無血捕獲
「準備はしてきたから!」
ここまでたいして興味ない狐との戦闘には参加せずひとり遊んでいたアイシャだが別に当てにされず放置されていたわけではない。きっとそのはずだ。
最初から地這鳥を捕獲するのは任せてと言っていたアイシャ。剣や弓矢でせっかくの羽毛が血で汚れるのは嫌だと捕獲キットを用意してやって来ていた。
「それでアイシャちゃん、あれがそうなのよね?」
マケリはアイシャの仕掛けた罠がそれなのか確認せずにはいられない。ただの獣だってそれなりの身体能力を有しており、しっかりと魔物に分類される地這鳥を仕留めるなら実力行使が基本で、生け捕りにする気ならかなり大掛かりなものになると予想していた。
「鳥を捕まえるなら昔からこれでしょ」
「えぇ〜、初めて見たよ」
「私も」
アイシャの昔(前世)は仲良しのふたりからの共感も得られない。野生らしく辺りを気にしながらアイシャの罠に近寄る魔物は長い首を低くして警戒を怠らない。その視線が罠として仕掛けた餌に釘付けになり、平たいクチバシが開く。
「きたよ。本当にエサを食べてる。それで……本当に捕獲できるのよね?」
「これは少しだけ想定外かも。でもとりあえずやるね」
地這鳥の思いがけない姿にアイシャは戸惑ったが、それでももしかしたら上手く行くかも知れない。そんな一縷の望みを託してアイシャは手にした紐を引っ張る。
紐は罠のところにまで伸びており、カタンっと支えにしていた棒は外れて、地這鳥が頭を突っ込んで罠のエサを食べていた所にカゴが被さる。ご丁寧に木の皮を交互に編み込んだ風情あるカゴは、しかしアイシャの想定していた結果にはならなかった。
「クェェェェ‼︎」
見た目は真っ白のダチョウのような大きな鳥が、鶏や鴨を想定したカゴに収まるわけもなく、突然視界をふさがれてパニックになった地這鳥は目隠しされたままに辺りを駆け巡る。
「いや、これが地這鳥はおかしいよ。どちらかと言うと“駆”が当てられているべきだよ」
「何か思ってたのと違ったみたいだけど、どうする? 私が行って仕留めようか?」
ぶつぶつと文句を呟いているアイシャにマケリは短剣をちらつかせて尋ねる。罠での生け捕りは一見して失敗かのように見えるが、マケリに頼めば出血は免れない。森を駆け回る魔物は頭を振り乱してカゴの呪縛から逃れようとしているが。
「もう少し待っててもう少し……ほら、うまくいった」
「えぇ……」
一縷の望みにかけて見守る選択を取ったアイシャ。その脚力に自信のありそうな地這鳥は目隠しされた状態でがむしゃらに走り回ったはせいで、思い切り森の木々にぶつかり昏倒した。
「狙ってやって……ないわね、さすがに」
「いや、狙い通りだよ?」
しかし目を逸らして声も上ずった挙動不審なアイシャのその言葉はマケリを信じさせるにはいささか信憑性が足りなかった。
「あとはこれをどうするかよね」
マケリの短剣もサヤとフレッチャの武器も血が出る。それは困ると力説していたアイシャの要望を叶えるには、とマケリが思案する隣をアイシャが素通りして地這鳥に近寄る。
「目が覚めるかも。危ないわよ」
「んっ、と!」
心配するマケリには構わずアイシャは地這鳥の首に手をかけると、ゴキャッというなんだか嫌な音をさせて捻ってから、念押しに手に持ったしっぽ特殊警棒を首に思い切り叩きつけていた。