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不安定なこころ

「アデルという魔族について聞かせてくれぬかの」

「アデル……」


 ギャラリーの一部から痴情のもつれ扱いされた決闘は取りやめられ、さすがの剣神もラプシスのような女性に見咎められたとなれば要望も取り下げてしまう。


 その代わりにと剣神が切り出した話は、実のところそちらこそが本命。すでに報告を受けていたバラダーがベイルへと目配せして説明を促す。


「──剣神様、まずはじめにそのアデルという存在については魔族と確定したわけではありません」

「わしら人間族と似た姿形をしていて魔族ではないと?」

「ええ。少なくともその出自は──」

「カイコガの魔物のはずなんですけど、どうしてそうなったのかは不明のままですね」


 街へと戻りベイルの執務室に場所を移した話し合いには呼んでも来ないラプシスをこれ幸いとバラダーが捕まえて参加させている。


「いちどはカイコガの魔物として羽化したのです。しかしそこからもういちど脱皮をして現れたのが私たちと同じ言葉を操るアデルという者」

「自称ですが“夜空の支配者”とも言ってましたね」

「支配者、とな」

「どういう意味かは分かりませんが、その実力は私では遠く及ばないほどのもの」

「直接剣を交えたということかの」

「正確には針と糸を」

「……裁縫かの?」


 ラプシスが巨大な針を武器として扱う変わり者だと知ってる剣神もそんな風にツッコんでしまうが、内心では胸の高鳴りを抑えている。


「この針はカイコガの魔物に刺しても溶かされ無意味なものとなり、羽化したあとではアデルの能力に阻まれ届きもしませんでした。暗器による反撃もまた同様に」


 静かに椅子から立ち上がり針を水平に構えてラプシスはアデルとの戦いを思い返して言う。


 この場にいるベイルとバラダー、それに剣神だからこそ、ラプシスが繰り出した針を、その抜くところから目で追えたが、並の者の目では奇術のように映ったことだろう。気づけば喉元に突きつけられていたかのように。


「ほっほ、つまりあの技能を発動させてなお傷を負わせることすら出来なかった、と?」

「ええ。私の未熟さを思い知らされましたわ」

「まあ、わしなら発動すらさせんがの」

「発動すればいかな剣神様であれど無傷では済みませんとも」

「お主は魔族の肩を持つのかえ?」

「あれは魔族とはまだ決まっておりませんよ」


 ラプシスの“暗器繚乱”は相手の攻撃をトリガーに発動する技能で、本物の武器を用いるものでもない。カウンター技であるその技能は、相手の攻撃に合わせてスイッチを置く必要があり、技能であり魔力で生み出されるものである以上、剣神の目にははっきりと映る。


 だから剣神はスイッチに触れずに攻撃をすることで発動させずに済ませる自信があり、遠い過去に実際にやってのけたこともあるが、いちど発動すれば魔力の暗器たちは振りかぶる必要もなく初速から最高速度で相手に襲いかかる。


 魔力生まれの暗器たちの攻撃はさながら具現化された無属性の魔術で、無数の武器が同時に迫るのを捌くことは不可能であり、それは剣神であっても無理がある。


 ラプシスは魔物由来の特性で防ぎきったアデルを敵であるとしても構わず称賛しており、剣神は支配者などと嘯きながらラプシスのカウンター技能のスイッチを踏み抜いた者などには遅れを取らないという自負がある。


「生産職にかまけてるうちに衰えただけであろう」

「肉体的に衰えてきた剣神様ほどではありませんとも」

「なにーっ、お主も老人介護などと言うか」

「そこまでは言ってません。誰ですかその無礼者は」

「そこの男じゃ」

「ほほぅ……局長さんが、ねぇ」


 初老に差し掛かった女性と老人の矛先は突然バラダーに向けられる。


「はあ……相変わらず仲の良いことで」

「む……」

「ふふ、目指すところを同じにする“ともがら”でありましたから」


 かつては局長付きとしてそのチカラを振るってきたラプシスも剣神と同じく強さの高みを目指していた。それが過去形なのは、ラプシスの興味を惹くものが強さのほかにも増えて、今となっては道を逸れてしまったからに他ならない。


