それは今のところ手段でしかない
「これ全部ガラスだぁ……」
フェルパは吊られたシャンデリアをまじまじと見つめて感心している。
「これが吹きガラス体験で解放されたお昼寝士の技能だなんて訳が分からないのです」
ぬいぐるみなどとは違い、ベッドの中に持って入るわけにもいかない。
「同じカットがなされたガラスたちが……揺れて光るんだな」
日の光を受けてキラキラと輝くシャンデリア。しかし今のところ燭台には灯火となるものは無い。
「ここには蝋燭?」
マイムからすればそれはあり得ない。何故ならアイシャの魔術の結晶たるこれがその光をただの火に依存するとは思えないから。
「光源にはこれを使うんだ」
アイシャは別口でストレージから取り出したガラス細工を燭台に載せていく。合計24個のそれはアイシャが手をかざすと黄色く光り始めた。
「……魔道具だね」
「うん。エルフのとこで買ったやつ(ということにしておこう)」
アイシャが再度手をかざせば光は色を濃くしてオレンジ色になる。
「実のところお昼寝士のツリーってもう全部取っちゃってたんだよね」
聖堂教育のうちに初級職の技能を全て取得する子どもは珍しくはない。サヤたちも「そうなんだ」と聞いているが、アイシャの場合はその他ステータスアップ系のものも含めて全てを取得している。普通はそこまでのスキルポイントを稼ぐことなど出来はしないのに。
そんなことを知られれば静かに説明なども出来ないが、アイシャと他のメンバーとの認識のすれ違いから誰も気付くことはない。
「で、昨日やったガラスのでツリーの枝が増えてたんだよ」
伸びた枝の先には技能の実がひとつぶら下がっていて、それを取れば付随して専用の灯火の魔道具“ガラスキャンドル作成”まで増えていた。
「──もし私がガラス職人のツリーで技能を取得していったら、剣士のツリーに変化があったりするかな?」
「あたしは試しにひとつ取ってみたけど魔術士のツリーにはなにもない」
サヤの疑問にマイムが答える。
「うへぁ……必要ポイント高いのによく取ったね」
ついフェルパも変な声を出してしまうマイムの行動。
「1番初めの技能はまだ少なめで済む。“ガラス磨き”って技能だけど、これでアイシャちゃんと一緒に遊ぶ」
シャンデリアの飾りを磨いて輝きを増してみせたマイムはアイシャに「褒めて」と迫って頭を撫でてもらっている。
「うぅっ……わた、私も……」
「やめとけ、サヤ。私たちは別に磨かなければならない物を知ったはずだよ」
危うく流されそうになるサヤをフレッチャが引き留める。磨くべきはガラスではなく己の技量。
マイムなどは何気に普段から研鑽に余念がない。その分こういった余暇でこころの拠り所にべったりとするのだ。だからこそアイシャの技能に事あるごとに興味を示して、お昼寝士が魔術士寄りであるならもしかしたらと率先して技能の実験を行った。
「物理と魔術のどちらの戦闘職にも影響はなさそうなのです? だとすると生産職は──」
カチュワの呟きはみんなの呟き。自然とその視線はフェルパに集まる。
「あ、あのっ……ごめんなさい、ポイントが足りなくて取れてない……」
「いや、いいんだよ。それより本人としてはどう思ってるんだ?」
モジモジと申し訳なさそうにするフェルパを優しくフォローするフレッチャはアイシャ自身がどう見ているのかを聞きたい。
「もちろん謎のままだよ。上級職のツリー? ってのも出てないんだから、今のところは他のツリーを進めることで可能性を広げられるのかなって思っただけ」
サヤたちはみんな一般的に知られている普通の適性で職業である。アイシャのように技能を取り尽くしているなら既にギルドカードには上級職のツリーが表示されていて、聖堂教育を終えたあとにギルドでアンロックするのを待つのみだ。
謎適性のアホな同級生も実はその辺りちゃんと考えていたりするのだなと思う一同だが、そうすると現実的な壁にも気づく。
「それを突き詰めるにはスキルポイントがいくらあっても足りなくないか?」
やっとの思いで呼吸を整えたハルバが指摘する。適性は変えられず職業はギルドで認められれば変えられるがそれにも審査がちゃんとある。ギルドカードに記されている職業以外のツリーからの取得には多くのポイントが必要なはずだ。
「それももちろん“考えて”あるよ」
サヤやハルバたちのような戦闘職にとってスキルポイント稼ぎは魔物の乱獲が1番に思い浮かぶが、フェルパのような生産職ならそうではない。アイシャの返事にフェルパは「なるほど」と納得する。
「あ、人が……」
ひと気の無くなったタイミングを見計らってシャンデリアを作った後には買い物客の流れが再び現れる。そんな人たちが見慣れないシャンデリアを屋外に見つけて興味を示すのは必然。
「お嬢ちゃんたちはこのお店の?」
「シャハルの街から来ました。“ギルド公認”でこちらの販売を──」
流通の盛んなこの街にはあらゆる身分の人たちが、その関係者が訪れている。子どもたちだけの店番とはいえ、ギルド公認というのであれば他者の目もあるし無体を働く者などいない。普段とは装いの違うアイシャの応対にサヤたちも背筋を伸ばす。
「こほん……これは、いくらなのかな?」
そんな客の中には高価なものや珍しいものに大枚をはたくものも少なくはない。そんな好事家たちの争い、つまりオークション形式の金額の吊り上げ合いは喫茶“ララバイ”で経験済みだ。
「値段はつけておりません──この価値に見合う金額を提示頂ければ、と」
ただそれだけ答えたアイシャがすっと手をかざせば灯火の色が七色を順繰りに変化させていく照明はどう見積もっても普通の家庭には似つかわしくない代物。
商いとして許可を得た以上は売り上げの報告も必要となる。この日の単品での売り上げ金額において、群を抜いてこの街1番を記録した売値は危うくサヤたちが腰を抜かしそうなもので、アイシャの“考え”というものが何なのかなどと聞く必要はなかったという。