くまさんと野営
「呪い……人形?」
その普通じゃないジャンルにサヤは眉をひそめる。
「じゃなかった。“魔除けぬいぐるみ森のくまさん”だよ」
「なんだか無理矢理変えなかった?」
フレッチャはアイシャの僅かな動揺も見逃していない。弓術士は観察眼も鍛えられている。
「まあ、名前はともかくとして、何だか可愛いじゃないこれ」
キルティング生地で作られたベージュのくまは触ると中身がしっかりと詰まっていそうなのに柔らかく、優しくつまんだマケリの指が沈むほどだ。
「はあ〜これは抱っこしていたくなる柔らかさだわ」
絶賛するマケリにアイシャは気を良くしてそれを渡してあげる。自然と抱きつき離れなくなるマケリの姿に、それが“呪い人形”などという魔除けとはとても思えない。
「でもアイシャちゃん、これのどこが魔除けなの?」
意識して“呪い”というワードを避けたサヤ。
「お昼寝士の技能で作ったから細かい材料はわからないけど、魔物や虫とか害獣なんかも遠ざけてくれるみたい」
「なるほど! それで虫がいなくなったのね。納得したよ」
素直なフレッチャはありがとうと感謝している。
「アイシャちゃん。お昼寝士のアイシャちゃん。それって本当ならどんなにすごいぬいぐるみか分かってる?」
抱いて離さないマケリはそのぬいぐるみをマジマジと見ながらアイシャを諭すようにして聞く。そうしながら、何故かアイシャからは見えないように抱え込んで後ろを向くマケリはぎりぎり顔だけアイシャの方を向いている。
「あげないよ? それは私専用だからね」
「売って。欲しいのこれが」
性能がどうとかよりも、ぬいぐるみとしても気に入っているマケリは御託を並べるのをやめて素直におねだりすることにしたようだ。
「じゃあ見張りはフレッチャ、サヤ、私、アイシャの順番ね」
魔除けのお香がある前提でも、その効果の分からないぬいぐるみが追加されたとしても、予定されていた見張りは無くならない。
焚き火の番をしながら見張りをする人はぬいぐるみのくまさんを抱きかかえる権利が与えられる。
「アイシャちゃん。交代だよ」
すっかり熟睡していたアイシャだがマケリの呼びかけにすっと起きる。
「意外と寝覚めはいいのね」
「まあ、お昼寝士ですから?」
真面目な顔で返されてもよく分からない理由だ。何かしらのポリシーでもあるのだろうか。
アイシャはマケリと交代してひとりになると「ちょっと冷えるなぁ」と寒さも防いでくれる着ぐるみパジャマに着替えて、少ししてから焚き火のそばを離れる。
キョロキョロと辺りを見回してアイシャがしゃがんでするのはただのおしっこだ。寝ていればずっと我慢出来たのであろうが、起きて外に出たら途端にしたくなって茂みに隠れるようにして用を足す。明かりの届くここはまだ見張りをしていると言えなくもない場所。
「めっちゃ黄色い」
そんなところで誰も起きていないからこそのどうでもいいひとり言だ。目で見た色か、はたまた溜まりに溜まったゆえの香りか。
アイシャが用を足して立ち上がると常時セットしている“寝ずの番”が警報を鳴らす。その方向はテントのあるのとは逆だがじわじわと近づいてきているのがわかる。マケリが起こしに来た時よりも明らかに害意のある存在を知らせる警報。
「私のおしっこに釣られたのかな? すると、やって来るのは……変態か⁉︎」
警報ではその正体までは分からないが、こんな夜の森でおしっこの匂いに釣られてくるとすればそれは少なくとも人間ではないのだろう。ひとりの時でさえ残念なアイシャだった。