おおきな鶏
「フシューッ」
アイシャの前髪が風に舞い上がる。
くさい匂いに思わず鼻をつまんだアイシャは目の前にいるのがこの世界の鶏なのかなと疑問に思う。鶏にしてはデカすぎる。地這鳥を捕まえたあの罠では頭すら入らないだろう大きさ。
「コココココ……」
鳴くというよりは喉を鳴らしたような音。分厚い膜を痙攣させて出しているような音は、それだけで音波の衝撃を聞くものの耳に伝える。
(やっぱり鶏? それにしては大きいしウロコみたいなのもついているし。何よりしっぽが可愛くない。何でヘビなのさ)
大きな身体は大量の羽根に包まれて盛り上がっており、強靭そうな脚は掴まれたらそのまま千切られそうな見た目をしている。
目は血走り立派なトサカのついた頭を支えているのは太い首だ。その表面には爬虫類のようなウロコがびっしりと生えている。おそらくは豊富な羽根の下にある皮膚にまで満遍なく広がっているであろうウロコは焚き火の炎に照らされ暗い緑色に輝いている。
そしてそのウロコの由来かと思われる極太のヘビがさながらしっぽのように鶏のケツから出てうねうねと蠢き、舌を出し入れしながら睨みつけるヘビの頭と目はアイシャをしっかりととらえている。
「あなたお尻にヘビが刺さっているよ」
アイシャの先制は特に何も意識していないただの言葉で、言われて心なしか怒りに震えるような鶏は羽を広げて威嚇している。
「“ディルア”」
唱えればパジャマの上からアイシャの腕と脚に鎧が装着される。相手が魔物であるならば戦いになるのは必至。実戦での使用は既に銀狐で済ませてある。
鶏はアイシャ目掛けて太い首を伸ばし、近づけた口から臭い息を吐き出す。少し体が強張るような感覚を覚えたアイシャは不快さを隠さない表情で軽めのジャブをクチバシの横を狙って打ち出すと、鶏はさっと首を上げてかわし、得意げな顔で喉を鳴らす。
「あなた普段何を食べてるの? 口の中がうんこの臭いじゃない」
アイシャの攻撃をかわし、今度は高い位置から息を吐き出す鶏の頭に、アイシャは素早く跳んで高さを稼いだ回し蹴りを容赦なく喰らわせる。
「──こんな夜中に嫌がらせにもほどがあるよ」
狙いを違わない蹴りの威力はオーバーキルだったようで、頭ごとその太く固そうな首を一撃で折っていた。
誰にも見られてはいない。あの鶏がどれほどのものかは知らないが戦えないお昼寝士は戦えることを知られるわけにはいかない。もちろん後始末もすぐさまに行なわれなければならないのだ。
魔物の始末方法なんて“捧げる”と声にすれば跡形もなく消え去るのだが、地這鳥を狩りにきた理由も考慮すると問答無用に消し去るのは勿体ない。だからアイシャは木の枝で地面に大きな円を書いてみせた。すると、それはいつも腕で描く円と同じにストレージの入り口となった。
「やっぱり。いける気がしたんだよねー」
地這鳥の時に苦労したアイシャが、「もしかしたらいけるんじゃね?」と思った方法だが、その予想は正解だったようだ。
アイシャはそのまま鶏を蹴っ飛ばしてストレージに収納した。
朝を迎えてみんなが起きてくる。焚き火は消えることなくそこにあり、ぬいぐるみを抱えてうつらうつらとしているだけのアイシャは一応役目を果たしたと言えるだろう。
サヤたちが「おはよう、お疲れ様」とアイシャを労ってくれる。
これで今回の地這鳥捕獲作戦は終わりとなりアイシャの新しいお布団計画は滞りなく決行出来そうである。
「そういえばマケリさん」
「うん? なにアイシャちゃん、ぬいぐるみくれるの?」
マケリは相当にぬいぐるみが気に入ったようだがアイシャの用事は違う。
「ぬいぐるみはあげないけど、おっきくて白くて赤いトサカがあってしっぽがヘビな鳥って知ってる?」
アイシャは昨日の夜の来訪者を思い出しながら特徴を伝えて聞いてみた。
「それってコカトリスよね。この辺の未確認の魔物の……なんで知ってるの?」
「あ、そうなんだ。えっと……昨夜の見張りの時に遠くで……ほんっとーに遠くで見かけた気がしたからなんとなく、かな?」
アイシャはちょっと嫌な予感がしたので、それも倒してストレージに入れたとは言わずに見かけたと伝えておくにとどめた。
それから3日間、コカトリス捜索隊にアイシャが組み込まれて森をさんざん歩かされたのはまた別のお話だ。