表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

502/608

失うにはあまりにも大きすぎるもの

 ベンチに座りお茶を飲むアイシャと剣神のそばには大きな水まんじゅうが転がっている。


「わしも、気にはなっておった。アイシャちゃんは一体どうしたのじゃ? まるで違う他人のようで声を聞くまでは分からんかったわい」

「──おじいが見てそう言うなら、本当にそうなんだね」

「あの時は余裕ぶっこいてやがるから何かあるなって気にしていた程度だったが、今のてめぇには何もねえ。なんならここでオレが分からせて──ひえっ⁉︎」


 剣神とアイシャの話に水まんじゅうの癖に調子に乗ったコージアが口を挟むが、最後は息をのむ悲鳴で途切れた。


 再度のおじいの殺気ではあったが、その矛先は丸まって震える水まんじゅうだけではなく、目に見えるものとしてアイシャにも向けられている。


 無手の剣士であるトマスが放つ手刀は、以前にアイシャにも見せたことのある必殺の技のひとつ。明らかに弱ったアイシャ相手に、それは寸止めでしかなかったが、剣神が万一を思い手を止めた所にアイシャの姿はなかった。


「──ほんの一瞬でも手心を加えたわしの愚かさたるや」


 こちらも剣神は以前に目の当たりにしていて知っていたはずのアイシャの姿。手刀がアイシャの顔面へ繰り出されたときにはすでに、黄色く放電するような魔力を迸らせて、アイシャは剣神の背中を取っていた。


「──っ、はあっ、はっ……あーっ! 体が千切れそうっ!」

「──っ! アイシャちゃんや、大丈夫かえっ」


 だが以前とは違い、アイシャは剣神の背中に回っただけで精一杯だったらしく、それどころか剣神の背中にしがみついて大きく痙攣している。


 丸まったままでは何も見えないコージアには何が起こったのかは分からないが、弱くなったと思ったアイシャが本気の剣神を負かした上で何かあったのだというくらいの事だけは察知した。


(何かの病気か、それとも……。しかし油断出来ねえっていうか手を出したらどうなるか分からねえのは前と同じってことか)


 幸いにもぷにさんが絶対防御の水まんじゅう状態だったおかげで状況を正確に見て取る事が出来なかったおかげで、アイシャに向けられかけた敵意は鳴りを潜める。


「アイシャちゃんや──」

「大丈夫、少し横になってれば……」

「うむ、わしの膝を貸してやるからの」

「枕があるから遠慮しとく」

「アイシャちゃんや……」


 朝の陽気と孫娘に膝枕。おじいのささやかな幸せのイメージは枕ひとつに惨敗してみせた。





「つまりママは弱体化してるってわけ」

「弱体化してるくせにじいさんを負かすとかやべえな」

「そうじゃの……確実に勝ったと思ったのじゃが」


 遅れて到着したルミはなんだかしょんぼりしてるお爺さんと大きな水まんじゅうがそばにいる状況で枕ひとつ抱きしめてベンチの上で寝るアイシャを見て全く状況が把握出来なかった。


 そこでルミの聞き取りは剣神に向かい、事情説明もあったが、建前上は人間族に協力することで受け入れられているコージアだが、そのまま信じて受け入れるとアイシャが再び危険に晒されるかもしれないと考え、さっきのやり取りをひとつの“勝負”とし、剣神が完膚なきまでに負かされたと嘘の話をした。


 それをコージアがあっさりと信じてしまうくらいには手刀に込められた魔力も寸止めも無意味となった時の剣神の驚き様は迫真のものだったし、実際にコージアがこれ以降アイシャに悪態をついたとしてもその身を狙うことはない。


「で、ママはコージアを使って新武器の実験をしにきたってわけ」

「新武器、とな?」

「おいおい……それってオレは無事で済むんだろうな⁉︎」

「えーっと、たぶん?」


 たぶんもなにも、アイシャとて新武器の話など聞いたことはない。すやすやと寝息を立てるアイシャを起こしたのはルミではなく剣神であった。サヤの剣を造ったのがアイシャだと知っているからこそ剣神はアイシャの新武器が何なのかと知りたくて仕方ない。


(ちょっとルミちゃんっ、なんでそんな話になってんのよ⁉︎)

(えー、なんとなく言ってみたかっただけ。でもさ、ママもコージアに会ってその必要性を感じたりしない?)

