初めての野営
アイシャは首をたたき折ってトドメをさした地這鳥をストレージに押し込んでいく。くの字に曲がってあらぬ方向を向いていたその首に関してはすでにストレージの中に押し込まれているために見ることはできない。
「あと少し……おしりがつっかえてる」
ダチョウのような見た目でその身体を綺麗な白色の羽根に包まれた鳥は、やはり首はともかくとして身体はアイシャの両手で描いた円よりも大きい。地面に開いたストレージの穴には鳥の胴体が羽を半分巻き込んだところで押しても引いても動かないなんてことになっている。
どう考えても入り口に対してサイズオーバーのそれと格闘するアイシャ。冷静に少しずつ周りから攻めていけば入りそうなものだが、アイシャひとりだけでは手が足りない。先刻の光景が衝撃すぎて、今の状況とともにマケリたちの脳が理解するのに必死だからである。
「こうなったらぁ! ジャンピングスープレックス!」
木に登り気合いを入れて飛び降り鳥のお尻に激突したアイシャは、しかし優しく包み込まれるような柔らかさの羽毛に埋もれるだけの結果となった。
「なんか色々と気になったことはあるけど、どうでもよくなったわ」
鳥のお尻に全身で埋もれたアイシャに呆れたマケリは手を広げて首を傾げる。誰も理解など出来ていないが、アイシャの一連の行動を眺めていて次にすべきことだけはわかった。
「アイシャちゃんだから。気にしてもダメだよ」
「私もそう思うことにしとこう」
もとから不思議でアホなところのある幼馴染は適性まで謎だったのだ。サヤはすでにそう思う事にしている。
その後無事に地這鳥を押し込んだアイシャたちは、目的の地這鳥を追加で一羽ストレージにぶち込んだ他にそれぞれスキルポイントに換算する獲物を仕留めて夜を迎えた。
「これが魔物除けのお香ね」
マケリは同行するにあたってサヤたちに野営の準備を徹底させていた。
マケリが野営一式を貸し出しではなくサヤたちの少ないお小遣いから敢えて出費させてでも揃えさせたのはひとえに彼女らの勉強のためである。
「不思議な匂いがするんですねぇ」
フレッチャは積極的に匂いを嗅ぐがそれが何の匂いなのかは皆目見当がつかない。記憶の中からいくつかの候補があがり、そのどれでもあるようで、どれとも確信が持てない不思議な匂いは、決して心地いいものでもない。
「それの配合が分かるなら商売に出来るよ。私たちも自分で作らないこともないけど売れる商品としてあるというのは、それだけ効果がきちんとしてるって事だからね」
「私たちも作れるんですか?」
「作れるよーサヤちゃんも。聖堂教育で外に出て実習するのは最後の年だけど、その同じ年には習うはずだから」
その後もそれぞれにテントを張ったり焚き火を起こしたりと4人で協力して野営の準備が整った。
「本当に魔物が出てこなくなりましたね。気のせいか虫もよってこなくなったような」
苦手なのだろうか、ずっと耳の辺りをばたばたとはたいていたフレッチャがその変化に気づく。
「えー? それは気のせいよ。お香は魔物が持つ魔力の波長に影響を与えるって聞くからね。だからこれでも野生動物は来るかも知れないから見張りはいるし」
気のせいと言うマケリに「おかしいなぁ」と呟くフレッチャ。
「ねえ……アイシャちゃん。それ、なに?」
サヤが指差して聞いたのは、いつの間にかアイシャが抱きかかえていたぬいぐるみ。かかえるには不釣り合いにアイシャよりでかいそれはデフォルメされた茶色のクマのそれだが、この世界では見慣れないもの。
「呪い人形のカーズくんだよ」
アイシャはぬいぐるみの手をあげて裏声で自己紹介した。