たまには狐じゃないのもいいのではないか
いつもと変わらない午後のお昼寝館ではここの主人がいつもとは違って地図を眺めて思案顔だ。
「いつもの森を抜けた先に地這鳥ってのがいるのね」
それは先日の職業体験でギルドに行った時に諸々の説明と案内で貰った資料のひとつ。アイシャ達の住むシャハルの街周辺の魔物の生息域が記されてある地図だ。
アイシャ含めて戦闘職志望の子どもらには一律で渡されるこれは、まだ実力の伴わないうちに子どもたちが誤って強力な魔物のいる所に足を踏み入れないようにとの配慮である。
魔物の横にはランクが記されていて、ステータスと同様にA〜Eの段階表記がされている。ただしAとBは魔物というより特定の地点についた印にだけあるようだ。
「この未確認てのはなんだろ」
地図上にいくつか見られる未確認の文字。これは目撃証言こそあったが、のちの確認業務においてその裏付けが取れなかったものだ。
それには見間違いや勘違い、巣を変えたとか既に討伐されたなどの理由があるが、基本的には分からないものには近寄らないと判断するように教えられもする。
「地這鳥の羽毛はそこそこらしいけど、その近くにも未確認があるんだよなぁ」
銀狐ふかふかお布団はサヤの目が怖いから再作成はしていない。その代わりの羽毛布団になる素材が欲しいアイシャだけど、店で買うと相当高い。お小遣いなどでは到底足りないし、ストックには銀狐ばかりで小銭稼ぎのつもりで流通させたらどうなるか……考えただけでも面倒極まりないことになるのは間違いないというわけで現物の調達を考えている。
「お昼寝ライフに快適な布団は絶対。だけどそのために面倒を呼び込んで寝れなくなったら本末転倒じゃない」
レア素材で大儲けとかそういうのよりはお昼寝が出来るかどうかが重要なアイシャ。変な人たちに絡まれるなんてのはアイシャの中の『彼女』も全力で拒否している。
「まあ、羽毛のためだから仕方ない。未確認は気になるけど、どうせもう居ないやつでしょう」
週末のお出かけ先はバードハントをすることに決めたアイシャ。そのためには磨き上げたワザを誰にも見られることなく繰り出し、仕留めて帰るスケジュールを立てなければならない、そのはずであったが……。
「鳥なら弓矢の出番ではないかい⁉︎」
「うわぁぁっ⁉︎ どっから湧いてきたぁっ⁉︎」
「失礼ね。アイシャのお布団目掛けてちゃんと真っ直ぐに走ってきたよ。隠れてなどもないし足音を少し消しただけ。あとは存在も希薄にしてみたけども」
いきなり現れたフレッチャが背中から腕を回して話しかけてきたことに、アイシャは本気でびっくりした。至近距離にまで近づかれて気づかなかったこともそうだが、フレッチャの距離の詰め方がおかしい。
だがそれ以前にもっと狭く近い距離にまで詰め寄ったのが先日のお昼寝もとい添い寝イベントだったのだから今さらである。
「私の好意はちっとも隠す気もないけどね」
便利な警報システムも純粋な好意に対しては無力らしい。好きという想いのみがアイシャにサプライズを仕掛けられるのだろうか。幼馴染のサヤに対しては万能の“寝ずの番”でさえ不発に終わることも少なくない。
「ところで私のお布団はどこ?」
「フレッチャちゃんのじゃないしあのお布団は今はないよ」
「そんな……それじゃあここには何の価値があるというの?」
「そこまでガッカリされても困るよ」
フレッチャは大げさに地面にへたり込んで死にそうな顔で空を仰いだ。上を見て、変な顔をしている。
アイシャがつられて見上げると、晴れ渡る空……の、そのずいぶん手前の東屋の屋根の内側に忍者の如く張り付いて「話は全て聞かせてもらったわ」と言っているサヤと目が合った。