「で、剣神様としてはそのアデルを知り……?」

「もちろん一戦交えたくての」

「そんなところだと思いましたよ」


 バラダーも問うまでもなく、ラプシスも分かりきっている。


「今日だけで何度目か、って感じになりますが、剣神様はそのお立場をご理解いただきたい」

「分かっておる、剣神は自由じゃ。ひとりで探して挑むくらい問題なかろう」

「いえ、その……局長が言ってるのはこちらでの教育に従事していただく契約を1年延期されたことで」

「ああ……そうじゃったのぅ」


 アイシャたちが聖堂教育を終えた春で剣神の臨時教師の契約も終了か延長かの選択を迫られていた。


 アイシャがいて、魔族の王を名乗る者に襲われたシャハルであればもう1年の滞在もいいものかと、何かしらのイベントを期待した剣神が延長を選択し、今度は自由を半ば失っていた。


 なまじ強敵に出会いその手応えを感じてしまったために、亜神の介入で終わった甲獣族の魔王戦は剣神にとって不完全燃焼であった。


 子どもたちを教え、シャハルの大人たちも鍛えて過ごすのは剣神としての勤め。トマス老としては願わくばベイルと殴り合いでもしたいところだが“お立場”のあるベイルも相手してくれず、もうひとり現代の英雄とされるクラッヒトも元々国軍のトップであることから、そう易々と手合わせという名の殺し合い未満に付き合ってはくれないだろうとして諦めている。


「そうかの……」

「──そんな目でこちらを見られても、私では力不足ですからご容赦くださいませ」


 バラダーとの手合わせも叶わずにアデルもダメだとなればと、剣神がじっとりねっとりとした視線を投げたのはラプシスである。


 かつての局長付きというのは伊達ではない。ドロフォノスなどはシャハルの街のギルドに所属しており、広範囲の索敵を兼ねていることから局長付きとはいえ、その活動範囲はせいぜいこの街でのことのみである。


 ほかの地域では別の局長付きに引き継ぎをしており、複数でどうにか回している役割を、かつてのラプシスはひとりで担っていた。剣神もそれを知っており、実力も高く戦闘スタイルも自身に近い武器を手に速さと技量で仕留めるタイプ。


「だめ、かのぅ」

「ダメ、です」


 つれないラプシスの返答に肩を落とす剣神トマス。ラプシスはそんなしょぼくれた剣神にため息を漏らし、それからバラダーに体ごと向き直り口を開く。微動だにしない立ち姿は足を揃えて手を前で合わせ、背筋もしゃんと伸びてブランドショップの店員のようである。


「ただ、そうですね……聖堂教育もじきに夏休みです。その間であれば剣神様がどのように過ごされても自由。アデル探しも討伐も……」

「無事に帰ってきてもらわねば困る」

「困る、とは? 魔族との戦闘において亡き者となったところで、それが聖堂教育の臨時教師をする契約を破るとはならないでしょう」

「嫌な言い方をする。お前たちが歯が立たない強敵であるなら、剣神様とて無事で済むとは限らん……大怪我でもすれば、あるいは死んだとなった日には俺は……」


 剣神のわがままをきっぱりと突き放したラプシスではあったが、それでも剣神による探索行動に関しての助け舟を出した。私情を挟むまいと、あくまでも職務に則るバラダーの返事は良いものではないが、それは契約やルールによるものだけではないようである。


「──ふう、では無事に帰せば良いわけですね」

「それが出来ないと言っているというのに」

「ひとりでなら、でしょう」


 ラプシスが微笑みひとつ添えて指を弾けば、小気味のいい音を合図に執務室の扉が開かれる。


「話は聞かせてもらったよ!」

「お前はだめだ」

「なんでえええええええ」


 景気良く開かれた扉の外に仁王立ちでいたのはアホの子アイシャである。当然ながら話の流れ的に剣神の供として旅立つ相棒となるわけだが、そもそもはじめの段階でアイシャと剣神を一緒には出来ないと言っていたのだ。そんな風に堂々と参加を表明しようとしたところでバラダーが良しとするわけもない。


「──だが、なるほど……あり得るかも知れないな」

「じゃあやっぱりっ⁉︎」

「お前はだめだ」

「のおおおおお」


 ふふっと笑うラプシスが呼んだのはアイシャではない。仁王立ちで構えていたアイシャが手も触れずに扉を開けたわけもなく、扉は崩れ落ちるアホの子を見下ろすひとりの猛者によって開けられていた。


 半端者の象徴であるベイルの筋肉ダルマほどではないが、鍛えに鍛えられたであろう筋骨隆々の逞しい体を持ち、甲獣族の魔王が放った初見のカウンターで敗れはしたものの、その実力は現代の英雄の肩書きに見合った高いもの。


