眠れる森の嬢ちゃん
ゴゴゴゴゴ……と効果音が聞こえてきそうなほどに緊迫した空気のベイルたち。
「ねえ、今あの子はあそこで何してるの……?」
「あの嬢ちゃんはどっからあれを取り出したんだ」
引率のふたりはそこにある光景を信じられないと茂みの向こうから眺めている。息を潜めて、極力物音を立てないようにと気遣いつつも疑問は絶えない。
「あー、アイシャちゃんアイテムボックス持ちだから」
そのアイシャはいつもお昼寝館で使っているベッドと枕とぬいぐるみのセットに加えてふかふかお布団も取り出してすやすやと寝ている。しかしここはいつものお昼寝館でもましてやアイシャのおうちでもない。
ある意味ではアイシャが慣れ親しんだここは森の中。もちろんお昼寝士の名に恥じないガチ寝である。
アイシャ
力 E
体力 E
器用 E
俊敏 E
知力 E
精神 E
適性 お昼寝士
職業 お昼寝士見習い
技能 お昼寝術初級
お昼寝術中級
アイシャがベイルたちに見せたギルドカードを思い出して5人のため息が重なる。呆れたのか感心したのか分からないが、アイシャの積極的で何故か必死なアピールもあり、囮作戦は決行されたのだが、その光景はベイルたちの想定外だったようだ。
「お昼寝士ってのはすげえのな。肝が据わっているというかなんというか」
槍のハルバも同級生が作り出したその光景に圧倒されている。
「何あのお布団。可愛いんだけど」
アイシャの取り出した布団には可愛いきつねの絵が描かれていて、布団の草原をあちこち駆けている。弓のフレッチャは鋭い観察眼で警戒よりも布団を見つめているようだ。
「あれは私も初めてみたよ」
サヤも初見の布団はここにおいてアイシャにとっては諸刃の剣である銀狐の毛が内包されていて、保温性、手触り、柔らかさともに最高峰である。よくよく見れば内側は銀狐パジャマのそれと同じなのだがアイシャはどうにか隠し通した。
アイシャにとってここで出すには危険な代物だが下手に隠すよりいっそ堂々と出した方が怪しくない。というか単に囮になるとはいえ、せっかくだからと気持ちのいいお昼寝を求めた結果だ。
そうして森の中でベッドに気持ちよさそうに寝る女の子を息を殺して見守る集団という謎の光景が出来上がったのだ。やっていることはか弱い女の子を餌に魔物を呼び寄せるという卑劣で冷酷なものだが、いかんせん囮役の強い主張があったために、ギルド職員であるベイルとマケリの監督のもと実行されている。
「──おい、本当に来たぞ」
アイシャの眠るベッドより左の方の茂みに見える銀色の狐。柔らかな陽射しに煌めく毛並みは毛皮にすれば優雅なものとなり、これで衣服を作ればワンランク上の装いとなること間違いなしであろう。だからマケリは待つ。
「しっ。囮にかぶりつくまで待つのよ」
「いや、死ぬだろ」
「アイシャちゃんを死なせちゃダメだよ」
ひそひそとやり取りする5人。欲に目が眩んだマケリという大人のせいで親友を失ってはたまらない。
「ここは私が」
手を上げて弓のフレッチャがやりたいと申し出る。ここまでフレッチャの弓矢は動く的を正確に射抜いたためしがない。持ち帰って毛皮として利用するもよし、金に換えるもよしの銀狐をお試しで流すのは惜しい。
「ダメよ、外したらもったいない。ここは私の短剣でひとさしに……じゅるり」
「本音が涎で出てるぞ」
「そもそも何も隠してない……」
欲に目の眩んだマケリと冷静なサヤ。
アイシャは“寝ずの番”で魔物の到来を知っているが、ふかふかの見た目とは裏腹に強靭な布団に潜れば銀狐は手出し出来ないからとすやすや寝続けている。
にじり寄る魔物と囮の少女。誰が助けるかではなく、誰が儲けるかで牽制し合う仲間たち。アイシャは無事に生きて帰れるのか──。