運命のひと
「ハナモゲラっ!」
「ああ、無事で良かった」
あのあとハナコは立ち上がり元気な姿をみせたのだが、倒れ伏した姫騎士をよそにハナコの無事を喜ぶベイルは落ち着きを取り戻して今はリコ邸の寝室の一つにいる。
「こんなベッドがあったかな……」
リコパパが悩むのも当然で、それはアイシャの特製ベッド。倒れた姫騎士を運ぶのに近場のリコ邸にしたのだが、相応しいベッドというかマシなものをと探していると見つけたのがそれだったのだ。
「う、うーん……」
ベイルとハナコがベッド脇の椅子でじゃれあっているところに目を覚ましたメイリー。
「ここは、私は──」
朧げには覚えている結末。それはベッドから見える自身の胸元が砕けた鎧を見て確信に変わる。
「そうか、私は敗れたのだな」
「起きたか。すまねえ、剣と鎧はきっと弁償して返すから──」
枕元で謝るベイルの手をそっと取るメイリー。
「そんな必要はない。それよりも私を貰ってくれないか」
「なん⁉︎」
「ハナモゲラっ!」
「おおおっ」
驚くベイルにハナコ。アイシャたちも居合わせてまさかの展開に静かにだがキャーキャー喜ぶ。
「意識が混乱しているようだな?」
ベイルはさすがに正気を疑うのだが、問題ないとメイリーは否定する。
「私は決めたぞ。他者を守る心、殺そうとさえした相手を傷ひとつなく制圧してしまう圧倒的な強さ。その本気が見たかったとはいえ煽るようなことばかり──済まなかった。そして私の夫となるに相応しいのは……いいや私を貰っていただくのだ、そんな言い方は失礼だな。うむ、そうだな。ベイルさん、私を嫁に貰ってくれないか」
「んぐっ! な、なにを仰って……」
「あー、自分より強い人としか結婚しないってあれ」
「さっきリコちゃんが教えてくれたあのお話ね」
アイシャがわざとらしく大声で言いサヤがそういえばと相槌をうつ。
「そうなのだ。このままでは私は一生独身かと思っていたのだけど、こんなところでベイルさんのような強者に出会えたのはきっと運命なのだと思うっ」
「運命っ! 素敵な響きねっ、アイシャちゃん」
「なんで私に聞く」
運命にときめくサヤの目力に怯むアイシャ。
「どうだろう、私を貰ってはもらえないか?」
「い、いやそんなこと」
「私のようなガサツな女はだめか?」
「ガサツだなんてそんなことはないんだが……あれは俺のチカラというか、なんというか」
きっとアイシャが何かしたんだろうとは思うものの何も聞けないベイル。
「だめということか?」
「う……しかし俺はもうハナコの伴侶が内定していてだな」
「ハナモゲラっ!」
「ふむ? ハナコ殿はそれでもいいと言ってくれているが」
「ばかなっ、話せるわけが」
「ハナモゲラっ!」
「うそだろ、何となくそんな気がするぞ」
ベイルの頬をペタペタと叩きながら鳴くハナコはまるで“強いオスが複数のメスを娶るくらいは当然よ。だけど第一夫人は私だからねっ”と言っているようである。
「私は2番目でも構わない。いや、人間族に限れば1番なのだ。ハナコ殿ともうまくやっていけると思う。私を嫁にしてくれ、してください」
「と、ともだ──」
「よもや友だちからなどという腑抜けた返事はされまいな?」
腕組みして上から目線のアイシャが隣から追い打ちをかける。
「──っ」(くっそ、誰のせいでぇっ!)
言えるものなら言いたい。けど亜神たちの存在がチラついてとてもじゃないが言えるものでもない。
メイリーの方を見れば口調とは裏腹に乞うようなその仕草はとてつもなく可愛い。さすがは姫なだけはあり男なら簡単に落ちてしまうのだろう。男ベイル、もはや断ることもない。
「──俺からも、よろしくお願いします」
「はいっ、よろしくお願いしますっ。ふふふ」
観念したベイルと愛らしく微笑む姫騎士に祝福の言葉が降り注ぐ。
「私は今年で28だが子どもも作れると思う。ベイルさんはひと回りは上なのだろうか、負担をかけると思うがよろしく頼みたい」
見た目年齢でならば18でも通りそうなメイリーはいかつい世紀末モヒカンにそう子どもをねだってみるのだが。
「ん? 俺も今年で28だ。まさか同い年だとはなっ」
メイリーが、アイシャが、みんなが固まる。
「おい、てめえら後でちょっと顔貸せや」
アイシャを捕まえて子どもたちに凄むひ弱モヒカン。
「ハナモゲラっ!」
「ふふ、そうだな。私たちの旦那さまは素敵なモヒカン野郎だな」
「なんだそりゃあ。やっぱりハナコの言葉は全く分かんねえよ」
何がどうフォローされたのか分からずベイルもアイシャたちも再び笑い、ギラヘリーの栗鼠人族騒動にピリオドがうたれた。