続く受難
「ベイルさん──いや、ベイル様っ」
「や、やめてくだせえっ、街長!」
森から帰って来た日の晩餐にはベイルも同席している。それはその日の出来事の報告しなければならない事柄があるため、なのだが。
「森で亜神様に出逢われたばかりでなく、その子どもと……その、あれですよ。もうベイル様と呼ばざるを得ないではないですか」
リコパパからすれば栗鼠人族を人間族領内に住まわせる事への懸念事項を解決したばかりではなく、亜神と深い繋がりを得てしまったベイルはもはや対等ではないそうだ。
「そりゃ“たまたま”出逢っちまって、“たまたま”気に入られてしまっただけのことでさあ」
ベイルの言い訳も中身がないアイシャレベルな残念度合いだが、ダンジョンの事についてはどこのダンジョンとも分からないために報告には入れていない。
出口こそあの場にあったものの、ベイルが外に出た途端に音もなく消えたのだ。亜神がわざわざそこに用意しただけの可能性もある。
「と、まあ──冗談はさておいて、ベイルさんには深く感謝致します」
リコパパとリコママ、リコまでもがベイルに頭を下げる。
「う……まあ、これでここらもいよいよ安心して復興に専念出来るってこと、ですかね?」
ベイルも謝辞まで拒んでいては終わらないし収まらないと判断して話を進める。
「ええ。実のところ友好的とはいえ相手は魔族。小柄な彼らの凶暴性というのも体感している我らとしても不安や不満の声が無い訳ではなかった」
素早さ、であれば並の人間族では敵いもしない。非力とはいえ刃物で首筋を切られれば簡単に殺される。
「それに、中央からの再三の対応策提示にもようやく回答出来るというもの」
「中央──国王からの」
こくりと頷くリコパパ。クロートの森に栗鼠人族を招き入れたのはギラヘリーの独断。しかし人間族の国“ジュモーグス”としてはまだ決定は下されていない。
「期日も迫っていて、明確な回答が出来なければ最悪は国軍によってここら一帯が戦場になるところです」
「そんなことって──」
さんざん栗鼠人たちと追いかけっこしたサヤたちは、彼らを悪くなど思えないし、むしろいい関係が築けるとさえ思い込んでいる。そんな殺し殺される関係になどならなくてもいいのに、とショックが隠せない。
「まあ、それを回避出来そうってんだ。相手は魔族なんだから国として“はい、そうですか”とはいかねえもんよ」
「そう、そうですよね」
「その事なんですが、ベイルさん」
真面目な顔のリコパパは少しだけ申し訳無さそうな感じでベイルに告げる。
「中央への報告なのですが、その性質上ベイルさんの名前を出したく──」
「ああ、それについては仕方ないですし構わないですよ」
「それとその席にも同席していただく事になるのですが」
「もちろん……え? 書面だけではないのですか? まさか俺も中央に……」
困ったなと言うベイルに「どうせ無職だからいいんじゃない?」などとアイシャが言う。
「いえ、そうではなくて。実は警戒態勢を敷くとして国軍が派遣されてくるのですよ」
「なんっ⁉︎」
「その時に人間族にとって危険のない事を示す回答を用意する必要がありまして」
人間族と栗鼠人族の食事会やダンスパーティなどを考えていたのですが、とリコパパ。
「それは、いつ──」
「3日後に到着される予定です」
「わぁお。私たちの帰る前の日じゃん」
国軍なんて見たことないからラッキーなどとアイシャたちはウキウキしている。
「俺は、帰れるのか?」
ベイルもその日に帰る予定ではあったが、少し意味合いは違う。
「そのまま中央に──という可能性もありますね」
もともと目撃例の少ない亜神などというものに関しては、アイシャがマンティコアと繋がりがあると知ったベイルやバラダーさえその可能性を考えていた。
「婿殿、らしいですから」
言葉の上だけとはいえ、血縁関係となったなど異例も異例。国軍が到着するその日までをベイルは胃に穴が空きそうな気持ちで過ごす事になった。