「返事は来たか?」

「もう間も無くかと──おさがりをっ」


 バラダーに呼ばれて再び現れたドロフォノスだが、何かに反応してバラダーを突き飛ばし、窓の外に向けて武器を抜き構える。ドロフォノスが手にしているのはどこにでもある安物のナイフだが、そうして構えた時には刀身を粉々に砕かれていた。


「──びっくりしたあっ……なに、敵⁉︎」

「はははっ、さすがは剣神様だ。見事に射線を阻むもののないところで返してくるとは」

「射線……? あっ、窓ガラスもっ」


 ドロフォノスの動きにつられたアイシャは砕けた音がふたつあったことも、当然砕けたものがふたつあることにも気づいていなかった。


 先ほど窓の外に光の線を見送った方角からドロフォノスを狙ったであろうナニカが通過した窓ガラスにも拳大の穴が綺麗に空いている。アイシャにはそれと分からないが、バラダーが見た軌跡はシャハルの街のどこも穿つことのないものだったらしい。


「でもこれガラスにヒビも入ってないけど、どうやったらこうなるの?」


 窓ガラスにあいた穴を不思議そうに触って眺めるルミの疑問には誰も答えを用意出来ない。ただドロフォノスがひとこと。


「これが結界神様が造り出す“時断ち”の威力」

「威力って──え、まじ?」


 その技能を込めたのはあくまでも紙だったはずである。遠くの人とのやりとりについてアイシャが聞かされて見たのは、魔術士が手紙で作った紙飛行機を風の魔術で飛ばす伝達方法くらいのものだ。


 だからこの“時断ち”もそれだと思ったアイシャだが。


「時すら超越するかのような技能で手紙を飛ばすには、その強度が足りない。ならばと結界神様はその紙自体に結界が発動するように造られている。最高硬度を誇る紙飛行機がそんな速度で来るならば……」


 その結果はドロフォノスの手に握られている。砕かれた鋼鉄と、空中に静止する紙飛行機。


「あくまでも魔術士向けだ。紙飛行機を受け取る方の魔力を目掛けて飛んでくる紙飛行機を受け取るには体を貫かれるか、その前に魔力を込めた何かで受け止めるしかない。ドロフォノスのような反応速度が無ければとてもじゃないが使えんのは困りものだな」

「いやいやいや、普通に死ねるでしょ」

「実際に拙者も幾度か実践で利用している。むしろこれは超長距離攻撃向きの技能だろう」

「で、その物騒すぎる手紙には何て書かれてるんで?」


 異常なコストの手紙は受け止める者の技量が求められるもので、魔術士ならば眼前に何かしらの魔術を配置しておけばそこで止まるとのことだ。


「──非常に悔しがっているようだ。アデルがギラヘリー近郊に現れていたことから“そうではないか”と予想はしていたらしいが、剣神様たちが現場に到着した時点ですでに人間族領の外に出たあとだったようだ」


 使用済みの特製便箋はアイシャに手渡され、墨で書かれた達筆な文字でバラダーが読んだ通りの内容が書かれていた。


 アイシャはとりあえずアデルが剣神たちに討伐されるという事態は避けられたものの、それは同時に預かりものが遠のいたことでもあると思い至ったが、それならいずれ自分で取りに行けば良いと結論付ける。


「剣神様たちも戻ってくるわけだ。そのサツキとやらの安否は……幽霊に安否などあるのかといったところだが、魔族領に出て行かれては手をだすわけにもいかんからな。今は無事を祈るしかないだろう」

「……分かった。どっちにしろ私にどうこうできるチカラはないんだし。ところでこの手紙貰ってもいい?」

「その手紙にはもう何の技能も込められていないし、内容もお前宛てとも言えるからな。好きにしていい」

「うん、好きにするよ」

「ああ、それと部屋の掃除はもういい。任せておいては年が明けそうだからな。暇な職員を見つけてやらせておこう」

「ほんとにっ⁉︎ そうと決まれば──」


 剣神の当ては外れ、おかげでアイシャとしても公に打てる手はない。バラダーのひと声で解放されたアイシャは、捕まる前にと走って去って行った。


 ベイルが窓の外にアイシャとルミを見て「仕事中なのも忘れてるようですね」と引き攣った笑いを見せるとバラダーはひとつ頷き、神妙な顔つきで口を開く。


「──ドロフォノス、急いで迎えにいけ」

「迎え、でありますか」

「ラプシスとクラッヒト殿を付けていて良かったと言わざるをえん事態だ」

「それは、まさか……」

「紙に書いた内容は俺が記したものだ。返事は結界の技能の上に魔力で書かれていて、本当の内容は俺が広げたときにだけ伝えてきた」

「母の“幻影玉梓”──」

「手紙を送り返してきたのはラプシスだ。事は既に終えていた、と」


 バラダーの暗い表情に、ドロフォノスは持てる限りの技能を駆使して国を縦断した。




〜あとがき劇場〜


「局長、まさかとは思いますが、ドロフォノスに渡した手紙にはその……」

「事は既に終えていた。手紙の内容はそのままその通りでしかない。ドロフォノスは血相を変えて行ったが、おおかた母からの手紙だからであろう。あいつは先代の局長付きに異様なまでの恐れを抱いていた節があるからな」

