命の輝き
魔道具の灯火が揺れる広場ではエルフたちが気ままに飲んで食べて踊る。野生の獣や小動物も彼らのそんな雰囲気に誘われて集まってくる。さながら一夜限りの楽園かのよう。
「よっしゃああっ! 大物ゲットだぜえっ」
「ふんっ、でかけりゃいいってもんじゃねえ。コイツらなんかひと飲みだが皮を剥いでしたたるのがたまんねえんだぞ」
「ちょっと、そっち逃げちゃうわよ。早くっ」
さっきまで幻想的にさえ思えた祭りの広場は狩りの場と化している。大きな鹿を組み伏せて縄でぐるぐる巻きにしたり、毛むくじゃらなネズミを網で一網打尽にしたりしてはしゃぐエルフたちは歓喜の叫びをあげている。
「なんか思ってたのと違う。何これ」
「私どもの冬の貴重な食糧ですよ」
唖然とするアイシャにショブージがニコリとして答える。
「冬は動物も活動が鈍くなりますから、今のうちに捕まえて保存食にしたり、飼って繁殖させたりして備えるのです」
「生々しい」
まだこの場で屠殺されてないだけマシなのかなとマケリも困惑している。
「エルフも肉を食べるんだね」
「もちろんですよ。菜食主義かなんかと勘違いされたりするようですが、肉もけっこう食べますよ?」
ショブージの語る仕草はまるで骨つきの生肉をかじるようなもので妙にリアルである。
「女神様っ! これあげるっ」
「おわっ? ちびっ子たち。なんだかありがとう? それに……」
「トァブの件、での」
アイシャたちの囲うテーブルに乱入してきたのはエルフの子どもたちと長老衆の数名。子どもたちは元気よくテーブルに捕まえたうさぎを持ってきてアイシャとフェルパにくれるようだ。従者のマケリにはないあたり教育が行き届いているらしい。
「さっきのは……その、トァブの暴走でな。ワシらの総意ではないと……その、だな……」
そのトァブはアイシャたちを殺して人間族を侵略するつもりだったのだ。その言い訳などすらすらと出てくるものでもない。
「いいんだよっ! うちのママは過ぎた事は忘れちゃうタチだから。ね、ママ?」
熟した柿を堪能していたルミがアイシャたちに代わり答える。
「う、うん。まあこんな可愛いうさぎさんまで貰ったらねー。フェルパちゃんもうさぎさんは好きだもんね」
「そだねー。帰ったらうさぎ小屋を──」
「締めるのーっ!」
「干し肉にするのーっ!」
野生のうさぎなどは彼らからすれば食糧でしかない。うさぎ飼育を想定するアイシャとフェルパの目の前で子どもたちの見事な手捌きで吊され血抜きされるうさぎたち。
「お、おう……カルチャーショックってこういうのを言うんだね……」
「──だね」
目から光が失われていくうさぎたちはもはや息もしていない。アイシャたちは静かに手を合わせた。
「女神様、本当に良かったので?」
目の前で失われた命に免じて、ではないがアイシャたちが異を唱えることもなく彼らを許したことをショブージは気に掛けている。
「結果として何も無かったんだもの。ティールさんも中立だし、被害は何も無かったんだから責めることもないでしょ」
「私の装備はびしょ濡れだけどね」
情け無い顔で言うマケリとわあっはっはと笑うティールは酒を酌み交わしてずいぶんと仲良くなったようである。
「そう、ですか。私としてはトァブだけではないと思っているので、ここで一掃できたらなどと考えてもいたのですが」
古いエルフたちには人間族の領土を侵略するべきと言う考えが蔓延しているらしく、時折その事で若い衆と対立することもあるのだとか。
「まあ、その辺はアタイらもだけど今後は軽々しく手を出せはしないんじゃないかい?」
飲み比べでマケリを潰したティールがショブージの懸念に意見する。
「いまも、彼らはその身に感じているんじゃないかな? トァブの発言からずっとピリピリしたものを、さ」
アタイらはその対象から外れたらしいけどねと言うティールだが、アイシャもフェルパもルミでさえも何のことやら分からない。
「──そうですね。恐らくはもうその様な事を口にする者も出ないでしょう」
目を閉じ、その身に微かに感じる威圧が長老衆だけに向けられているのを感じてショブージはそう結論づけた。
「祭りはまだ始まったばかり、だよ」
せっかくだし難しい話はやめて楽しもう、とフェルパが手を差し出してアイシャがその手を取るとエルフたちの舞いの中にクルクルとリズムの合わないダンスで混ざっていった。