すれ違いのアイシャ
職業体験に参加する時はきちんと申請をすれば平日の聖堂教室を休んで参加してよい決まりになっている。それは本職の方たちの休日に子どもたちが殺到して負担が多くなるのを避けるための処置である。
だがその処置は気ままにひとりで過ごすアイシャにとっては別に嬉しくもないものだった。
(とはいえお昼寝士として“意気込んでいる”私は寝ててもいいのかも知れない)
「サヤちゃん、私寝てるから着いたら起こして」
「ダメに決まってんだろ、おお?」
「ごめんなさい」
出発前のアイシャの提案は荒くれもののイカついメンチとともに即却下される。さすがにお昼寝士といえど、これから街を出て移動しようかというのに横になっているのは許されないようだ。
(それにしても狐狩りだからもしかしたらとは思ったけど)
「今日はこのシャハルの街よりほど近いレェーヴの森で狐を狩る」
それはアイシャがお昼寝士の適性を告げられてから通っている森だった。アイシャはこの森のことを“ぎんぎつねの森”と呼んでいる。長年通い続けたアイシャだが、ここではそれしか出てこないからだ。
マケリの短剣が一閃すると飛び出してきた“茶色い狐”は声を上げる間も無く息を引き取った。
「すごいっ! あっという間っ」
「まあ、魔物とはいっても私にかかればこんなもんよっ!」
マケリはそのまま仕留めた魔物をギルドカードに捧げてポイントに変える。狐の魔物は普通の獣よりも素早く明確に人間に敵意を向けて襲ってくるが、訓練していればアイシャたちの歳の子どもでもどうにか対処は可能といったところだ。
「へえー、捧げるとあんな風になんのな!」
槍のハルバはおおげさに驚いている。
「うん、初めて見たけど綺麗だね」
弓のフレッチャも茶色の狐が光になってギルドカードに吸い込まれる光景を初めて見たという。
「うん? お昼寝士の嬢ちゃんは驚かねえのな?」
(私にとって見慣れたこの光景はみんな初めてだという。これはあかんやつや)
聖堂教育で毎日汗水流して訓練している戦闘職の子どもたちが知らない光景。アイシャが期待通りの反応を示さないことにベイルは疑問を抱いて問いかけてくるが、アイシャは少しとぼけた顔でごまかす。
「眠くってあんま見てなかった」
「なんだそりゃあ」
ベイルが言い、マケリも吹き出しわっはっはと場が笑いに包まれてアイシャは無事にやり過ごすことができた。
「ねえ、サヤちゃん。みんなはどうやってスキルポイントを稼いでいるの?」
アイシャは魔物を捧げる事でしかポイントを増やしたことはない。そうしないと快適なお昼寝ライフが送れないからここで銀狐を狩っている。さっきのは何故か茶色だったが。
「えぇ? みんな訓練ポイントを貯めてるんだよ。あ、お昼寝士は……違うの?」
「え? そうなんだ。いやーお昼寝士はお昼寝で、かな?」
アイシャは魔物を狩ってポイントを稼ぐが、他のみんなはまだ魔物を狩ったこともないし、ポイントは聖堂教育の試験や評価で手に入れている。
(この数年の行き違いってところなのかな? あとは茶色い狐のことも嫌な予感がするよね……はぁ)
みんなと違う常識に、アイシャはもうすでに寝てやり過ごしたい、そんな気持ちになってしまった。