始動する皐月
アイシャはその白い肌に触れてみる。豊かな胸はその触れた手に確かな鼓動を伝えて“生きている”ことを知らせてくれる。
「一体どうなってるの」
アイシャはそうして確かめているふりをしながら、柔らかで滑らかなその身体に触れてドキドキしている。また皐月自身も今だけは自分の身体であるその肌を好きな人に触れられてただでさえ動いているのがおかしい心臓の鼓動を速めている。
「アイシャちゃん……」
「皐月ちゃん……」
「はい、ストップ、ストォーップ!」
いよいよ2人きりの世界に入ろうとしたアイシャと皐月を止めたのは、その身体の本来の持ち主だったルミだ。
「もう、いいところだったのに」
止めたルミにルミの顔で頰を膨らませて文句を言う皐月。
「いや、いいところも何も私のからだぁーっ!」
「えぇー、散々見て楽しんだくせにい」
「うぅっ……それはそれ、これはこれよっ!」
ルミはさっきまでの痴態に自身を重ねてしっかりと濡らしていた。けれども今は違う、既に乾いたあとだから。
「ねえ、皐月ちゃん。皐月ちゃんはなんでルミちゃんの身体で現れたの?」
足元には果ててどうしようもなくなったマイムがアイシャの“おやすみ三角帽子”で安らかな寝息を立てている。
「このあいだアイシャちゃんがギルドカードに入れてくれたお金があったじゃない?」
「あの水泳講習のやつ?」
「うん」
皐月は少しだけ言い淀んで、それでもちゃんと報告した。
「あれ使って新しい技能を習得したの」
皐月はアイシャのギルドカードを手に取って何やらペペペと操作してその表示をアイシャに見せてきた。
「“夢幻の住人”って職業なのこれ……“ザ・ドリーマー”は前に聞いた技能で、この“現世の架け橋”ってのがその……?」
アイシャのギルドカードにはサブ職業として新たにツリーが表示されていてそれらの技能を取得したことが分かるようになっている。
「うん。ちょっと習得コストが高くて諦めてたんだけど、あのお金で賄えたから、ね」
アイシャのギルドカードはアイシャのものである。メインとして生きる“誠司”こそがお昼寝士であり、アイシャであるのだが、もし皐月が専用職を持っていたとしてそれはお昼寝士アイシャのサブ職業でしかない。
故に技能の習得コストは通常の5倍であり、死体を借りてしかも生きてるのと変わらずに動けるその技能は豪邸が建てられるほどのスキルポイントを必要としたらしい。
「なんともこれは……」
「そんなとんでもない技能を手に入れてしたかったのが女の子とのあんなことだったの」
アイシャが言葉を詰まらせてルミはその用途に呆れてしまう。
「ご、ごめんなさい」
その反応に2人を怒らせてしまったかと皐月は謝ってしまう。
「ああ、いいんだよ。何となくすごすぎて言葉が出てこなかっただけだからさ」
アイシャはお金などどうでもいい。
「こうして皐月ちゃんに触れられるようになったわけだし」
「アイシャちゃん──」
「私の、身体だけどねっ!」
「ルミちゃんっ、そのっ……」
ルミも、当然怒ってなどいない。皐月の頭の上にちょこんと座り
「でもま、なんだか自分がそのままで生きているみたいで嬉しいよ。どうせ私がどうこうは出来ないんだし──皐月ちゃんが使ってくれるなら、それでもいいかなって」
大きなルミと小さなルミが仲良く手を繋いでみせた。
「それはともかく外がどうなってるのかよね」
アイシャは皐月が発動させた“プラネタリウム”を解除して外を眺める。相変わらずの水の壁だが、その堅固さは増しているようで術者が夢の中であるにもかかわらず衰えを感じさせない。
水の壁の向こうでは相変わらず街の人たちと栗鼠人族が小競り合いをしている音がする。その喧騒から察するにまだどこも魔道具を壊されたりはしていないようだ。
「防衛戦はどこまで保つやらって感じよね。シャハルからの応援が来るまで保てばいいんだけど」
アイシャたちの担当はこの防壁で、もはや壊される心配はないだろう。しかし他が崩されればどうしようもない。アイシャは功労者である眠れる紫ツインテに服を着せてあげる。
「ねえ、ママ。元の予定はそうだったかも知れないけどさ。今ならどうとでも出来ると思うんだよね」
「ん? ルミちゃんそれはどういうことなの?」
ここに来た時にアイシャもルミもこれ以上戦いはしないでギルドに任せるつもりだと打ち合わせていたはずだ。
「アイシャちゃん私ね、今とっても──満ち足りているのよ」
着物姿で手を広げた大きなルミ──皐月の周りに氷の結晶が煌めいた。