ほどよき双丘
サヤから聞かされた職業体験なるものの案内は、別の日に正式にアイシャたちの学年が共通座学を受ける教室の掲示板に貼り出されていた。
いずれの職業においても、主に国家運営のギルドを経由してそれぞれに体験することになる。街の中で商売の見習いをしたり、ナイフの1本でも作ってみたり、ゴミ拾いの美化活動から街の外の見回りに、狩猟などなどと、どれに参加するも個人の自由。
「いろいろあるんだね。ふむ、ふむ……自由参加、と。じゃあ私は来年で──」
「この“森の狩人”っての行こうね!」
「あ、うん」
アイシャは自由なら別に参加しなくてもいいのでは、と考えたがサヤに腕ごとロックされた身でそれは叶わぬ願いだった。
「こーんにーちはー!」
まるで市役所みたいな内装のギルドはその通り役所のような役割を果たしている。
戦争、紛争の兵役公募から魔物退治に国や街の困りごと、各種商店の求人案内。住民のゆりかごから棺桶までもここで処理されている。
そんなお役所ギルドの中でも冒険者ギルドと呼ばれる部署で元気なサヤが挨拶をして意気込みを表している隣で、アイシャは頭にピンクのおやすみ三角帽子をかぶり枕を持って場違い感を演出するという悪あがきスタイルで来ている。
その他にサヤの友だちであるところの槍術士の男子ハルバと弓術士の女子フレッチャというふたりがいる。
「おお、職業体験の4人か。話は聞いている。ささ、中に入れ」
(あれ? ここで門前払いにされたりは……?)
モヒカンに肩パッドで半裸の筋肉男という嘘みたいな大男がアイシャたちを部屋の中に招き入れて、応接室らしい部屋でソファに座らされる。恐ろしいのはアイシャを見て誰もその恰好に触れない事だ。
「今回お前たちの引率をするベイルだ。こっちはマケリ、短剣使いで狐狩りが得意だ」
「よろしく、マケリよ」
ベイルに紹介されたマケリは赤くて長い癖っ毛を束ねて肩から前に垂らした美人さんだ。勝ち気な顔は実に冒険者っぽい。その服装も半裸のベイルとは違いちゃんと服を着ている。動物の皮で出来ているだろうズボンはベージュ色で足首のところでキュッと絞ってブーツを履いてある。
(Dくらいかな。私もいつかあれくらいになるかな)
ステータスとしては唯一のAと言っても過言ではないそれがいずれDやEに到達することをアイシャは願う。そのAは誇れないAだと──。
アイシャの注目するところは少しずれているが、マケリの胸当てと丈夫そうな厚手の長袖はそれなりに身を守ってくれそうではある。
「そんで剣のサヤに槍のハルバ、弓のフレッチャに……お前が噂のお昼寝士アイシャか。まあ聞くまでもない全力アピールだな。その意気や良しといったところか!」
順に指をさして名前を読み上げたベイル。こんな子に何を期待するのか。その意気は往生際の悪さというものなのに。
ハルバもフレッチャもサヤによって引き合わされた初対面ですでに絶句しコメントのひとつもない無難な挨拶のみだったというのに、このモヒカン大男は明確にアイシャという個人を認めて、受け入れるつもりらしい。世も末である。
「いやー、世の中には色んな適性があるもんだが──」
「個性があっていいよね──」
「…………」
まさかそんな前向きに捉えられるとは思わなかったアイシャは、ベイルとマケリが楽しそうに話すのを他人事のように聞き流しながら、ソファの上で三角座りになって抱えた枕に頭を埋めて眠る事で現実逃避した。