(ぷにさんはもう私に喧嘩を売ることはないと思うけど──)

(ちょ、ぷにさんってなに。そこんとこ詳しく)

(えっとね──)


 寝起きに聞かされた新武器についてはアイシャの技能“対話”とルミの手旗信号で口裏合わせが行われようとしたが、アホの子とアホの子の眷属はあっさりと話が明後日の方向に行って不必要に時間を要することになった。





「じゃあいくつかある中から試してみるかな」

「というわけでよろしくね、ぷにさんっ!」

「ぐぬっ、この精霊めいつの間に……⁉︎」


 今しがた聞いたばかりのネタで他人をいじるヤツっていうのは大体ウザがられ嫌われるが、剣神の威圧でこの場は丸く収まるのだからルミも上機嫌だ。


 お昼寝館跡地でアイシャはストレージから一本の長物を取り出す。


「アイシャちゃんや、それは……?」

「見ての通り、剣だよ」

「ほう、これが……」


 剣神が興味を示してアイシャから借りて手にしたのは片刃で反りがあり綺麗な刃紋が浮かぶ武器──刀である。


「珍しいものよの……これは何か特別なものかの?」

「ううん。なんとなく技能使って造ったけど、ツリーには無かったから失敗作かも。だけど剣にしたら軽いのがいいよねってことで出してみた」

「ふむ……」


 アイシャが造った刀は武具職人が新しく独自の発想で武器を作成する際に用いられる“自由創造”によるもので、当然ながら前世が関係してくるがアイシャ本人にその記憶はなく、アイシャをして失敗作ではと疑いを持つ品だ。


「じゃあいくよ?」

「へっ、じいさんので無いならそんな細っこい剣でオレの体を傷つけられると──」

「えいやっ!」

「タイミングっ!」


 コージアが体の正面で腕を揃えて縦に構え守る姿勢をとれば相手の了承も待たずにアイシャが容赦なく横薙ぎに斬りかかる。


 しかしそこは守りに自信のあるコージア。今はその守りに更に強靭な膜がついているのだから、アイシャの斬りかかりは難なく防がれてしまった。


「ほっほ、アイシャちゃんは剣士の技能は持っておらんのかね?」

「むー……やっぱり技能がないとまともに振れないものなのかな」


 見よう見まね。アイシャは体術こそギルドカードのシステムに適合する前からその身に刻んでいたが、武器の扱いに関してはど素人である。そんなアイシャがサヤたちの戦ってる姿を見ていたとして、サヤたちの技能のサポートありきの動きなどトレースできるわけもなく、非常に不恰好な棒振りであった。


「じゃあ剣はナシ、だね」

「のうその剣わしに……」

「さすがに失敗作はひとにあげられないよ。私も職人としての誇りってのがあるからね」

「失敗作……残念じゃのぅ……」


 そんなアイシャは職人ではなくお昼寝人である。次にお昼寝人が取り出したのは、木の棒に釘がたくさん刺さっただけのものである。


「アイシャちゃんや、それは?」

「世紀末釘バット」

「世紀末? 釘バット?」

「これも失敗作っぽいんだけど、名前だけはあっさり決まったんだよね、不思議」


 世紀末シリーズはとあるモヒカンに帰結しがちだが、そのモヒカンには実用的な戦斧を渡しているためこちらはストレージの肥やしとなっていた一品だ。


「じゃあいくよっ!」

「だからタイミングぅっ!」


 剣神と釘バットの造りを眺めていたアイシャは振り向きざまに声をかけながら釘バットを振り抜く。


 コージアの外殻を覆う、ぷにさんの由来であるフクロウミウシの外皮をつんつんつつくルミをあしらっていたコージアもどうにか不意打ち気味の釘バットに合わせてガードする。


 速くも力強くもないアイシャの釘バットは、コージアの腕に当たると同時に小さな爆発を引き起こした。


「むっ、つぅぅ」

「──効いた?」

「効かねえっ! 全然効かねえっ!」

「……少し効いた、と」

「アイシャちゃんや、ちょっと見せてごらん」


 コージアの反応からして多少はダメージが通ったのかと思われる釘バットの爆発。その現象自体はコージアと剣神を驚かせたが、さほどに威力があるようにも思えない。


 それでも剣神が気にしたのは、釘バットではなくアイシャの手である。


「少し焼けてるのぅ」

「完全な失敗作だね」

「のう、その釘バットをわしに──」

「失敗作はドボンで!」

「失敗作……」

「ちょっと休憩はさんでいい?」

「休憩するならこの精霊も連れてけ……ったく」


 剣神の見立てでは釘バットは使用者から魔力を引き出し相手にぶつけて炸裂させていた。アイシャは釘バットに少ない魔力を吸われたために、手元を守る魔力が不足して自傷してしまったが、そういった武器をこの世界では魔剣と呼ぶ。


 釘バットの特徴は剣神がサヤの振る剣に見たものと同じで、それらよりもずっと自重していないのが剣神が持つ魔剣“龍爪”であり、魔力を電撃に変換して使うことができる。そんな剣神の魔剣はダンジョン地下階層の攻略で手にしたアーティファクトであるのだから、アイシャの気まぐれ作成武器を比べてどうこうというものでもない。


