柔らかな誘惑
「あなたは?」
それでもアイシャは警戒するのを忘れない。なにせこの大きな鳥は鳥の姿で言葉を話している。そういう連中にはロクなヤツがいない事をアイシャは良く知っている。
「ママ、この子は魔族だよ」
「んえ? 魔族ってもっとこう……人間みたいな姿してない?」
「ウラは魔族だよ。こんなナリだけどさ……」
体高60cmほどのウラはまるっきり大きな鳥の姿をしている。全体的に緑と青のグラデーションでお腹周りが鮮やかな赤色をしており、額から後頭部にかけての羽がモヒカンのように立ち上がっているがベイルとは違い気品すら感じさせる。もしアイシャが前世の鳥の知識に明るければケツァールのようだと思った事だろう。
「ふぅん。魔族にも色々なんだねえ」
「──バカにしないの?」
「え、なんで?」
こんなところでお昼寝をしようとする人間に興味を持ち、勢い話しかけてみたものの受け入れられるとは思ってないウラ。
「魔族はね、もっとも自由に動ける二足歩行をベースとしたママもよく知る姿が正常なのよ。そこに各種族の特徴が乗っかる形なんだけど、たまにどちらかに偏った子が産まれちゃうのよね」
今は精霊のルミがウラの不安の根源を代わりに説明する。
「肉体的に強靭さを持ち魔力も潤沢にあるのが昨日のセイレーンたち。何もかも特徴を失って魔力すらまともに扱えなくなったのが人間族の始まりだとも言われているわ」
「え、人間の姿に近いのが魔族じゃなくて?」
アイシャは魔物がそういう形をとったのだと思ってたとこぼす。
「それ、魔族が聞いたら憤慨するわよー? ま、私はもう精霊だから別にいいんだけどさ。要するに進化の過程で色々と失って、よわよわなのが人間族なのよ。ヒトという存在として色々ある種の隙“間”にすっぽり落ちた種としての落伍者」
そんな話をされてもアイシャは「ふぅん」と返事するばかりで気分を害したりはしない。
「じゃあこのウラって子は魔力全振りなの?」
特徴を失った人間族が魔力を扱えないなら、人の特徴を排除したこの鳥はもしかしてとアイシャが問う。
「残念だけど違うのよ。セイレーンたちのようなのがベターで、あとはどっちに偏りすぎても見た目のものしか持たない存在になるわ」
なるほど、とアイシャはウラの姿を見て
「こんなに綺麗なんだから、これで魔力まで凄いとかなってたらズルいものね」
とウラの頭から足までをじっくりと眺める。
「綺麗……? ウラが? こんな、ただの獣と変わらないのに」
黄色い小さなクチバシは控えめに動いてヒトの言葉を話している。
「それにこんなに大きくって……ふわぁ……」
「あひっ⁉︎ え、え?」
ただでさえ眠りを誘うような陽気なのだ。目の前に魅力的な抱き枕が現れたとなればアイシャは抗うことも出来ない。
「ごめんね。うちのママはもうおねむなんだよ」
「ま、まだお昼にもなってないのにっ⁉︎」
真っ赤な羽は柔らかな手触りでアイシャはすっぽりと沈んでいる。
「たしかにこれだとお昼寝じゃないのかな?」
「むにゃむにゃ……夜以外の睡眠は全部お昼寝だよ……むにゃむにゃ……」
「──どうあってもこのまま寝るつもりらしいわ。暇なら、付き合ってあげてくれない?」
「ええ……何がどうなってんの……」
「そうなんだ……セイレーンたちの後を追って……」
「うん。ウラはこんなナリだから、仲間には入れてくれないって……」
アイシャも寝てしまったハンモックではルミがウラの身の上話を聞いている。
「どんな種族も自分たちと違うと受け入れてはくれないのね」
「ルミさんもそうなの?」
「え、私?」
「ルミさんも精霊の割になんていうか──人間の見た目だから」
「ああ……それこそ話せば長く……はならない、か」
ルミは死んだのちに転生して“たまたま”そこにいたアイシャに拾われたとざっくり説明する。
「人間族に紛れるためにアイシャさんを“ママ”と」
「まあね。おかげで居場所は確保したわよ」
ついでにタロウくんについても紹介したうえで同様の説明をしている。
「うーん、気持ちいいけど腰が折れそう」
女の子座りのままウラに抱きついて寝ていたアイシャはハンモックのおかげで足が引っかかって寝ている間も姿勢が変わることは無かった。それゆえに腰から背中を反った体勢が続いてその負担は腰に来ている。さすがのアイシャもこのままでは寝れないと目を覚ましてしまう。
「仕方ない、普通に寝るか」
ウラから離れて後ろに倒れればハンモックに寝そべる形になるはずである。そうして倒れこむアイシャの頭の下にするりと滑り込む翼がある。
「え? 腕まくら? いや、翼まくら?」
バサっと広げられた翼はウラのもので、そうした姿勢はもはや添い寝である。
「存分にウラの羽毛を堪能するといいですよ、“ママ”」
非常にまじめくさった顔でアイシャと添い寝する気満々のウラ。アイシャの聞き間違いでなければ妙な呼び方をしたかと思われる。
「おやすみですよ、“ママ”」
「え、あ、はい。おやすみ?」
もはや聞き間違いではない。目の前のイケメンな鳥はキリっとしていても可愛さが勝つ。アイシャは目の前の疑問も気にはなるが、さらに反対の翼で掛け布団のように被せられサンドイッチされた体勢が気持ちよくて、とりあえずお昼寝を再開することにした。