 赤が映えるマントを羽織った精悍な男性などシャハルに2人といない。アイシャから毛嫌いされ、サヤからも敵扱いされ、最近ではリコにも嫌われることになったアイシャの先輩クレールのその父親、クラッヒトである。


「何やら面白い話があるからと呼ばれてな。あらましは既に聞いている。あの自称魔王に敗北して以来、己の実力を測る場を求めていた。剣神様が向かうところであるなら、不足はあるまい。俺で良ければご同行させていただこう」


 ギルドカードのシステムさえあれば、一度取得した技能や能力値の加算が失われることもない。老化により緩やかに衰えていくのは肉体という基礎値が減少するからだ。その気があれば国軍を引退してのどかに暮らしていた男も実力を伸ばすことは出来る。


 クラッヒトは甲獣族の魔王に敗れたのち、改めてチカラを求めた。アイシャが仲間想いに街を守るならクラッヒトは愛する嫁のために家を守るだけのチカラを必要とする。


 その家を争いの最中に(ほぼ自爆で)失い、騒動が終えた後に帰ってきた嫁からどんな言葉をかけられたのかは本人以外知りもしないことだが、愛妻家で恐妻家で国の端っこの田舎に引っ込んでいたクラッヒトが街を離れる許可を嫁から貰えた時点でお察しである。


「だがしかし、クラッヒト殿ではいざというときに逃げ切るだけの速さが……」

「そこはわたくしが」

「ラプシスっ⁉︎ お前はさすがにダメだ。ギルド職員がこの街を離れて剣神様と行動では──」

「あら、わたくしギルドには在籍してませんでしてよ?」

「……は?」

「いや、局長その……ラプシスの言うことは事実で……」

「ちょっと待て、生産職ギルドで裁縫士をやってるのは……」

「──趣味です。本業はとっくに引退した無職で、もちろんギルドからもお給料はいただいてませんよ? バイト代はたまに頂きますが」


 バラダーは後任としてドロフォノスを推薦され、他の地域においても職務をまっとうすることの出来る人材をあてがわれる代わりにラプシスを解任している。


 こちらも自由を求めたひとりだが、辞めるために後釜を用意されていたならと、止めることなく手放したラプシスがシャハルで生産職ギルドに出入りしてることから、バラダーはラプシスが職を変えたのだと思い追求することもなかったが。


「……無職、だと?」

「ええ。幸いにも生きていくだけの蓄えはありましたし、足りなければ……ね? 少し狩って来れば良いのですから」


 己の実力を隠す必要もなく、戦いから離れて生産職を趣味で行う無職。それはおおよそアイシャが欲しがる立ち位置ではあるだろう。同行の許可が貰えないことに悔しがりながらも頭の中でそろばんをはじき、そこに至るまでの働きようを想像した時点でアイシャは自分には無理だと悟った。バラダーが行くところどこにでも付いて行き、常に周囲を警戒しバラダーの身を守りながらの人生など寝る暇もないかも知れないじゃないか、と。


「ギルドに所属しない英雄殿とラプシス……シャハルが切れるカードの最高ではあるが……」

「実害が今のところありませんからね」

「それだ。やはり危険なところに向かわせるには理由がなければ」

「──被害が出てからでは遅いのです」

「……くっ、しかし連絡はよこせ。剣神様も、英雄殿も毎日のご連絡を忘れることのないようお願いします」


 納得しかけたバラダーを押しとどめたのはベイルの進言だったが、ラプシスの言うことももっともであると押されて、意気込みに押し負けた。剣神よりもずっと強く求めていたのはラプシスなのかも知れない。


「アイシャちゃんや、わしが取り返してきてやるからの」

「……うん」


 剣神としてはシャハルの最強カードはそこにうずくまるアホの子なのだが、それが弱体化しているとなると連れて行くよりはアデルが何を預かっているのかを聞いて持ち帰る方がよいとの考えだ。


