欲望の森
ベイルたちがコソコソひそひそしているうちに銀狐はとうとうベッドに飛び乗り布団をカリカリしだした。
「アイシャちゃんがっ!」
アイシャの危機に一目散に駆け出したサヤはベッドの上の銀狐を剣の腹で叩いて弾き飛ばす。
斬りつけてベッドを汚さないための措置だが、音もなく迫ってきたサヤの一撃に驚き着地に失敗した銀狐はそのまま振り下ろされたサヤの剣で命を落とした。
「首を一撃か。狙ってやったかどうかは別として見事なものだ」
ベイルはその結果に満足そうに頷く。彼らは子どもたちに仕事を体験させる職員。必要であれば身を引き、出来ることはやらせて、結果を褒めもすれば物申しもするが、その成果を横取りなど──。
「ねえ、サヤちゃん。これ譲ってよぉ」
「マケリ、やめないか。体験の子どもが仕留めた獲物をねだるなんてのは」
「ぐすっ…」
むしろ価値を知っているだけに、この時だけは職員も大人なだけではいられないようである。
「それにしてもまだ寝てるのかあの嬢ちゃんは」
布団の中に引っ込んだアイシャはもはや頭も見えない。ベッドに飛び乗った銀狐の重みも爪の感触もあったであろうに、囮の少女は深い夢の中らしい。
もともと強力な魔物とはいえない銀狐だ。いまのやり取りにも気づかずに囮が寝たままであるなら、と。
「ねえ、もしかしてこのままにしておけばまた来るんじゃない?」
マケリは思いついたように言う。多分に願望が含まれているであろうが、無言のままに頷く数は人数と同じだけあり、意見はみな一致した。
5人はそれぞれにある程度バラけて様子を伺う。大人がなかったマケリだけでなくベイルもその気である。
お互いに位置を確認できるようにしてベッドを囲むのは、誰かが仕留め損なってもカバーにはいれるようにだ。ちなみにサヤは銀狐を素材として持ち帰るために手元に置いてある。
1人1頭。ここでの目標はそう変えられて、ベッドを汚さない、アイシャを危険に晒さないというのもルールに加えられた。それなのに魔物がよじ登りベッドでカリカリするまではOKらしい。
フレッチャの弓矢が外す。ハルバの槍が仕留めて2頭目。
ベイルの斧が難なく両断して3頭目、マケリの短剣が4頭目を仕留めて、フレッチャの弓矢がリベンジを当てて5頭目。
そうして全員が仕留めたところでみんながベッドに集まる。さんざん囮に使われたアイシャはまだ布団の中だ。
「なあ、俺たちこのまま狩り続ければひと財産築けるんじゃないか?」
槍のハルバは少し欲が出てきたみたいだ。
「そうねぇ。鎧が作れるくらいに狩れるかもしれない。じゅるり」
引率のマケリは欲望に忠実すぎる。
「ねえ、アイシャちゃんはどう?」
サヤだけがアイシャの意見を問う。さすがの幼馴染もずっと寝てるわけもないと、その布団に手をかけサヤは中を覗いた。
サヤがめくった布団の中には「私はおとり〜ただのおとり〜ここへは何をしにきたのか〜」とひとり淋しく小声で歌うアイシャがいた。恐らくは仕方なくやってきて、どうにかお昼寝にこぎつけただけであろうアイシャだったが、どうやらそれでも思うところはあったようである。
そして今アイシャは全てをストレージにしまい、地べたに三角座りして枕に顔を埋めるばかりだ。落ち込んでいるのか、非情な仲間を呪っているのか、ぶつくさと何か聞こえてくるようだが、サヤとしてはやはり気になることがあった。
「ねえ、アイシャちゃん。さっきの布団の生地って──」
「私は! もう帰ってもいいと! 思うの!」
「ねえアイ──」
「今日の成果は充分だと思うひとっ! はぁいっ!」
目が血走った囮が壊れそうだと不安に駆られた引率によって初めての職場体験は終わりを告げた。
「ねえ、冒険者ギルドはどうだった?」
「なんか思ってたのと違った……」
翌日の食堂でのサヤの問いかけにアイシャはただひとこと、そう答えた。