救いの翼
サヤの剣をアイラが取り損ねた頃、その不測の事態は起きていた。一度に射てる魔弓の回数をうち切ったはずのフレッチャがマイムに支えられて立ち上がり、どうにか弓を引き絞りその全てを一本の矢に賭ける。
マイムのガッチリホールドはなぜか服の裾をめくれ上がらせて直に胸の辺りを掴んでいるのだが、それが魔力を渡すのに最高効率だと言われればフレッチャもこの状況で文句はない。
「幻の、6射目だっ」
マイムはマナドレインを得意とし、その応用で少しだけなら他人に分けることも出来る。アイシャと密着して行うマナドレインほどの効率なども出せないわずかな譲渡ではあるが、フレッチャの残りの魔力と合わせて1発だけなら魔弓が撃てると判断した幻の一矢。
それは大気を震わせ、真っ直ぐにフエラの眉間を撃ち抜く軌道。二足歩行の大きな鳥の魔物を確実に葬るつもりの一撃。
「んなっ⁉︎」
「おおっ」
驚愕するフレッチャとサーカスを見る子どものように喜ぶマイム。
サヤの一撃にのけぞり、大げさに弾き飛んだアイラが、間一髪で矢を手づかみにして体ごと捻り落ち、地面に突き立てる。
「なんとっ!」
地面に突き立った矢はその場をいくらか陥没させて放射状に亀裂を走らせた。剣神もその魔弓に込められた魔力を視てはいたものの、それが引き起こす衝撃を観察できたのはこれが初めてで、予想以上の威力に素直な驚嘆の声をあげる。
守りの無くなった自分に真っ直ぐ向かってきた矢に驚き失神したフェルパはそのまま地に臥したアイシャの上に倒れ込む。
「パージ」
アイシャの“パジャマ作成”で作られたウラ着ぐるみパジャマは2人とも羽毛と羽根と内側の謎素材に分かれて弾け飛び、ついでとアイシャが巻き起こした風で土埃までもが舞い上がる。
そんな爆心地にまだ土埃が残る中、歩きよったのは剣神であるおじい。その足元には、普段着のアイシャとフェルパが仲良く転がっている。
「──なんとも、見事なものよ」
「ああっ……アイシャちゃんっ!」
土埃が晴れてその姿が見えたところでアイシャ大好きサヤが駆け寄り、カチュワがマイムが、みんなが駆け寄る。
「サヤの一撃がアイラという魔族を追い詰め、フレッチャの魔弓がフエラという魔族ともどもその衝撃で仕留めた。それだけじゃない、みなの諦めない姿勢がわしらを、人間族を勝利に導いたのじゃっ!」
大きな勝どきの声が朝の武道館にこだまする。
「アイシャちゃんも、フェルパちゃんも……生きているよぉ、良かったあぁ」
痛いほどに抱きしめられるアイシャは意識もちゃんとあってどこで目を覚そうかとタイミングをはかっている。
今回の件は後日“魔族に食べられた2人は魔族を倒したことでそのお腹から救われた”という報告がギルドにあげられるが、報告者が剣神で直接バラダーに上げられたものだから公には辻褄の合うように加筆編集されることになる。
「いや、あの魔族のサイズとアイシャちゃんたちのサイズでそれはおかしいでしょ」
冷静なマイムのツッコミはこの場の誰にも届きはしない。
そんな歓喜に満ちた武道館に舞い降りるひとつの影──。
「正義の鳥、ウラちゃん参上です! 悪い魔族の鳥はどこですかっ?」
ズビシっと決めポーズはバッチリ。しかし完全にタイミングを失ったウラは既に鳥の姿をやめたアイシャとフェルパを見つけてあわあわしだす。
「またアイシャちゃんを狙ってきたのね!」
立ち上がり斬りつけようとするサヤももう限界で足をもつれさせて転んでしまう。
「えっと、じゃああたしがやっつけていいの?」
マイムが「えいっ」と水弾をいくつも撃ちつけるのをどうにかなんとかかわし続けるウラ。
「あっ! ウラちゃんじゃないのっ。いい鳥さんのウラちゃんじゃないっ」
ガバッと起き上がったアイシャが助けに入り、泣きながら縋り付くウラを誰も攻撃することはない。
もはや何が何だかといったエンディングは元の「悪い魔族に襲われる人間族を助けに来た良い魔族のウラちゃんがなんやかんやでみんなの仲間入りを果たす」というずさんな計画すら無視してしまうことになった。
そんなずさんさもその後の剣神たちの働きかけによってフォローされて、無事ウラは仲間入りを果たして聖堂教育施設の敷地内にも“ウラ”と書かれた小屋を手に入れることになった。めでたしめでたしである。