セイジという名の異形
「ここは何処なんだ──ん? あんたは……」
立ち上がり振り返ったベイルとそいつの目が合う。
「何者なんだ?」
「“僕”はセイジ。訳あって顔は見せられないが敵ではないよ」
アイシャは剣神のおじいと戦った時の姿でベイルと対面し、咄嗟に男の誠司の名前で自己紹介した。
「真っ黒で不気味な模様のそれは……アーティファクトか?」
技能“鬼の慟哭”のような姿を変えるものは中々珍しいもので、手脚につけたガントレットとグリーブから全身装備のアーティファクトと判断したらしい。
「そんなところ。それよりも“僕”とあなたはこのダンジョンに呼び寄せられたらしい」
「ダンジョンだとっ」
そんなことをいきなり言われても普通は信じてなどもらえない。けれどベイルは違う。
「あの嬢ちゃんのいるところは変なことばかりだが、とうとう嬢ちゃん不在で俺だけが変な目に遭ったってか?」
「──ここから出るには攻略するしかないみたいだから……」
全く面倒だとアイシャは思う。なぜお昼寝したらこんなところに放り込まれているのか。
「“僕”が先を行くから、離れないで」
何故戦えないベイルまで巻き込まれているのか。さっきの魔物は見つけたらぶん殴ってやると思いつつアイシャはこれ以上喋ればどこかでボロが出そうで会話はこれまでにして魔物の思惑通りに前に進むことにした。
「確かに、ここはダンジョンだな」
アイシャの少し後ろで周囲に警戒するベイルはひとりそんな事を口にする。
「……」
何故そう判断がついたのか気になるアイシャだがいつ地声が出るか分からないのに余り話したくはない。
「壁とか天井とか──よく見れば数メートルごとに同じ配列になってるところがあるんだ。パターンはいくつかあるんだがここの壁と、そっちの壁。まんま同じだろ? まあ独り言なんだが」
ダンジョンであるならもはや護られる側でしかないベイルは教えてやっているなんて捉えられることのないように誰に語っているか丸わかりの独り言でアイシャに教えてくれる。
「──ギルド職員の時に何度もダンジョンには入っているが、どこもそういう造りになっている。何故かは分からないんだけどよ」
ベイルの話し口調もあくまで独り言だからか、それとも真っ黒に赤の線の走った出立ちの“誠司”に警戒でもしているのか、わざわざの丁寧な言葉遣いはしていない。
「まるでいくつかの通路や部屋っていう部品を組み合わせているだけなんじゃねえかっていう話もある。そもそもダンジョンの由来なんて誰も知らねえんだ。いつの間にかそこに出来ていたりする」
歩みは決して速くはない。むしろベイルを焦らせないようにゆっくりですらある。
「そんなよく分からん空間に何故か棲んでいる魔物は異様に強い。地上階層なら俺もいくらか“やれた”時代もあったんだが、地下階層なんてのは挑戦するたびに逃げ帰る羽目になった」
「ためになるお話どうもありがとう。でも一旦中断……来たよ」
「ああ……」
小柄なアイシャの前の様子はベイルからも見えている。
「人型! ダンジョンに現れる動物と人の間のような魔物は魔族とも違うっ。そういうやつらは──」
「“その”地下階層、らしいよ。ここは」
前から歩いてくる魔物は全身を茶色い毛で覆われたゴリラのようだが、違うのは頭が鼻先にかけて尖っており長いひげを数本横向きに生やしていること。そして腕の先にあるはずの手は長さ40cmほどの分厚く大きな爪を4本ずつぶら下げていることか。
「またしても誰も求めていない真面目な戦い、か」
身体を少し横に傾けて握った手は顎の辺り。左足を前にした立ち姿をとったアイシャはベイルほどもあるだろう身長の魔物に渾身の突きを放った。