狙われるお昼寝館
穏やかな春の陽気が眠気を誘う。
アイシャもアイシャの中の『彼女』もこんな日はお昼寝だと満場一致で鍛錬もせずにベッドの中だ。2人で満場一致というのもおかしいが『彼女ら』の一致ぶりはそれほどで、脳内にはクラッカーの花火が咲き乱れていた。
「これなのよ、これなのよねぇ」
そうして夢の中に深くダイブしたアイシャの布団をまさぐる人物にアイシャは気づかない。
セットしてある“寝ずの番”さえ鳴らないのは、この相手がアイシャが頑張ってる姿など見られれば進路が不都合なことになりそうな大人たちや、クレールやアルスといった何するか分からない、そんな危険人物ではないからだ。
「……だれ?」
布団越しに身体までまさぐられればアイシャとて目が覚める。この相手が男子であれば警報はけたたましくなるだろうから、この手の主が女子だということは分かっている。そのうえサヤであればアイシャに触れる手に遠慮もなく、それどころか布団に潜り込んで添い寝しそうなものだからアイシャには心当たりのない女の子ということになる。
「あ、アイシャ……ちゃん。ごめんなさい、起こしちゃった?」
そう言いながらも布団越しにアイシャの腰から足先までを往復する手は止まらない。
「フレッチャちゃん?」
「ん……うん」
ばっちりと目が合い、少し気まずそうにするフレッチャではあるが、その手は布団とアイシャをまとめてなでなでとしている。
「いやー、このあいだのお布団が気になってつい抜け出して来ちゃったの」
長い藍色の髪をポニーテールにしたフレッチャはその手に弓を抱えている。なんでも手を滑らせて矢を明後日の方向に飛ばしてしまったらしく、フレッチャはそれを探しに来たらしい。
もちろん自白した通りにわざと行われたことであり、とんでもない嘘つきである。
「でも本当に寝てるんだねぇ。確かに今日は気持ち良さそうだけど」
シャハルの街は冬だって雪が降って凍えるなんてほどには寒くならないが、やはり春先にかけてのこの時期はほどよい気候でポカポカ気持ちのいいものだ。
「お昼寝士だからね」
突然の来客にも布団から出る事なく横になったままの対応はさすがお昼寝士といったところ。相手が知り合いであったことに安堵し、まどろむ意識にアイシャの中で幸福度メーターが上昇していつでも寝られるコンディションとなる。
フレッチャはアイシャの様子に構わず会話を続けながら布団を撫でてボディラインをなぞってとしている。穏やかな陽気もいいが、まだ肌寒さの残る時期の人肌の温もりもいい。
「さぞかし──気持ちいいんだろうね」
すでにフレッチャの両腕までは布団の中に入ってきている。布団の柔らかさも温もりも確かめたその手は、アイシャの着ているパジャマを見つけてさらに撫で回している。
「もちろん最高の寝心地だよ」
銀ぎつね着ぐるみパジャマも含めてアイシャはもちろん、その中の『彼女』も納得の寝心地。素肌に触れるものの手触りが滑らかで柔らかく優しいものであればあるほどに幸せは増大していく。
着るものも、包み込むものも最高なお昼寝だが、それとは別の欲求が『彼女』から出ていることにアイシャは気づいていない。
そしてこの時こそアイシャのお昼寝士の新しい技能の目覚めの時でもあったが、アイシャがそれを知るのはまだまだ先のこと。まだいまの段階で知られるとまずいかもと思った『彼女』がひた隠しに隠したためである。