柔らかな衝撃
「あんた今までのやつで1番いい趣味してるよ」
『──それは良かった。どこかのペットみたいにガチガチに硬いなんて事はないから、存分に楽しむとよい』
アイシャはハナコに対して油断なく構えベイルに下がっているように声をかける。
ガチャリ。
「は?」「え?」
アイシャの右足とベイルの左足が足枷で繋がれる。
『我は趣味がよいからの』
さっきから話していた亜神の姿を初めてハッキリと視認したアイシャたち。それは小さな普通サイズのモグラであり、ハナコ登場のドサクサに紛れて地面を潜ってアイシャたちの足元に来ていたようだ。
「こんな金属製の手錠とか!」
「おい、これ硬えぞっ!」
それはどこで手に入れたのか分からないほどに精巧で堅固なつくりをしていて、目の前に敵のいる状態で外すのは難しいようだ。
「どわああっ!」
「うおおおお」
アイシャとベイルは凸凹の二人三脚でハナコから逃げ惑う。
「すまねえっ! 俺が役に立たねえばかりにっ」
「それは言わない約束っ。今は、走ろう!」
ドタドタとアイシャたちを追いかけるハナコはさっきからその特徴的な鼻で捕獲しようとしてくる。
「モグラってもっと可愛いと思ってた! あんなの触手じゃないのよっ!」
赤いブニブニしてそうな鼻が伸び縮みして襲うのだ。気持ち悪くて実害など考えることもなく逃げるばかりだ。
「こんのっ! 思い知らせてやる!」
立ち止まり振り返ったアイシャだが、合図もなくベイルは急には立ち止まれない。
「ふんにゅっ⁉︎」
足をベイルの体重が引っ張りアイシャの股が前後に開く。
「ハナモゲラっ!」
ハナコの突進はアイシャを直撃してベイルともども放物線を描いて飛んでいく。
「なによっ! この緊張感のない戦いはっ!」
黒モグラの時とは打って変わってふざけた戦闘である。突進されても衝撃はそれほどに無かったり、ハナコの鳴き声だったり。
『くはは!苦戦しておるのう。ハナコは自慢のペットだからの。魅惑の衝撃吸収ボディはなかなか破れるものではないぞ』
「攻撃が突進なのに衝撃吸収っ⁉︎」
お互いに優しいハナコはそれでも魔物でありダンジョンのボスである。
「ハナモゲラっ!」
「はっ──あーれーっ!」
要らぬツッコミをしているうちにまたも魅惑の突進を受けてアイシャたちはぽよーんと飛ぶ。
「くっそ、いまひとつやる気になれないっ!」
「でもやらねえと終わらねえぞ」
アイシャは平気だがベイルは墜落だけでもそれなりの痛手を負いかねない。今のところはアイシャが庇ってはいるがいつまで保つか。
「そういう事、なのよね」
アイシャはハナコをどうするべきかと考える。派手な動きはベイルが巻き込まれるだろう。ただ殴る蹴るだけでは魅惑の衝撃吸収ボディを突破出来ないだろう。何にせよベイルと繋がれている状態がネックである。
「ハナモゲラっ!」
「あわっ」
思考に前が疎かになったところを突進されてまたもアイシャとベイルは空を舞った。