出入り自由
「あれがエルフの慕う人間、か」
東の空にうっすらと光が地平を照らし始めた頃、ティールたちセイレーンの一団はスィムバの森の上空へと飛び立ったところだ。
「ショブージがわざわざ呼ぶだけのことはあったのだろうな。今後の人間族の、あの子のいる辺りには不干渉であれ、と」
日も昇りきらないうちから活動している者はいない森で、セイレーンたちはこの高さにあっても何者かの視線を振り切ることは出来ない。
「アタイらは自由さ。相手からちょっかいをかけてこないならアタイらも手出しなんかしないさ」
誰に言っているのかはティールも分からない。ただその視線の主に告げる必要があると感じて言葉にし、空の向こうへと飛び去っていく。
「ぐあぉっ、おおぅ……」
痛みに襲われ堪えるような苦悶の声に目を覚ましたアイシャは、祭りの広場でそのまま寝てしまった自分たちのそばでショブージがひとり悶えているのを見て察する。
「フェルパちゃんにイタズラしようとしたでしょ」
いつかのようにフェルパだけに限らずマケリにも自分にもお守りをつけさせて、外敵の接近で発動するようにしていたアイシャ。
「あ、朝……ですから起こそうと……」
「声をかけようと?」
「そ、その通りで……」
「ついでに肩に触れようと?」
「──その通りです……」
「ギルティね」
「目が覚めたら亀甲縛りでエルフが吊るされていた時の正しいリアクションてどんなだと思う?」
「あれってそんな名前があるんですね……」
アイシャに遅れて目を覚ましたフェルパとマケリは服の上から縛られて木に吊るされているショブージと対面する。
「しかもなんで嬉しそうなのよ」
「女神様に直接していただけたと思うと……」
「わたしにはエルフが分からないよぉ」
そのあまりに高尚な趣味はフェルパたちには理解できるものではない。
「んーっ、静かな朝ね。静かすぎるって気もするけど」
伸びをして目を覚ましたマケリはアイシャの手招きで朝食のテーブルについて静かさの理由を知る。
「朝から野鳥の丸焼き、ね」
「エルフの食生活も分からないよぉ」
「じきに別の群れが住み着くから狩り尽くしても平気なんだってさ」
森の中にあって小鳥のさえずりも小動物の気配さえもない静かな死を感じる朝にアイシャもひと足先にドン引きしたあとだ。
「女神様、祭りはいかがでしたか?」
「そんな特殊な体勢で真面目ぶって聞かれても困る」
「いや、これは女神様が……」
未だに吊られっぱなしのショブージは名残惜しそうに縄から脱出して同じテーブルにつく。
「自分で抜けられたんだ……」
「何事も経験が大事なのです」
「女神様を祭りにお呼びしたのは、純粋に楽しんでもらいたいのと、魔族というものを知ってもらいたかったから、なんです」
野鳥の丸焼きを頭からいくショブージは、その豪快さとは違い静かに話しだす。
「我々も今でこそここで住処を間借りしてる立場ではありますが、ご存知の通り最初は侵略を目論んでおりました」
フェルパが狙撃の被害を受けアイシャが参加したその結果としてエルフたちがこの森に住むということになっている。
「この現状でもトァブのような者が他に居ないでもないのです。人間族は魔力もまともに扱えぬ劣等種。他の魔族と共生しても人間族は支配する相手でしかない、と」
アイシャもフェルパも静かにうつむきショブージの話を妨げる事はない。マケリもそれが人間族の今後に必要な話であるならと黙って聞いている。
「人間族は直近で鬼人族と栗鼠人族からの襲撃を受けています。別の魔族たちも今が好機と狙いを定めているかも知れません。それに今回セイレーンの彼女らを呼んで引き合わせたのも、空からであればなんの障害もなく襲撃が出来る、そういう者たちもいると知ってもらうためです」
「つまり、南側を山で分断しているシャハルも、っていう事なのね」
「ええ、ティールたちは手出しはしないでしょう。けれども空を飛ぶのは彼女らばかりではありませんから」
人間族とてその可能性は当然として考慮しているものの、有効な手立ては今のところない。
「そのときは──エルフの弓に期待してもいいのかしら?」
有事の際にはお互いに共闘するということで合意してあるはずだ。マケリはショブージがこの話をするのであれば結論はそこに行き着くしかないと考える。
「ええ、女神様派はみな共に戦うつもりです」
恐らくはトァブのような者たちは手を貸すことはないのだろう。多少話が違うと思わないわけではないが、味方とも分からない魔族に参加されるのは余計に怖い。
「ありがとう。それがいつの事になるのかは分からないけれど、私たちもそのつもりで準備を進めるわ」
西の海岸線には見張りがあり、北は境界も遠く間にはこの森もある。東はまた樹海などを挟みはするものの、ずっと人間族の領土が続き警戒を強めるのはとりあえずは南の山だけになるだろう。
「それにしても女神様たちは全く動じない、ですね」
平和なはずの街が危機に晒されるかもしれない。それも遠い未来とは限らずもしかしたら明日にもそうかも知れないというつもりで話したショブージはアイシャたちの反応がない事に深く感心している。
「ショブージくん……それはね、耳を澄ませば聞こえてくるはずよ」
ほら、とマケリがいうのにつられてショブージは黙り耳に神経を集中させる。
「──これは」
「そう寝息、よね」
まだ日も昇りきらない早朝に、ショブージのうめき声で1番に目覚めたアイシャにはまだまだ睡眠が足りないらしく、そもそも難しそうなめんどくさそうな話が始まった時点でスイッチはオフになっている。フェルパもアイシャの様子を見て寝てもいいんだと同じように座ったままに寝ている。
「──では、起こさぬよう私は離れておきましょう」
すっと静かに立ち上がったショブージは吊られていた縄を持ち上げてどうやったのか元通りの縛られた形になって宙吊りの体勢へと移る。
「マケリさん、すこしお願いが──」
何だろうと呼ばれて近づいたマケリはショブージの頼みにより、縄をきつく縛り直してからひとりお預けになっていた朝食を再開した。




