あと少しだったのに
「見られて、いた?」
海底洞窟ではアイシャが地龍の子どもを殴って蹴って宥めるシーンもあり、ウミウシの魔物の触手を根元から切り開いてその中身もガワも丸ごと“規格外”なストレージの大穴に収めるなんてことまでしている。
ミドリは話さない。文字にも残さないしあの場にいなかった他人に知られることはない。
「知られて、いる?」
アイシャの視線はエスプリのノームを見据えて、語りかける相手もノームだ。
「全部?」
感情が抜け落ちたようなアイシャに見つめられてノームはエスプリの肩で平伏するのみだ。
「おい、大丈夫か?」
そんなアイシャの様子がおかしいと肩を掴んだのはバラダーである。
はっと正気に戻ったアイシャはバラダーを見て震えるノームと青ざめたエスプリに気づく。
「あ、あの──」
「ちんちく……アイシャ。お前が何かを隠したがっているのは随分前から知っているし、水鉄砲の件とか──キファル平原のことなんかはまともに情報も上がってきていないが、追求は断念している。それを許さない存在がいるからだ」
アイシャはいつの間にか浮かせていたらしい腰を落としてバラダーの話を聞く。
「おおよそお前の“お昼寝士”とかいう訳のわからん適性が関わっているのかも知れんが、その秘密主義を俺は支持する」
「はは、何言って──」
大人は知らないで済ませるほどに甘くはない。その筆頭ともいえるバラダーが、気遣って真逆のことを口にしているのがアイシャには普通ではないと痛感させる。
「今回のギラヘリーの報告も訳がわからん結末だが、ありのままに受け止めている。詮索もしない。この場にエスプリを、ノームを呼んでお前の前でお願いしたのは、ノームには“お前にまつわる何事もお前の許可なく話してはならない”という鉄の掟があるからだ。地龍の厳命らしい。だから、お前が拒絶したならここで話は終わりとなる。エスプリとノームの間にも密談はない」
「そんなの、分かんないじゃない」
アイシャの願う、戦闘に追われることなく平和に寝て過ごしたい未来のためには隠しておきたい秘密が多すぎる。
そのために知られたくなくて、なるべく普通でいたいアイシャだが、こうも気遣われるというか、腫れ物に触るような扱いは思わされるところがある。
女の子の秘密に亜神というこの世界では畏れ敬われるような存在の名前が出てくるのは普通ではないし、そのおかげで周りに恐れられるのはアイシャも望むところではない。
だが、それは特別扱いをしろということではない。接し方は普通でいいのだ。普通に、面倒から離れたところで、のほほんと……。
「精霊が地を統べる者の名を出して契約者の依頼を断っているんだ。エスプリには“知っていることはあるけれど本人不在の場で教えられない”とな。だから──許してやってくれ。そして責めるなら俺を責めろ」
アイシャに向き合い真摯な態度で釈明をするバラダーはクレールあたりが見ればまた嫉妬で掴みかかりかねないほどに役がハマっている。
「ああ……私はお昼寝士だから。この先もずっとお昼寝して過ごすのよ。だから知られたくないことは隠すよ」
「構わん。ギルドといえど、いち個人の情報の全てを開示させる権限などない」
困惑した様子のアイシャは素直にありがとうなどと言えるほどこの事に心の整理はまだつけられない。
「私はお昼寝士だから戦えないし役に立たないよ、きっと」
「ん……それでもいいだろう。適材適所というものもある。戦闘ばかりが全てじゃないようにな」
──まだ言質を取ったとは言えない。
「きっと冒険者ギルドに登録するけど、お昼寝士だから戦えなくてもお昼寝して給料もらうことになるよ」
「それもかまわ──あっぶねえええ、何どさくさに紛れて訳の分からん事を言ってやがるっ!」
「ちっ、勘のいい髭はこれだから──」
「人がせっかく親身になってやったというのにコイツはっ!」
「あだっ、いたたたたたたっ! でもっ、でもっ戦えなくてもいいって、役に立たなくてもいいって!」
「それはまた別のところでの話だ、冒険者ギルドに来てみろっ、朝から晩までしごき倒してやるからなっ!」
「いやああっ、私は戦えないお昼寝士なのよおおっ」
局長室に静けさが戻り、後には肩で息をするバラダーとこめかみを抑えて涙目のアホの子がベイルとエスプリの心に平穏を与えるばかりだ。
「エスプリさん、ノームちゃん、ごめんなさい」
「えあっ⁉︎ い、いいのよ、ノームちゃんも気にしてないって」
突然謝られて慌てるエスプリとコクコク頷くノーム。
「いやっ、その秘密は秘密でそのまま漏らさないで欲しいんだけど、その──」
言いづらそうにするアイシャの懸念が何かをノームは敏感に察して、名誉挽回とばかりにエスプリに話しかける。
「え? なになに? アイシャちゃんが美女を裸にしてひとしきり眺めたあげくに……あんなことや……そ、そんなことをしたのは誰にも言わない?」
「言ってるっ! めっちゃ漏れてるよぉっ!」
海底洞窟でのことが知られているなら気を失っているのをいい事にアイシャがミドリの身体のあちこちを眺めて、なんならノームをペンライトみたいにして細部まで鑑賞して、揉みしだいていた事まで筒抜けである可能性を危惧したのだが、これに関しては隠す気もなくしっかりと漏らしてくれている。ダダ漏れである。
「嬢ちゃん、あんなとこで何をしてたんだ……」
「何でそんなに漏れてるのよ、話が違うじゃない」
「そ、それはえと──え? なに? 地龍様が話して聞かせろって言ったって?」
「がああっ、また亜神かあっ! あいつらは私をなんだと思ってるんだあっ!」
ノームの弁解にアイシャが吠える。
「え? ふふ、それ本当?」
「──エスプリさん……ノームちゃんはなんて?」
アイシャは嫌な予感がする。
「ふふ、地龍様が言うには亜神仲間の間でアイシャちゃんはそうやってイジると喜ぶって広まってるそうよ」
「うぐああっ! ほんっとーにっ! 覚えてろよおっ!」
局長室の窓を開け放ち空の彼方に叫んだアイシャの遠吠えは人ならざる彼らに届いたのだろうか。