分り合うために
「何がなんだか分からねえが、花の精霊のそっくりさんは俺たちの味方だったってわけか?」
氷漬けのクレールのことはクレールの同期組に任せてベイルはアイシャたちの座るベンチへとやってきた。
「しーっ」
普段からバカでかいベイルの声にアイシャは静かにとお願いする。その膝には表向きには魔術の行使で疲れ果てたマイムが穏やかな寝息を立てている。
「おお……すまんな。ずいぶんと無茶させちまったみてえだ」
「まあ、ちょっと(快楽に)果てただけだよ」
マイムの艶のある髪に手櫛を通せば「んん……っ」と小さくうめき声をあげて軽い痙攣をする。
「なんか見たことねえ反応だが、大丈夫なのか?」
「た、たぶん大丈夫」
感じたあとでアイシャの太ももに抱きついて何やら寝言をモゴモゴ言っているのを見る限りは問題無さそうである。
「で、なんだっけ。あー、ルミちゃんのそっくりさんね。あの子はほら、通りすがりの──」
「通りすがりの魔族が人間族の味方をしたってか?」
両手のひらを上にして分からないとジェスチャーするベイル。
「人間族の味方──ねぇ。それは少し傲慢じゃない?」
そんな事を言うのはアイシャの頭の上に寝転ぶルミだ。状況的にはそうに違いなく、アイシャとてそのつもりでしか無かったが元魔族のルミからすれば少し違うらしい。
「傲慢、とは」
ベイルもいつものほほんとしてふざけているルミの冷めたような眼差しに緊張が隠せない。
「あの“美しい”雪人族はここの諍いを止めただけ、ってこと。“美しい”雪人族はまだ死者のいないうちに止めることで禍根を残さないように、分かり合える事を望んだのよ」
やけに“美しい”を強調するルミだが、それはかつて人間族に恋をした彼女だからこその見解。
「魔族と、人間族が分り合う──」
それはアイシャがエルフたちを懐柔したように?
「そうよ。でないと──あの場で魔族を差し置いて人間族だけを助ける理由なんて、ないじゃない」
混戦の舞台を演者の間をすり抜けて片方だけを氷漬けにした雪人族は、その気があれば街ごと氷の中に閉じ込めることも出来たであろう。
もちろん皐月にそんな意図はない。けれど別の魔族の乱入があってそれを人間族の味方をしたなどと都合の良い解釈で結論づけられてはこの世界にどんな問題を引き起こすか分からない。
人間族がむやみやたらと無謀なコミュニケーションを図るかも知れない。雪人族はついこの間まで人間族に攻撃を仕掛けようと画策していたのに。
雪人族はその誤解で自らの同胞たちを疑い争うかも知れない。そんな事実など一切ないのに。
他の魔族は? もはやルミとてそんな広範囲の影響を知ることはない。だからどちらも生かして、イーブンの状態にしたのだと説明する。
「だから──」
ルミは広場に集められ固められた栗鼠人族たちの氷像を指差して
「いま無抵抗な栗鼠人族に危害を加えるようなことがあれば、今度は同等以上の被害を人間族に加えられることになるかも」
「言葉って通じるの?」
「アイシャちゃんは知らないと思うけど、この世界の言葉はどの種族にも等しく与えられたものなのよ。だから扱う文字こそ違うけど口にする言葉は共通なの」
そういえばルミとも初めから会話が出来ていたのに皐月と誠司の漢字は知らなかった。それ以前にもエルフたちとの会話も成立している。アイシャの心配など今更でしかない。
いまルミを筆頭にアイシャとまだ寝ているマイム、ギラヘリーの街長とリコ、助っ人のベイルとその他数人のギラヘリーの有力者が一堂に会しているのは比較的無事な集会所で、急拵えでガタガタな並びのテーブルの対面に距離を開けて座るのは栗鼠人族の中から10名ほどを選出させた代表者たちである。
「まあ、一部では交易も行われているくらいだしね。とりあえず──じゃあ始めましょうか」
胸の前で手をパンと合わせてルミが宣言する。
「人間族と栗鼠人族の対話を──」