「はあ……魔力が足りないってのは本当だね。さてさて、ルミちゃんが言い出したことではあるけど、確かに身を守るための武器は必要なのかも」


 剣は振れないし、釘バットは疲れる上に怪我までする。弓などは魔力があれば国軍の魔導弓は扱えたが無ければどうにもならない。魔術などはなおさらである。


「技能をとってみる……?」


 これまでは積極的に戦闘系の技能を取るつもりも無かったアイシャだが、自衛すらできないとなると考えを変える必要があるかとギルドカードを取り出して見る。


「取った技能はこれだけで……あれ? ん、あれ?」


 アイシャはギルドカードにも自身のアミュレット“偽りの正義”による偽装をかけていて、新しく取る分にはいいとしても既に取った分を確認する時には偽装を解かないと自分でも確認が出来ない。それを知らない頃のアイシャは自分が本当にステータスオール最低の弱者だとさえ信じて焦っていた。


「ちょ、ちょっとお昼寝するからっ! 少しだけ待ってて!」

「ほっほ、そういうことならわしらも休憩するかの」

「だってよ、精霊」

「……珍しいわね、ママがお昼寝するのに断りを入れるなんて」


 コージアの頭の上でトランポリンのように弾力を楽しむルミも少し引っかかるようではあったが、そんな日もあるかと気にせず引き続きトランポリンを楽しむことにした。





「なんで、なんで──」


 ベンチから離れ、わざわざ天蓋付きベッドまで出して、レースのカーテンを閉め切った中でアイシャはギルドカードを手に震えている。


「“ザ・ドリーマー”も書いてないし使えないし、なにより──“夢幻の住人”が、ない。ずっと一緒だったのに」


 そこにはアイシャの誰にも秘匿していたサブ職業とも言える記述があり、アイシャの半身の存在を示していたはずである。


「皐月ちゃんはっ──」


 誠司ではないもう半分の構成要素である皐月を、アイシャは自分の中に感じることが出来なかった。




〜あとがき劇場〜


「そもそも世紀末って日本でさえ過ぎた概念だよね」

「さ、皐月ちゃん……家出したのにさらっと出てきちゃってどうするの⁉︎」

「家出って……確かに私の帰る場所はいつだってアイシャちゃんのココなんだけど、お出かけしないってこともないよね」

「そうやって私の胸をツンツンするなら寂しい平屋一戸建てを増築してくれてもいいんだよ? もっといえば高い高いタワマンにしても」

「そこは遺伝子に言ってよねー。で、その世紀末なんてのは世代問わず心くすぐられる単語でベイルさんの姿がまあ、アレだからなんだよね」

「言わずもがなってこと? じゃあさ、この世紀末チェーンってのは?」

「そりゃあ体に巻きつけるアクセサリーだよ」

「こんなゴツいアクセサリーがあってたまるモノですか!」

「アイシャちゃんが作ったくせに……」

「じゃあこの世紀末ナイフは?」

「ひゃっはーって言いながら相手を挑発するための小道具だよ。その直後に爆散するけど」

「爆破属性付きのナイフ……ごくり」

「ううん、爆散するのは自分の頭ね」

「今の世界よりもよっぽどバイオレンス! ねえっ、私たちが生きてた日本ってどんな国なの⁉︎」

「戦争に明け暮れた世界は一度崩壊してしまって一時期は武力に支配されていたけど、そのあと奇跡の復興を遂げてからは人型の巨大な機械や、巨大な人造人間が怪獣と戦ったりしたけど、結局世界はひとりの青年に全ての罪を押し付けて悪者にして平和を手に入れたのよ」

「まったく想像が出来ない……」

「んふふ、そして私たちが生きた時代は、一転して刀で戦い愛を語らったり、ギターで人々を感動させるヒーローになったり、恋と策謀が国の一大事になってキュンキュンしたりっていう──」

「あああっ、私ってほんとにそんなカオスな世界に……っ⁉︎」

「アイシャちゃんかーわいーいー」

「……遊んだね?」

「だって反応が面白いから」

「むー」

「前の世界のことを話したって、今どうすることも出来ないんだし。私たちの人生を、これからのふたりの人生を楽しもうよ」

「そう、だね。うん、私たちの人生を」

「ちなみにアイシャちゃんが手に持ってるその世紀末ジャケットは怒りとともに細切れにちぎれ飛ぶけど、気が付けば元通りってものなんだよ」

「──やっぱり前の世界こわいっ!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
主人公ちゃんの魔力は戻るのか⁈ドキドキっと読み進めたら、今度は皐月ちゃんまでいなくなって、ふんだりけったり
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