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獣と虫、想いは形を変えて

「聡いものなら魔物でさえ妾には寄ってこぬのだが、お前さんは魔物以下の知能しかないのかえ?」


 クレールが慎重に、それでも真っ直ぐと迷わずにたどり着いた先には薄布で出来たワンピースを着た少女が腕組みして偉そうに立っている。


「聡いかどうかなど知らない。俺は守るべきものを守るためにここにいる──貴様、アイシャをどうした?」

(アイシャちゃん……? なんでここに女の子がいるのかも気になりますけど、クレールさんはどうしてアイシャちゃんの名前を?)


 クレールとてダンジョンに潜っているアイシャの動向まで分かりはしないが、どうやら少女からアイシャの何かを感じ取ったらしい。


「お前さん……魔物以上の鼻でも持っておるのかえ?」

「どつやら気のせいではなかったらしい。貴様から感じる……アイシャの匂いをっ」

(え……クレールさん、いまなんて?)


 サヤであれば問いただす前に飛び掛かっていたことであろう。しかし冷静に怒りを内に秘めて静かに告げるクレールはそれだけにリコにとってある種の異常者と認定される。もちろん匂いフェチの変態カテゴリで。さっき感じたばかりのほのかなトキメキなどはもはやこの変態に対する自己防衛反応だったのだろうと変換されてしまった。


「とんでもない変態じゃの。妾からあの子の匂いがしたとして、お前さんはどうするつもりかえ」

「答えるまでもない。その魔力の強さ、貴様が魔族なら俺のするべきはひとつ」


 その身に力を込めてクレールは少女に襲い掛かる。


 背中に羽の生えた少女は見た目こそ可憐ではあるものの、現代の英雄クラッヒトの息子クレールの目には倒すべき敵であると映っている。


 人間族の領土を蝕む魔族はすべて敵であると。


「──見た目通りの無礼な男。妾の糸でなますにしてくれるわえ」


 近づくまでもなく少女が腕を払えば、白い柔肌から流れるように糸が張られ、無防備に飛び込むクレールを捕らえる。


「ぐっ、これは──っ」

「お前さんが知ることはない。さようなら、無力で不細工な獣よ」

「待ちなさいっ!」


 糸に絡め取られたクレールはリコから見ても窮地である。戦いに縁のないリコには何が起きたのかもわからない。相手の少女が何かしたのだろうが、こうして割って入り止めるリコには、それでも出来ることなど何もない。


「何か用かの、人間」

「その人を放しなさい。でないとわたくし──」

「ほう、さしずめこの獣はお前さんの想いびとといったところかえ?」

「え? それは全然ないのですけれど」

「……」


 窮地である。暴れるクレールはどんどん糸が絡んでいき壊れた操り人形のように関節をあちこち曲げた状態で固定されてしまい、ほかには魔族と思しきこの少女に対抗する武力もない、窮地である。


「ならばこの獣はお前さんのペットかなにかで──」

「ええっ、そんな趣味の悪い……」

「……」


 せめてそうであれば何かしら楽しめるかと少女は口にしたのだが、リコの返事はすっとぼけたものである。もはや絡まり過ぎたクレールはその顔まであちこち縛られて変顔で固まっている。


「とったあっ──って、わああああああっ」

「ああっ、そばかすさんっ!」


 前に出てきたリコの反応がどうにも面白くない、と少女は口をつぐんでしまうのだが、リコの存在に隠れて少女の背後に回っていたクレールの同僚がそれを隙と見て襲いかかった。だがリコを囮とした動きは見破られていたらしく、こちらも少女のひと撫でで空中に絡め取られてしまう。


「くそっ、気配は完全に消していたはずなのに」

「──鼻が良いのはそこの獣だけではないということよの」

「ごめんなさい、わたくしがもっと気を引けていたなら……」

「変わらぬよ。妾の前でそんな小細工が通用するものか」


 もちろん真面目なリコの応答は囮となるための演技ではあったが、少なくない嫌悪感が先に出て囮らしい演技どころではなかった。


 少女はひとり無事なリコも見逃すつもりはないと、伸ばした手の指から噴き出した糸で絡めとり、拳を握る。その手に込められた魔力が尋常なものではないことが非戦闘職のリコでさえ分かるほどに糸を通して伝わってくる。


「さて、出会ってすぐで申し訳ないがの……いや、うむ、そうか」

「……?」


 この魔族がその気になれば次の瞬間などは訪れなかったことだろう。もがくクレールたちも、リコさえもそう感じるほどの威圧に顔をしかめたというのに、少女のそんな気迫はひとりごとと共にどこかに消えてしまう。