「けどもう終わっただなんて、剣神様のことが心配にもなるでしょう。ましてや引き止めていた理由だって剣神様の身の安全を思っての事だったわけですし」

「ベイル、俺はどうしてこうも冷静でいられると思う? ちんちくりんを部屋から追い出したとはいえ、本当に一大事なら俺もすぐさま後を追うべきだろう」

「そいつぁ、今朝方馬に嫌われたばかりで足がないからっていう……」

「そんな理由なわけがあるか」

「じゃあ今すぐにでも行きましょうっ、モブリーズの手が空いてますから──あいつらの乗る馬は荒れ狂うところがありますが、速さだけはピカイチで」

「だから、俺は慌てるつもりもない」

「そんな……局長は剣神様が心配では⁉︎」

「もちろん心配している。しかしだなベイル。お前は最序盤から出てるくせに分からんか?」

「ぬっ……な、何をですか?」

「……この物語、異様に死者が出ない、と」

「なっ、それは……」

「もちろん魔族や魔物の危機に瀕している人間族たちという設定である物語だから、戦闘職はそれなりに危なくそういう運命に消える者も少なくないし、寿命自体が短いとさえなっている。しかし世界の、物語として描かれている範囲で死んだのは、おそらくひとりだけだ」

「甲獣族の魔王、ですね」

「そう。それもおそらくと言うのは、地龍にひと飲みにされただけで、咀嚼されたとはなっていない」

「しかし、エルフのヤバい老人トァブはどうで⁉︎ セイレーンに捕まって退場しちゃって──」

「空の彼方に消えただけだ。案外有翼種のなかで逞しく生きているかもしれん」

「じゃ、じゃあカチュワの盾を盗んだ教師は……」

「それこそ転職しただけだろ。心に傷を負ったようだが、私刑は禁止されていないし、やったことに対しての罰としては……重いか?」

「まあ、見方にもよるでしょうが、嬢ちゃんの逆鱗に触れてそれなら軽いほうでしょう」

「そうだ、そのちんちくりんの逆鱗だ。結局あのちんちくりんが求めるものは平和と昼寝し放題な楽園なんだよ」

「楽園も過ぎれば怠惰の極みなんですねぇ」

「ギラヘリーが襲われたときにも『悲しみのリコ』だとかなっていたが、結局どうだ。道中ふざけて、戦闘さえふざけて、終わりまでふざけていた物語だ」

「ラストバトルではシリアスが多く読むほうもしんどくなるかと思ったら、俺らが必死になってる外ではふざけっぱなしでしたからね」

「そういうことだ。重たい展開と見せかけて、そうは出来ないのがこの作者なんだぞ」

「局長までもがそんな発言してるんですから、相当なもんですね」

「ルミなんぞは、いよいよ本格的に敵対する魔族の話かと思いきや即昇天。明るい話ではなかったはずなのにすぐふざける。精霊になったあとはおふざけ担当なんだから目も当てられない」

「見た目がSDキャラではない、俺たち人間族と同じ頭身でしかも美人であり、露出が多いときたら隠れファンがいるのも納得なのに、キャラが残念ですからね」

「というわけで、剣神様がアデルに出会って、やる事をやっただけであるなら、それはもうその通りなのだろう」

「そいつは剣神様への信頼の厚さですね」

「いや、信頼の無さといえる。考えてもみろ、やる事やって返信もろくに出来ない状態になっているんだ。いくらラプシスが素早さ極振りみたいなキャラでも、魔族相手に戦いながら魔道具の返信など出来まい。今ごろはラプシスの膝の上で介護されてるだろうよ」

「俺はその展開よりは、クラッヒト様が押し付けられてむさ苦しい膝枕をされてそうなんて思っちまいますが」

「まあ、次の話でさっぱり剣神様の剣の文字すら出てこないんだから、問題なんぞなかろうよ」

「残りのチーム“ララバイ”メンバーのターンが始まりそうですね」

「ああ、また頭痛の種が……」

「じゃあ俺も行ってきまさあ」

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