「取り返す? ちんちくりんは特別に何か関わりがあるのか?」

「乙女の秘密だよ」

「ハッ、誰が乙女だ、誰が──」

「むきいいいいっ! おじいに取ってきてもらうんだからもうしーらないっ!」


 アデルを捜すためのお願いをしにきたアイシャがちょうどクラッヒトと鉢合わせて剣神たちの会話を耳にしたのだから乗り気になるのも仕方ない。


 ただ、望み通りとならなかっただけで、少し馬鹿にされたくらいで、上司の部屋に大砲を持ち出すのはやり過ぎである。


 やけになったアイシャがストレージから取り出した大砲には辛さと痛さの極地であるルミ・ザ・スコヴィル弾とは違う弾が込められている。主にルミがアイシャを起こす時に最後の手として使われる臭いフレーバーが詰まった特製の弾だ。


 察した剣神が音もなく部屋から消えたのを見て、ラプシスが退散し、エルマーナはろくなことがないと風の魔術による守りに入り、大砲のケツを蹴ったアイシャが部屋を出て扉を閉めれば密室に無防備な男が3人。


「ベイルっ、それを窓から捨てろ!」

「弾が……っ、間に合わないでさっ」


 発射までもう間もなく。


「“へし切り”。見るからに何かを射ち出す魔道具であるなら、その中身ごと機構を分断してやればよい」

「なんとっ」

「でかしたぞっ、さすがは現代の英雄だっ」


 屑鉄が集まって造られた小型の大砲を、新しく新調したグラディウスで押し潰すように破壊するクラッヒト。力任せばかりに見える技能は、上から押し切る武器の力を存分に伝えることが出来るように、大砲の下に盤石で不変にして不可視の壁を発生させる。


 鉄が悲鳴をあげて潰され裂かれる様子はその後の惨状もあって地獄の責めのようだったと、のちにエルマーナは同僚にこぼす。


 物理的に大砲を壊した判断と実力は確かではあったが、弾に込められたフレーバーは斬ることも出来ない。


 喜びも束の間。ベイルの執務室は桃色の煙が支配して屈強な男たちをノックアウトさせた。



〜あとがき劇場〜


いつも読んでくださりありがとうございます。

みなさまにとって良い年になりますように。


「未知の魔族が現れたらしい」

「姫騎士様にしては珍しく曖昧な表現でありますな」

「シャハルから速達便で届いたところだ。まだ裏付けが取れていないらしいが、それでも冒険者ギルド長の男からの知らせだから信ぴょう性は高いと見ている」

「ははぁ、例の姫騎士様を負かしたモヒカンの男ですかぁ」

「何をニヤついておる。それが別にベイル殿でなくとも……ピウィー、何もないと言っているのだ」

「はいはい。姫騎士様の信頼を得ている男の情報、間違いもありますまい」

「……少し棘があるが、しかしこの手紙にあることが全て本当なら我々の出番となるであろうな」

「全て本当の前提で良いでしょう」

「……その魔族は魔術も切り裂き、至近距離の不可避と思われる武器の乱撃すら一顧だにしないほどの守りがあるという」

「なんですかそれは、ガチ魔族じゃあないですか」

「ガチじゃない魔族とはなにかを問いただしたいところだが、そんな魔族と事を構えるとなったら、ピウィーの弓兵部隊は対処できるか?」

「武器も魔術も通じない、弓は?」

「その場には弓を扱う者はいなかったということでな、試されてもない」

「そういう事でしたらやってみる価値はあるでしょう。認識の外から守りの反応が追いつかない速度で矢を射れば或いは」

「そうか。カードはできるだけある方がよいが」

「つまり姫騎士様は戦力増強のためにあの少女を取り込め、と」

「ピウィーでは出来ないであろうが、もしそうして連れてきた時に上手く迎え入れられるか?」

「我ら国軍は人間族の守りのためにあります。その為であれば年端もいかぬまだ1年目の少女を特別待遇で受け入れることも私が認められるよう部下に働きかけましょう」

「特別待遇……それは彼女のほうが良しとしないであろうが、そうでなくとも同じ扱いにはならんだろうな」

「姫騎士様、我らが扱う魔導弓とエルフが操る魔弓との違いをご存知で?」

「もちろんだ。国軍が誇る魔導弓は弓に魔力を通わせて通常では叶わない重さの弓を扱うことだ。対して魔弓は──」

「弓はもとより矢にも。つまりその魔族を仕留める弓の奥の手となるでしょう」

「……魔弓について信じていないふうだった貴方が」

「姫騎士様の言葉を信じない我らではありません。その少女がここにくるなら、その時に改めて見させていただきましょう。そしてその時にこそ、魔族を討つ策を必ずや」

「ああ、上手くやってみせよう──国のために」


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