うちにはそんな余裕はありませんっ
「あらやだイケメン」
アイシャが目を覚ませば微動だにせず見つめる鳥と目が合う。
「おはようですよ、ママ」
「おはよう……そろそろそこに触れた方がいいのかな?」
まだ眠い目をこすり体を起こそうとすればウラがその翼で背中を押して起こしてくれる。
「──なるほど? ひとりで……」
「魔族はそこのところハッキリとしてるからね。種族の不安の種は徹底して排除するよ。そう思うとこの子はまだ何もされなかっただけマシかもね」
例のごとくルミによりアイシャへ説明がされる。
「それで“ママ”なのね」
「そうです。ウラはもう……」
産まれてから10年だと言うウラは、その間産みの親からの愛情さえもらう事なく、それでもセイレーンたちに付いてきていたと言う。
「とはいえさすがに魔族は──無理でしょ」
「そそ、そんなあ」
アイシャの冷静な言葉にウラは「そこをなんとか」と食い下がる。
「ルミちゃんはほら、中立の種族だからさ……。マケリさんも帰ったら魔族侵攻の話をするだろうし、そこに魔族を連れてなんて」
「ウラは鳥のフリをしますよっ⁉︎」
「──じゃあ鳴き真似どうぞ」
「ぴよぴよ」
「アウトー」
「そんなあ……」
「調子はどう?」
「20連勝っ! アイシャちゃんの水鉄砲すごいよ」
とりあえずとして地上に降りてきたアイシャが見た時にはフェルパは空中を飛び交う的にも3発に1発は当たるようになっていた。
「はあー、大したものだよ」
「ふふん。褒めて、もっと褒めて」
銃弾のような速さではない水弾を当てるには軌道の先読みが相当に必要なはずだが、無邪気な遊びはそれを学ぶのに一役買ったらしい。
「ウラもそのくらい出来ますよっ」
「えー。ていうかアイシャちゃん、この喋る鳥さんは?」
アイシャの周りには不思議がついて回ると思っているフェルパはもはや鳥が話したところで気にはしない。
「かくかくしかじかでさ──」
「そう、なんだ。ひとりぼっちで……」
「ウラには帰る所がないのです」
(あ、この子フェルパちゃんから攻略するつもりか)
たっぷりと同情するフェルパからなら要望が通るかも知れない。多くの者がそうするだろう手をウラも当然に使う。
「ウラ……さんは男の子? 女の子?」
「!」
ここまで触れてこられ無かった話題にウラも正解が分からない。もちろんどちらかではあるが、どうしてもついて行きたいと思い始めたウラはこの質問だって間違えられない。
「男の子ですっ」
あらやだイケメン──アイシャは確かそんな事を言っていたはず。見た目の良い異性に好感を持つのは種族問わずあるのではないかとここまでの少ない情報から嘘をついてでも、とそう答える。
「じゃあ“ララバイ”の加入要件(女の子)に合わないからだめだよね」
「嘘でしたぁっ! ウラは女の子ですぅっ」
そう言ってフェルパに、アイシャに寝っ転がって見せつけるウラだが、残念ながらアイシャたちに鳥のオスメスの区別はつかないが、思いがけずそのふわふわの羽毛で誘惑することに成功して2人を抱き込むことになった。
「魔族? だめよ、拾ったところに捨ててきなさい」
ウラを捨て犬か何かのように一蹴したのは飽きもせずショブージと何度目になるか分からない模擬戦をしていたマケリだ。
「私がちゃんと世話するからっ」
「ダメなものはだめよ」
「くぅーん……」
「ウラはかしこい子だからちゃんとおトイレも出来るんだよ⁉︎」
「だーめ。捨ててきなさい」
(……アイシャちゃんはたまによく分からない小芝居をするなぁ)
ウラを抱っこしてマケリにおねだりするアイシャは年齢以上に幼い演技をしてみせるのだが、アイシャのこうした小芝居は大抵理解されない。
「魔族。それも種族に見捨てられた存在なんて余計な火種にしかならないわよ」
「ええ、それがティールのところの子であるなら彼女らもいずれ敵にまわすやも知れませんね」
大人たちはどうも簡単にはいかないらしい。ウラにはこの人間もエルフも攻略する手立てがなくアイシャ頼みである。
「ショブージくんまで……仕方ない。ウラちゃん、捨てられに行こっか」
「うええっ⁉︎ そこはどうにか手を回してくれるのではないのですか⁉︎」
人間族のギルド職員の意見に合わせて他の魔族の意見も聞いたことで心置きなくウラを捨てられる。アイシャの口ぶりはそんな清々したと言わんばかりの感情が込められているかのようにウラには聞こえた。
「これだけお願いしてダメならもう無理なんだよ」
「うぅ……ウラはやっぱりいらない子なのですね……」
これ見よがしにシクシクとすすり泣くウラは演技がかってはいるものの、実際に頼るところを失った訳である。10年間なんども追いかけ続けてその数だけ捨てられてきたウラにとってルミを受け入れたアイシャとシャハルの街は救いの光であった。
「うう……」
アイシャと手を繋いでとぼとぼ歩く姿にフェルパもついていく。
「ごめんね、ひとりの魔族の哀しみより私たちは自分たちの種族を守らないといけないのよ」
マケリの言葉はウラに届きはしない。アイシャと手を繋ぐその翼だけがヒトの温もりを最後に覚えていることだろう。