飛び降りた彼女
控えめに笑う影と同じく苦笑するアイシャ。
「さて、君より先に目覚めた彼女は転生した事にすぐ気づいた。そしてまた人生を繰り返すのを嫌った彼女はまだ目覚めていない君を押しやって奥に引きこもったんだよ」
「私をこの部屋に置き去りにしてクローゼットに隠れた、みたいな?」
「そんなところだね」
影の返事を待たずに首肯した誰かにアイシャは微笑みで返す。
「彼女は引っ込み思案から“引きこもり思案”になったんだね。そんな言葉があるのかは知らないけれど。“思案”というよりは“事案”な気もするけどねぇ」
「まあ、それはもともとあなたがやった事のせいだよね」
アイシャは既に同居人の味方である。何せその引きこもりはアイシャが同じ肉体の中で12年間ルームシェアしてきた仲らしいのだから。
「そうだよ。だからお守りで君のことがバレないようにしたし、こうして説明にも来たんだ」
「あっ! あのお守り、大変な事になったんだよ⁉︎」
「だからサヤと一緒の時って言ったでしょ。よかったねクレールとでなくて」
クレールとふたりでいる時に……アイシャは想像しただけで身の毛がよだつ。そんな事態になった日には、アイシャは女の子らしく「きゃーっ」などといって裸身を隠す仕草よりもクレールの記憶か、無理なら命を刈りとる行動に出るだろう。そう思うとクレールは知らないうちに命を拾っていたのかもしれない。
「どうせ君は忘れて片方しか試さないと思ったんだ。というよりそう仕向けられるだろうってね。結果として随分と楽しんだみたいだよ、彼女」
「楽しんだ?」
「前世から……今も、女の子が好きなんだよ彼女」
アイシャの脳内に、大絶叫が響く。性癖をバラされたが故の羞恥の叫び。それは何もアイシャの中の同居人に限った話ではなく、このところ同様に思い当たる事が多いアホの子もである。
「君も楽しんだだろ? サヤのあんなところやこんなところを、あんなことしてこんなことして」
「わーっ、わーっ! 言うな! 何も触れるなぁ!」
「どっちの叫びなのかな、それともどちらともなのかな?」
アイシャには影がいたずらな笑みを浮かべているように見える。のっぺりとした黒色に表情も何もないというのに。
「顔真っ赤にして何気に嬉しそうなんだものね」
「くうぅぅ……」
「まあ、君の中に彼女が住んでいることはこれで分かったと思う。君がたまにアホの子になっているのも彼女の性質である引っ込み思案が影響していることもね」
「──まあ、それはいいとして」
「良くないよ。前にも言ったけど最初と違って準備してある。望めば君たちをちゃんと分けてやれる。その選択を迫りにも来たんだから」
「そんなことが出来るの」
「出来るよ」
アイシャはこの自覚させられたばかりの普通じゃない状況を脱してちゃんとした人生を歩むことも出来る。ひとりの女の子アイシャとは別のひとりの女の子としてそれぞれが。
目を閉じて考える。アイシャの中にいる彼女は何も答えない。それは何故なのか。
「答えを、聞かせてくれるかい?」
アイシャはしばらくの思考ののち、はっきりと告げる。
「うん。“私たち”はこのままでいい」
自分の内側に意識を向けて、呼びかけ、語り合ったような、そんな気がするほんの少しの時間。
このときアイシャは彼女に少し触れることが出来た気がした。