「感謝するがよい、獣ども──妾の気まぐれで生かされることに」


 笑顔で。少女がそう告げるとリコの束縛はあっけなく解けて、クレールとそばかすはグルグル巻きのまま地面に落ちる。


 いも虫のような姿でうめきもがくクレールたちとは違い自由になったリコが問う。


「なんで──」


 少女は自分たちを攻撃したのか、そして生かすのか。リコとしても聞きたいことはあるものの、少女からすれば先に仕掛けられたから自衛しただけであるのは考えれば分かる。相手を魔族と見て誰何することなく手を出したのはクレールたちの方だ。だからリコは問いかけたくて口を開いたものの続く言葉もなく、黙ってしまう。


 そんなリコの内心に少女も興味はない。這いつくばるいも虫たちにはもっと興味がなく、視線を遠く西の空から東へと向けて微笑む。


 空を赤く染めていた太陽が逃げるように消えてほのかな明かりを残したあとを夜がその領域を広げて知らせる。まもなく少女の憩いの時間が訪れると。


「この生を受けてはじめての夜よ。その記念に慈悲を与えてやろうというだけのこと──」


 薄赤色のドレスを着た少女がリコたちを飛び越えて高い木の枝に着地する。その足は靴を履いていない素足だが危なげなくまるで枝に吸い付くようにして立っている。


「妾の名はアデル──夜空を支配せし絶対者。そこな女、あの子に伝えるがよい」


 アデルの威圧感が再びリコたちに重くのしかかるが、その瞳はどこか優しくリコを見つめている。


「預かりものを返して欲しければ、妾を見つけ──うち倒してみせよと」


 優しく、楽しそうにも見えるアデルの顔は、クレールを一瞥して意地悪なものに変わり、感情を殺して平坦な口調で続ける。


「──魔族を毛嫌いして仕留めなければ気が済まないのが人間族というものなのであろう?」


 それきり、訪れる夜の闇に溶けるようにして消えたアデルが言伝を頼んだ“あの子”が誰を指すのか、リコには言われなくとも伝わり、それだけにクレールを見て口にしたことが“あの子”にとっては決して同じ価値観のものではないことも分かる。


 預かりものが何なのかこそ告げられなかったものの、アイシャに魔族討伐を仕向けるなどリコに出来るはずもない。


 暗闇に沈みゆく森の奥を見つめながら、どうにか拾った命に安堵するよりも先に、リコの中でもクレールの評価は断崖を転がり落ちるように急落した。



〜あとがき劇場〜


『さて、いよいよ妾たちの決着をつけるときが来たようであるの』

「ふんっ、私は負けないよ。“ディルア”っ!」

『その装具、妾が知らぬと思ってか。実態のないものさえ切り裂く装具ならば、妾の防御も魔力も貫通してしまうであろうが、しかし本当にそうかえ?』

「そんなの、やってみなけりゃ分からないでしょうが!」

『ふっ、たとえどんな効果を持ったアーティファクトを持ってこようが、当たらなければどうということはないの』

「くっ、こんな……っ」

『ふっふっふ……次におぬしは“当たりさえすれば”と言う』

「当たりさえすれば……なっ⁉︎」

『よいぞ、よいぞその顔……褒美に一度だけ妾は動かずにいてやるゆえ、当ててみるがよい。それではっきりするであろう』

「言ったなー! くらえっ“口中光速突貫撃”!」

『うぐっ……ふふふ、はははははっ! しょへんひょほへいほっ! ふぁわふぁほへひへふぁふぁいふぁ!』

「くっ、どうして……」

「ねえ、ママたちは何してるの?」

『ほほへいへ……んっ、この精霊は何も分かってはおらぬのだな。呆れた無知蒙昧さよ』

「ルミちゃん私、負けちゃったよ……」

「だからねえ、そのさっきからお箸で摘んだはんぺんをアデルの口に入れようとして避けられてを繰り返していたのはなんだったのって」

『ふっ、言ってやれアホの子。力では敵わないからと“熱々おでんで妾を仕留める”と挑んできた愚行を』

「くっ……けどまさか無敵のはんぺんでもダメだなんて」

『はーはっはっは! 初手から最強を用いる者は例外なく敗者となるのは熱々おでん闘技の歴史が示しておるわっ!』

「……まったくなんて声をかけたらいいのかわからないけど、あんだけ必死な形相でかわし続けられたら、はんぺんだって冷めるでしょ」

「えっ……」

「それに熱々おでん対決って、かわすものでもないでしょ? 初手からビビって逃げるからママもよく分からずに乱打してたのね」

『ビビって、だとっ⁉︎』

「まあ、ママの装具の効果がどこまで及ぶかわからないけど、もしかしたらおでんで口の中をやけどするかもって思ったらビビるわよねぇ」

『ビビってなどいないっ! よかろう、そこまで言うならアホの子よいまいちど──おぼはあっ、あついぃんっ!』

「“口中光速突貫撃”……っ! 勝った、勝ったよルミちゃん!」

「はいはい良かったねー(どうやったら“あーん”が“口中光速突貫撃”なんてわけのわからない文字に置き換わるのよ。全然文字数が合わないじゃないの)」

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