現れたのは
ざわ……。
栗鼠人たちの中で小さなどよめきが起こり、それは森全体に広がっていく。
「こちらへどうぞだべ──」
迎え出た栗鼠人たちにより、少しの時間を待たされたのち用意された席に案内され腰を落とす。
「とびきりめんこいのを用意しましたずら」
座った両側に栗鼠人主観で“めんこい”女の子が寄り添い、さらに外側から大きな葉っぱのうちわで扇がれる。
「どうぞ遠慮なく召し上がって下さいずら」
そして目の前に山と積まれた大きなクルミ。
「割って差し上げなさい」
ガリガリガリガリ……。
「──すまねえな……うむ、美味い……なあ……」
ベイルは“めんこい”栗鼠人族がその歯で割って差し出してくれたクルミを頬張って引き攣った笑顔を見せる。
「うわぁ……女の子の口で開けた木の実を食べて喜んでるよ。あんな大人にはなりたくないねえ」
「アイシャちゃん、ベイルさんを助けないと」
上座ならぬ神座とでもいうべき位置に座らされたベイルとは対照的に、アイシャたちはみな宴の席の隅っこに座らされている。
「クルミはもう……いや、ありがとうな」
「どういたしましてずら」
黒目がちな丸い大きな目、まっすぐ外に向けて伸びたヒゲ、えくぼなのかほお袋なのが分からない膨らみに、よく伸びた前歯がキュートな栗鼠人の少女の魅力はベイルには今ひとつ分からない。
「どうして、こうなった──」
クルミは次々と割られ、ベイルに差し出される。いつの間にか“めんこい”栗鼠人少女は増えていき、差し出されるクルミと舞い散る削りかすにベイルは埋もれてしまうのではないかと不安になる。
それはベイルたちが馬車に乗るためにクロートの森の居住区中央へと向かっていた時のこと。
「はああっ! そんな、まさかっ」
「どうしただべか……ふわああっ! こ、これは一大事だべっ」
ベイルたちがアイシャのお昼寝ポイントから戻り初めに出会った栗鼠人たちが、何故だかへこへこと頭を下げたり人を呼びに行ったりと忙しい。
「ベイルさん、何したの?」
「嬢ちゃんじゃねえんだから、俺は何も知らねえぞ」
「でも確かにベイルさんを見て慌ててるよね」
「ああん? そういえば確かに……」
アイシャはここぞとばかりにベイルが何かやらかしたのではないかと疑う。他の子も栗鼠人の視線がベイルで止まって慌ててしまうのを見て間違いないと言うのだが、ベイルにはもちろん思い当たることなどない。
「いやはや! これはこれは……まさか、まさか本当に森の主がおいでなさるとは!」
やがてやって来た栗鼠人たちの中にはビエールカもいるのだが、ベイルを見て拝み倒している。
「森の主?」
ベイルは何だそりゃあと訳が分からないと呟く。
「ハナモゲラっ」
「おおっ、そんな……」
「なんだハナコのことか? まあ、こいつの出自を思えばそういう展開にもなるのか?」
どうやら栗鼠人たちはベイルではなくハナコを崇めているようだが、なにやら雲行きが怪しい。
「ベイルさん、ベイルさんは森の主の伴侶となられたとか。それは本当なのですかっ⁉︎」
ビエールカが突然に尋ねたのは今ハナコから聞いた内容である。アイシャたちには分からないハナコの言葉は栗鼠人にはどうしてか伝わるようである。
「んなっ⁉︎ そんなわけあるかっ」
モグラの夫になどなった覚えのないベイルはつい声を荒げてしまう。
「しかし、主が“あんなことをされては嫁ぐより他ない”として受け入れた、と」
「どんなことだよっ! 俺はモグラのっ──」
嫁など貰いはしない。そんな事を言いたかったベイルだが、栗鼠人たちの射るような視線が刺さり口にはしなかった。まるで怪しい宗教団体の中に入って教祖を糾弾してしまうかのような、なんとも言えない危うさを感じたからだ。
「──モグラの?」
目を見開いたまま瞬きもしないビエールカの圧は、答えを違えればどうなるかと思わされる凄みがある。
「──相棒だ……」
「相棒っ! つまりは伴侶! つまりは──」
ビエールカが歓喜してハナコが「やだ、もうっ」という風に肩で恥じらう。
「夫婦っ!」
「──っ!」
どうやら危機は脱したようだが、はたして答えとして正しかったのかはベイルにもアイシャたちの誰にも分からない。