お昼寝士の活躍の場
「うおおっ! スティング!」
「狙撃っ! えいっ!」
ハルバが突き出した槍は狐に難なく交わされ、フレッチャが放った矢が届いた時にはもうそこに居ない。
「私だって! 兜割りっ!」
サヤの剣は狐の間合いの外で空振りして地面を叩きつけて、枕を抱いて寝ているアイシャの横を狐は歩いて通り過ぎていった。
「ふうんっ」
それでもせっかくの獲物を逃しはしないベイルが振った斧は見事に狐を捉えてその身を両断した。
「はあー、難しいね」
「あんなにすばしっこいのを斬るなんて簡単じゃねえや」
「アイシャちゃんは寝てるし」
3人とも上手くいかずに落胆している。サヤだけはアイシャにも落胆している。一緒に連れてきたものの、魔物狩りには参加してくれないことに落胆しつつ、指でそっとアイシャの頬に触れたサヤの顔に少しばかりの笑みも浮かんでいる。
「お昼寝士は本当にお昼寝士なんだな」
ベイルも呆れた物言いで「全くどうしたものか」と呟いている。
(私はこれ以上ボロは出さないと決めたの──)
アイシャはひとりで過ごしてきた事で逃した情報やらを思い、今は沈黙を貫く時と判断した。下手に動けばろくなことにならない。サヤがさっきから執拗に頬をつついていることにも気づいているが、心を鬼にして保身のためだけという理由で無視を決め込んでいる。
「まあ、いいじゃないベイル。もしかしたらもしかするかもね」
「ああ、それもそうだな」
マケリの言葉で気を取り直したベイル。職業体験の申し込み時点で大人たちもアイシャのことは調べており、こうなったときの活用法も頭の中にしっかりとあった。
「あの……何がもしかしたらなんですか?」
耳ざとく会話を聞いていたフレッチャが2人に質問する。ベイルとマケリはちらとアイシャをみやって寝ていることを確かめてから答える。
「お前たちのおかげで、“ここしばらく見てなかった”銀色の狐に出会えるかもなって話だ」
アイシャは(ほらきたよ)とさらに寝たふりを続行することにした。
「この森は昔からきつねの森とも呼ばれていてな、さっきの茶色い魔物の狐がそうなんだが、時折銀色の毛並みが美しい狐が出てくる。それはそれは綺麗なものでな、巷では非常に高値で取引されるものだ」
「銀色の……」
サヤの呟きに寝たふりするアイシャの額には嫌な汗が浮かぶ。
「高値がつくのは何も綺麗だからってだけじゃないのよ。その毛皮で作った防具はとても魔術耐性が高いの。まず燃やせないわ。それにその毛並みは刃物も通さないらしいの。でもなかなか流通しないのよ。何故だかわかる?」
アイシャも銀狐素材が出回らない理由は不思議だが寝たふりはやめない。サヤの指が頬をかき混ぜるように動いてその忙しない気持ちを伝えてくるようだが、アイシャの意思も固い。
「あれは強さに敏感なの。少なくともステータスにAのある私たちの前には出てこないわ。その上何故か数年前からはパッタリと目撃証言すら出てこない。だからあなたたち子どもの引率をする時はつい期待しちゃうのよ」
サヤの指の動きが止まる。目を閉じたアイシャの顔にほのかな温もりが近づき、それがサヤのものだということは耳にかかる吐息で分かり、ふたりだけにしか聞こえない小さな声で目を覚ます。
「ねえ、アイシャちゃん。私たちのパジャマって─」
「はいっ! ここにっ! ここにステータスオールEがいますっ!」
「ねえ、アイシャちゃ──」
「魔物よりも弱いオールEのお昼寝士をどうか囮に使ってくださいぃっ!」
目を覚まし、未だにオールEで変わらないギルドカードを高々と掲げて聞いたことない大声でアピールするアイシャにサヤの疑問の声はかき消された。