行き止まり
「こんにちはーっ」
「おや、エスプリさんじゃないか。どうしたんだい?」
当然のようにシャハルの聖堂教育の卒業生であるエスプリはここの教師たちとも知り合いである。
「精霊門にねぇ。そのお昼寝士を連れて?」
「んふふ、ただの見学ですよぉ」
エスプリはもちろんアイシャの特異なところを知らせたりはしない。ノームもエスプリに対してもこの点において特別扱いすることはない。
「許可、がいるんだね」
「一応神聖な場所ってなっているからねぇ」
アイシャとエスプリは職員室の奥にある扉から薄暗い通路を通り、古びた扉を開けて蝋燭に火をつけて灯りとし土の階段を登っていく。
「こんなところがあったんだね」
「聞くところによると廊下の途中から山の中らしいよ。シャハルの街はそこを精霊門として聖堂を建てたんだとか」
そのために街は魔族領のある山を背にする形になってしまっている。
「でもそんな風にしたのに、精霊がいないんじゃ意味ないよね」
おかげで精霊術士ギルドにはエスプリ1人だけだったのだ。
「でも昔はそんな事なかったって話よ。毎年1人は出会えて精霊術士になってたとか」
今はその先輩方もいないのだからどれだけ昔の話なのか。
アイシャたちの雑談は階段を登りきり小さな通路に出る頃には好きな食べ物の話になっていた。その先の小部屋に佇む石碑を見て「食べられそうにはないね」などというアイシャにエスプリは苦笑いをする。
「あれが石碑よ」
一応の手入れはされているのだろう。階段を登りきった先を10mほども歩けば小さな部屋の中にある石碑へとたどり着いた。
「これに触れると精霊に会えるって事なんだけど、やってみる?」
「んー、こう?」
手入れされているとはいえ、古びた石だ。苔などもついていれば普通に虫なども這っている。少し嫌だなと思いつつもそっと手を置くアイシャ。
「なにも、起こらないね」
エスプリのときは手を触れたタイミングで足元からノームが顔を出したというが、そういう変化もない。
「さすがのアイシャちゃんでもそんな事はないかぁ。残念だなあ」
アイシャとエスプリが同時に入れば石碑とで部屋が狭くなる。あと2人でも入れば身動きも取れなくなるかも知れない。
「この壁の窪みはなに?」
「あー、それね。みんなして考えたりするんだけどさっぱりなのよね」
何もない壁にいくつもの窪みがあり、アイシャにはそれを何処かで見たような感覚を覚える。
「そんなに気になる?」
「んーっとね……ちょっとやってみてもいい?」
「どうぞ?」
エスプリはアイシャが何をするのかと疑問に思うのだが、ノームがやらせろと言ってくる。
「たしかこう……のはず」
アイシャはつい最近この窪みの並びを見ている。実際にはアイシャが窪みにしてしまっただけで、元々はそこには色とりどりの宝石がはまっていた。ストレージを開きあのダンジョンの扉から頂戴した宝石を、その並びを思い出しながらはめていく。
「これで、最後」
最後のひとつ。赤い宝石をはめた瞬間にはアイシャとエスプリはノームとともにお花畑に立っていた。
『ようこそ、お客人』
「あ、間違えました」
アイシャがお花畑の主に背を向けるも来た道はどこにもない。
『そう、間違えたのかもねぇ。迷子の迷子の女の子。帰りの道はどこにも、ないよ』
色とりどりの花が咲き誇る美しいお花畑の主は、紺色のボロをまとった白髪の老婆。その顔は皺だらけで光を感じない目はまるで死人のよう。
『ここで、行き止まり』
老婆が大きく息を吐けばそこに持ち手だけで2mはあるだろう鎌が現れる。その大きな鎌を両手に握ると、お花畑は紫と黒の靄に支配されてその花を枯らしていく。赤い空には黒い三日月が浮かんでいた。