圧倒
「今とっても満ち足りているのよ」
雪の結晶が大きく描かれた着物を着る美女──かつてはルミだった肉体を操る皐月の目が妖しく輝き口の端を軽く上げていく。
「それはエロエネルギーで?」
「違うわよっ、もうっ。今アイシャちゃんの持っていた魔力を私が共有しているのよね。だから」
「魔族の雪人族としての皐月ちゃんにはママの膨大な魔力が宿っていて──」
それは、つまり。
「外の栗鼠人族くらい簡単に抑え込めるのよ」
術者の意識が夢の中でも水の壁は消える事なく、むしろ強まったそれは今となってはアイシャたちを閉じ込める檻のようでもある。
「そこに固まっている訳ではなくて、絶え間なく地面から噴き上げているのなら対処は簡単よ」
皐月の頭の上にいるルミが雪人族としての特性を皐月にレクチャーしていく。
皐月がその手を指を伸ばした形にして胸の前で交差させてから優雅に払えば、空中を渡る魔力が水の壁を真ん中で凍らせてみるみるうちにその下半分だけの氷の塊にしてしまい、上側で包み込んでいた部分は雨の様に降り注いでマイムの潮ごと地面を洗い流した。
「すごい……」
「何言ってんのよ。アイシャちゃんの、私たちの魔力がやってることよ」
アイシャの呟きに皐月は「ふふっ」と微笑む。
「はい、失礼しますよぉ」
皐月は“雪人族ルミ”としてなら外の世界と関わる事に恐れもない。むしろノリノリで人間には出来ない所業をなしていく。
「ギィっ⁉︎」
いまその瞬間まで速さで翻弄していた栗鼠人はルミの吐息ひとつで魔道具のウォーターフィルムごと凍りついてその動きを止めた。
「呼吸は出来る様に口周りだけはそのままにしているわ。今のうちに縄でもなんでも持ってきて縛っておしまい」
美しき魔族は栗鼠人族の襲撃に耐え凌いでいた住人にそう言い残して次へと向かう。
皐月が握った手の甲を下にして前に差し出し、人差し指から順に色っぽく開いていけば、放たれた魔力の波が次々と栗鼠人族ばかりを狙い撃ちにしてその動きを封じていく。
「皐月ちゃん魔族の才能あるねっ!」
「ふふっ、だって綺麗な雪女ってのには憧れてたりもしたもの」
「そんな綺麗だなんてー」
見た目に同じままのルミは皐月にそう言われてくねくねと照れている。
「すごいっ、ただの道をスケートみたいにっ」
皐月が脚を踏み出せばそこには氷が張り、前へと滑れば連続したその繋がりは氷の道へと変わっていく。
人間族と栗鼠人族があちらこちらで取っ組み合いをする中をスルリスルリと抜けていき、後には固められた栗鼠人族ばかりが氷像となって騒ぎを沈静化していく。
「あっ、ベイルさん」
「んあっ⁉︎ 新手の魔族かっ! こんな時に……ってどこかで見た顔だな? 花の精霊に似てる──ってそっちのちっこいの! それにでっかいのっ⁉︎ 何がどうなって……」
ふふふ、とルミと皐月は笑い合いその周辺の栗鼠人たちを固めてしまう。
「ただのそっくりさんですよ、モヒカンさん」
「あぁっ⁉︎ 訳がわかんねえっ!」
皐月のスケートは街を一周して、周りきった頃には活動する栗鼠人族はどこにもいなかった。氷の道は街を囲んで空に向かって螺旋を描き時計台の鐘へと繋がる。
「外って、素敵ね──」
皐月は時計台から見下ろす景色がまるで大きな氷の彫像のようで、その頂点に立つ自分がまるで夢のようだと感動している。
「夢、幻。楽しかった。アイシャちゃんによろしくね」
「え? 皐月ちゃんそれは──」
ルミの返事を聞く間も無く皐月は残った魔力を放ち時計台の尖塔の上に大きな透明の百合の花の結晶を咲かせて霧散した。
「皐月ちゃん──」
アイシャからも良く見える特大の百合は、晴れた空に輝き皐月の心を映したかのようである。
「何だったんださっきの魔族は。どこもかしこも栗鼠人族ばかりが凍って……ってクレール⁉︎ なんでてめえまで凍ってんだ?」
「ベイルさん、さっき魔族がこうスルーってきて『天罰』なんて言ってクレールを凍らせていったんです」
それは皐月にとってはアイシャにちょっかいを出そうとする男に対しての忠告なのだが、栗鼠人族に施したよりも断然強固な氷の戒めから解放されたのは日の暮れる頃になった。
「ママっ! 皐月ちゃんが成仏しちゃった!」
アイシャの元に降ってきたルミは開口一番アイシャにそう告げたのだが。
「ふふ、皐月ちゃんは魔力を散々使ったから技能が解けて私の中に帰ってきただけだよ」
「え? それじゃあ私の──ルミの身体は」
「それもちゃんとストレージに返ってきてるよ」
アイシャの技能のうちには自動的にストレージに返るものがある。いつかの“ジンベエザメボート”を“パージ”した時のように。
「そう、なんだぁぁぁ、良かったよおお」
「皐月ちゃんを心配してくれたんだね。ありがとうルミちゃん」
アイシャは泣き出したルミのことをそう思ったのだが、ルミとしてはせっかく動いた自分の美しい身体が空中で爆散してしまったのだとショックを受けていたところにそんな事は無かったと聞かされて安堵しただけであったが、せっかく美談っぽく勘違いされたので、ルミは大人しく頷くだけにしておいた。